いきなり結婚申し込み・・・それもいいんじゃないか。
始まりの勇者の死体を盗み出す計画は、一旦、日を置くことになった。
神殿に行ったことのある、ジュエル帝国から亡命してきたファルナードと、竜騎士リンドノール、他にもジュエル帝国に留学していて、神殿の事を知っているという令嬢がいるので、
この3人に見取り図を描いて貰ってからという事になったのだ。
図を描くのは近衛騎士シリウス・レイモンドに任された。彼は設計図を描くのが得意分野なのだ。
ディオン皇太子殿下の元、4名は客間に集合した。
ファルナードを警護し、伴侶のミリオンも勿論、傍で見守っている。
三人ずつ別れて対面でソファに座り、
まずは、シリウス・レイモンドが自己紹介をする。
「近衛騎士、シリウス・レイモンドと申します。3人の方々から聞き取りを行い、神殿の図を描くことを任されました。よろしくお願いします。」
次にファルナードが自己紹介をする。
「ジュエル帝国、第三皇子ファルナード・ギリオン・ド・ジュエルだ。神殿には3度、行った事があり、始まりの勇者は1度拝見させて貰った事がある。」
次に竜騎士リンドノールが自己紹介をする。
「ファルナード様付きは、今は外れましたが、竜騎士リンドノールです。騎士団で副団長の補佐をしています。私もファルナード様の付き添いで3度、神殿には伺いました。よろしくお願い致します。」
そして、最後に自己紹介をした令嬢は、金髪の美しく品のある令嬢であった。
「アンリエッタ・シャルマンと申しますわ。ジュエル帝国で留学した時に、1週間程、神殿で学ばせて貰った事がありましたの。勇者様の遺体はその時に拝見いたしましたわ。微力ながらよろしくお願いします。」
ディオン皇太子は4人に向かって。
「勇者アクストの遺体を盗み出すのに、神殿の内部が解っていないと、手間取るだろう。
3人は思いつく限り思い出して、シリウスに伝えてくれ。頼んだぞ。」
3人は、解りました。と答えて、シリウスに、神殿の内部を思い出すように話し始めた。
ファルナードが、まず口を開く。
「確か、広い正面玄関から入って右側に神官達の控室があったような…」
リンドノールも頷いて、
「そうですね。広い階段が正面にあって、そこから二階と地下へ行けるようになっていました。階段の裏はトイレですね。」
アンリエッタも同意して。
「左側は大聖堂。神官様が人々を集めて祈りを捧げる場所ですわ。地下の階段を下りて行くと、大食堂、そして、倉庫があるのですが、確か勇者様が安置してある場所は…さらに下へ降りていかなければならなかったような…」
ファルナードも困ったように。
「どこにあったか。あの小さな階段は…目立たない所にあったな。」
シリウスが図を描きながら、
「大きな階段を下りて、左側はまず何がありますか?」
アンリエッタが思い出すように、
「大食堂があります。右側は倉庫。まっすぐに行くと行き止まりですわ。」
リンドノールがイライラして、
「あああ、じれったい。どこだったか…失礼…つい口調が。考えられるのは倉庫の先?」
ファルナードが首を振って、
「いや食堂の並びだろう?」
アンリエッタが、
「倉庫の先ですわ。私、倉庫の中を見せて頂いた事がありますが、大食堂の方が広さがありました。」
シリウスが、図に階段を書き添える。
ディオン皇太子はその図を覗き込んで。
「その階段を下りて行ったところに、始まりの勇者アクストの遺体が安置されているというのだな。」
シリウスが3人に、
「安置されている部屋の中の様子を詳しく、広さはどのくらいですか?」
アンリエッタが今いる客室を見渡して、
「この客室位ですわ。あまり広くありません。」
ミリオンが口を挟む。
「魔法陣が描きにくいか…あまりにも狭いと…描けない事はないが。部屋に転移避けの防御魔法が施されていたら、棺を部屋の外へ出さねばならねぇな。」
ディオン皇太子が、
「部屋の中に棺を運び入れているんだ。運び出せるだろう?何だったら、破損しないように、遺体を背負って運び出すか?」
「誰が背負うんだ。誰がっ…」
「ガタイのいい、俺かお前か、グリザスあたりだろう?それともローゼンにやらせるか?
ローゼンなら嫌とは言わないで、何でも背負ってくれるぞ。」
するといきなり、アンリエッタが二人に向かって。
「ローゼン様がいない所で、決めるのは失礼に当たると思いますわ。」
そして、ミリオンに向かって叫ぶ。
「皇太子殿下に貴方も仕えるのなら、率先だって死体を背負ったら如何?」
「うわっ…な、何だ??確かにその通りかもしれねぇけど…。」
ディオン皇太子が楽し気に笑いながら。
「そうだな。ミリオンに背負って貰おうか。」
「死体を背負うって、背筋が寒くなる話だな。ローゼンなら顔色一つ変えずにやると思うぜ。」
「ですからっ…」
アンリエッタが立ち上がる。
「どうして貴方はローゼン様に押し付けようとするのです?」
「何なんだ?さっきから。ローゼンの事になるとムキになるな。ローゼンの事が好きなのか?ええ?ローゼンはフローラの婚約者だろうが。」
ミリオンも立ち上がって睨みつける。
ファルナードが立ち上がり、ミリオンを諭すように。
「ミリオン。今は神殿の構造に集中するべきだ。喧嘩をしている場合ではないだろう。」
「そりゃそうだが…」
不機嫌にソファに腰かける。
アンリエッタもプイっという感じでソファに腰を掛けた。
3人の証言で、神殿の内部がどのようになっているか、シリウスが描き終わり、
ディオン皇太子が、立ち上がって。
「今日はここまでにしよう。日も暮れて来た。また、日を改めて。ファルナード、リンドノール、アンリエッタ。協力有難う。シリウスも協力感謝する。」
アンリエッタが立ち上がって。
「いえ、それでちょっと皇太子殿下にお願いがあるのですが。」
「ん?なんだ?」
「私、宮殿の外務官になりたいのです。募集していないでしょうか?いきなり外務官は無理でしょうけれども…」
「何故、外務官に?シャルマン公爵家と言えば、名門だ。公爵令嬢と言えば、釣り合う家の男と婚姻し、両家の為に尽くすのが普通の生き方ではないのか?」
アンリエッタはまっすぐディオン皇太子を見つめて。
「父は私に好きなように生きていいと言ってくれました。だから、ジュエル帝国に留学も致しましたし、そこで知り合った貴族の方と婚約いたしましたわ。でも、破談になりました。
浮気されたのです…。私は、もう結婚したいと思わなくなりましたわ。だから、仕事に生きたいと…」
ディオン皇太子はチラリとアンリエッタを見つめながら。
「ローゼンに執着していると、情報が入っているが?」
アンリエッタは笑って。
「ローゼン様を愛でる会の事ですか?ローゼン様に付きまとった事もありましたわ。
でも、ローゼン様は今はフローラ様を愛していらっしゃるのが良く解りましたから、
ローゼン様を愛する人達と愛でる会を作って、愛でているだけですのよ。
それ位の楽しみがあっても良いではありませんか。」
「アンリエッタの言う事はよく解った。俺から、外務官の事務局に入れるように、手配してやろう。」
その時、シリウス・レイモンドがアンリエッタに向かって。
「君は仕事に生きてしまうのか?もったいない…」
「え?シリウス様?」
「アンリエッタ…。君はあの夏の日にローゼン騎士団長に恋をしていたようだが、恋をしていたのは君だけではない。俺も恋をしていた。騎士団に良く遊びに来ていた、夏空のような明るい令嬢にね。その後、思いはあれども君に結婚を申し込むことが出来なかった。君はジュエル帝国へ行ってしまった。それに、俺はフォルダン公爵派だ。君の家はアイルノーツ公爵派。対立派閥だから。だが、好きに生きて良いと言われているのなら、俺との結婚も選択の一つに入れて貰えないだろうか?
両親を早くに亡くし、公爵になった俺にとっては、領地経営もせねばならず、結婚相手を探すところでは無かった。生憎、姉妹もいない。俺程、社交界に縁遠い男もいないだろう。
君が俺と結婚してくれれば、社交を君に任せる事も出来る。何より、明るい君が俺の傍にいてくれたら、どんなに素晴らしいか。」
アンリエッタは困ったように。
「近衛騎士は騎士団で30名しかなれないエリート騎士。オモテになるでしょう。信じられませんわ。私の兄なんて、とっかえひっかえ女性と付き合っておりますもの。」
ディオン皇太子が、
「アンリエッタ。外交官の仕事は大変だぞ。公爵令嬢のお前に務まるかどうか。かなりの覚悟が必要だ。シリウスと付き合ってみたらどうだ?それから決めても遅くはない。」
アンリエッタは頷いて。
「解りましたわ。シリウス様。お付き合い致しましょう。それから、結婚するか決めたいと思います。シャルマン公爵家の事は気にしないで…。私は好きに生きて良いと言われていますから。大丈夫ですわ。」
「アンリエッタ…有難う。必ず、俺と結婚したいと言わせて見せる。」
ソファに座っていた、ミリオンとファルナードとリンドノールは、あっけに取られていた。
シリウスにエスコートされてアンリエッタが出て行った後、
ミリオンが、
「まさか、ねぇ…。こんな所でカップルが…」
ファルナードが甘えるようにミリオンに寄りかかって。
「いいじゃないか。良い物を見させて貰った。逃げまくっていたミリオンにやっとプロポーズをして貰った事を思い出した。」
「ハハハ…。ま、まぁあれは皆がグルになって俺をだましたんだよな。」
リンドノールが肘で、ミリオンを突いて。
「お前がいつまでたってもファルナード様から逃げているからだ。」
「はいはい。友情に感謝しているぜ。」
ディオン皇太子はそんな友達を見ながら、微笑ましく思った。
日が傾いて、今日という一日が終わろうとしていた。