ディオン皇太子殿下の想い
ディオン皇太子はご機嫌だった。
今、外国から客が来ているのだが、珍しくディオン皇太子はその客の男に執着した。
浮気という訳ではない。ルディーンに愛人契約を週2回結んでいるのはセシリア皇太子妃からしてみれば浮気当たる訳だが。その男に対しては違った。
その客をライバルとして良き友として、執着したのだ。
英雄ディストール。
遠い国の英雄で、黒髪に漆黒の瞳、黒騎士の姿の彼は背が高く、
ドラゴンに乗って、妻であるエリーナと共に新婚旅行の最中であった。
その途中でこの国に寄ったのだが。
英雄ディストールと紅茶を飲みながら、ディオン皇太子の私室で話をする。
ディストールの妻エリーナは、セシリア皇太子妃や聖女リーゼティリアと共に、庭を散策中だ。
「友になってくれるか?ディストール。他国の披露宴で、手合わせをした時は良い勝負だった。俺のライバルはお前しかいない。」
そう、剣の相棒はミリオンだが、最近ミリオンは冷たいのだ。
王宮でファルナードと結婚し、暮らしているのだが、ディオン皇太子の元へは遊びに来ない。
クロードやグリザスの所には遊びに行く癖にだ。
こっちの部屋の方が近いだろう??
あっちは新婚夫婦の一軒家だ。何であっちへ行くんだ??
ミリオンの事を思いだしたら、腹が立った。
パリン。うっかり手に持っていた紅茶のカップを割ってしまった。
中身は空になっていたからよいが。
ディストールは何事もなかったように微笑んで、
「私でよければ喜んで。しばらくこの国に滞在するから、何でも言ってくれ。」
「それは嬉しい事だ。」
そう言えば、ルディーンもルディーンだ。
週二回会って、夜はイチャイチャしてくれるが、それだけだ。
クロードやグリザスの所には遊びに行く癖にだ。
余計に腹が立ってきた。
「上に立つ者は孤独だ。しかしだ。何であいつら俺を仲間外れにする??」
ディストールは宥めるように、
「何か腹が立つ事でもありますか?ディオン皇太子殿下。」
「聞いてくれ。ミリオンは俺の親友のはずだ。最近、妻を優先してちっとも会いに来ない。
いや、元々、俺に寄り付かない冷たい親友だ。ルディーンもルディーンだ。
夜は愛人契約により、いちゃついてはくれるが、それだけだ。もっと俺は…ああ…これは言ってはいけないな。セシリアには申し訳ないが、もっと俺はルディーンに愛されたい。」
「本人達に、直接言えばいいではありませんか?」
「ディストール。敬語はいい。友として話をしてくれ。」
「一国の皇太子殿下にそれは…」
「ミリオンの野郎は会った時から呼び捨てだぞ。」
「勘弁して下さい。失礼過ぎますから。」
ディストールはディオン皇太子に、
「先程の話ですが、我儘をもっと言ってもいいのでは?私なら、ミリオンにもっと自分を親友扱いしてくれ。ルディーンにデートに連れて行けと、言いますが。」
「ミリオンには言ってはいるんだが、新婚だから勘弁なーーですまされてしまう。何が勘弁だ。だったらクロード達の所へ行くな。
ルディーンもルディーンだ。愛人の義務とばかり、俺を抱くな。俺はルディーンの事を思うと泣きたくなる。」
「それなら、思いっきりブチ切れてきたらどうです?まずはルディーンと言う男に。」
「ああ…そうしよう。」
ディオン皇太子は、出かけて来ると側近の者に言うと、聖剣を手に馬を引いて、飛び乗った。
目指すはルディーンのソナルデ商会である。
今日は店にいるはずだ。確かそのような事を言っていた。
店に着くと、中へ入れば、客達がぎょっとしたようにこちらを見る。
店員が慌てて駆け寄ってきて。
「皇太子殿下。如何なさいましたか?」
「ルディーンはいるか?いるはずだ。」
「はい。奥に。」
「通るぞ。」
店の奥へ行けば、ルディーンが貴族の客達数人と話をしていた。
ディオン皇太子は部屋の中に入り、共にいた貴族達をぎろりと睨み、
「ルディーン・ソナルデに話がある。席を外して貰おう。」
「は、はいっ。」
「了解しましたっ。」
逃げるように、貴族達は出て行った。
ルディーンが呆れたように、
「まだ昼間ですよ。今宵は契約の日でしたな。待てなかったんですか?皇太子殿下。」
ルディーンを抱き締めて、かぶりつくようにキスをする。
「たまにはデートに連れて行け。これは命令だ。」
「聖剣を持って言う事ですか?」
「俺はお前に愛されたい。いちゃつきたいんだ。」
「仕方がない人ですね…。」
あっけにとられる店の従業員に、ルディーンは、
「後は任せたぞ。今日、面会予定の客にキャンセルを伝えておいてくれ。」
「かしこまりました。」
そして、ディオン皇太子殿下の耳元で、
「今日はゆっくりデートしてあげますから。ね?皇太子殿下。」
ディオン皇太子は期待した。
ルディーンがエスコートしてくれるデートはどれ程、ロマンティックなのだろう。
しかし、しかしだ。
現状は…
「ルディーン様、いつも多大なるご寄付を。有難うございます。」
微笑むのは小さな教会のシスターだ。
そして、ディオン皇太子は今、教会の孤児達と、芋掘りをしているのだ。芋掘り。
どうしてこうなった??
「うわ。おじちゃん。大きいの取れたねー。」
「おじちゃん凄い凄い。」
ディオン皇太子がサツマイモを掘り上げれば、孤児たちは皆、大喜びだ。
シスターはルディーンに向かって、
「あのお方は?」
「ああ、俺の親戚筋の男性ですよ。うんとコキ使って構いませんから。男手が必要でしょ?」
「助かりますわーー。」
サツマイモ堀りが終わると、教会の窓枠が取れそうだとか、机が傾いているとか…
何か色々とルディーンが修理するのを手伝わされた。
どこがデートだ。どこがっ…
ルディーンはにこやかに、
「助かりますよ。なかなか、時間が取れなくてね。この教会の子達の事、気にはなっていたんですが。」
「何でこの教会に?」
「偶然…この小さな子が迷子になっていましてね。」
小さな女の子がこちらを見ている。
ルディーンは抱き上げて、
「探して届けたら、なんとなく、関わるようになっちまって。
そう言えば、フィリップ殿下もここの教会へご寄付をしてくれていますよ。
あの方は福祉に熱心で。」
「フィリップが…」
子供達は30人位いて、こ綺麗な格好をしているが、ちゃんとした教育を受ける事が出来るのだろうか。
福祉…あまりそこまで気が回らなかった…
自分は国王になるのに。
ルディーンが女の子を地に降ろして、
「フィリップ殿下に助けて貰えばいいんですよ。全て貴方が抱え込んだら、倒れてしまいますから。優秀な部下が大勢いるのなら、振り分けて、助けて貰う。それが国王たる者の在り方でしょう。」
「そうだな。」
日が暮れてきた。
ルディーンが耳元で囁く。
「俺の家に行きましょうか。ゆっくり可愛がって差し上げますから。」
ディオン皇太子は頷く。
馬車に乗って、ルディーンの自宅へ向かい、馬車を降りた頃には暗くなっていた。
そしてふと思った。
これって…いつもの夜の契約パターンと同じでは?
昼間はデートらしいデートでも無かったようで…
ルディーンが自宅の扉を開けると、ディオン皇太子に中に入るように促す。
ディオン皇太子は文句を言いたくなった。
「昼間はそれは貴重な体験をしたが、あれはデートだったのか?俺はもっとお前に…」
「なんです?」
「ああ…好きだ好きだ好きだ…ルディーン。何でお前は意地悪なんだ。」
バンとルディーンに壁に押し付けられた。
「それは貴方がセシリア様の物だからですよ。俺にもっともっと焦がれて下さいよ。
身悶えして下さいよ。それ位、してくれてもいいでしょ?俺は貴方に対して焦がれても身悶えしても手に入らないんですから…」
背筋がぞくりとする。
「すべてが終わったら、魂を…俺をお前の物にしてくれるんじゃなかったのか?」
ルディーンの指先がディオン皇太子の唇をなぞった。
「さぁ…どうしましょうかね…先の事は解りませんから。」
「ああ…ルディーン。」
強くルディーンを抱き締める。
焦がれて焦がれて仕方がない…俺は…この国の国王になれるのだろうか…
何とも言えない思いを持って、ルディーンに熱い口づけをするディオン皇太子であった。