七
『会ってみてくれないかい?私の顔を立てると思ってさ。すぐに決めろってわけじゃないんだ。それに、嫌なら断ったっていいんだよ』
雪の再婚相手としておまちが紹介したのは、神田の小間物屋で手代をしている蔵太という人物だった。
数え歳で三十、来年には番頭になることが決まっているそうだ。
ほぼ無理矢理に推し進められた話ではあるが、心配で仕方ないからこそのおまちの提案に、雪は断ることができなかった。
「初めまして、お雪さん」
物腰の柔らかそうな男──蔵太が雪に声をかける。
軽くお茶をする程度、として二人は顔を合わせることになっていたのだった。
和泉が訪れたのは弥勒屋……ではなく別の料理屋である。
浮かない顔をして店に入れば、お松や卯吉に何かを言われてしまうだろうと、普段は通わない料理屋で、一人酒を飲んでいた。
「隣、いいかしら?」
そう言いながら隣に腰を落ち着けたのは、見覚えのある女だった。
「あ、紫乃さん、だっけ?」
雪が仲良くしている妙に色気のある女で、たしか雪の祝言にも来ていたと、和泉は思い出した。
雪という共通の知り合いはいても、二人だけで話したことはなく、親交もない。
話しかけられるのを、和泉は意外に感じた。
「ふふっ。子どもは旦那が世話をしてくれているし、私も飲みたくなっちゃって」
一人飲みを決め込んでいた和泉だったが、落ち着いた雰囲気のある紫乃と飲むのもいいだろうと、二人で杯を傾けた。
「雪から聞いたわ。見合い相手を紹介されたって。だから落ち込んでるんでしょ?」
今まさに雪はその相手と会っている。
和泉が落ち込んでいたのは、ずばりその通りであった。
「え……俺ってわかりやすいの?」
片手で数えるくらいしか会ったことのない紫乃もわかってしまうくらいに、自身の想いを曝け出している。
そう思えば、和泉はいたたまれなくなった。
「さあ。私は色恋の機微には聡いのよ」
「辰巳も知ってただろうから、わかりやすいのかもな」
「……ねぇ、あの人がいなくなった理由に、心当たりはないの?」
「ない」
「嘘が下手ね」
どきりと、和泉は思わず杯を手から落としそうになった。
まさかそこまで見破るとは恐ろしい女だと、正直な表情で紫乃を見る。
心当たりと聞いて、真っ先に思い浮かぶのは《《さと》》という名の女だった。
すでに縁が切れていたはずの二人は、江戸で再会した。
もしも、昔の想いが再び蘇っていたとしたら……
だが、辰巳にそんな素振りはなかった。
雪のことを大事にしていたし、静介が生まれて心底よろこんでいたはずである。
「心当たりってほどじゃないんだ。あいつがいなくなった理由は、俺にもわからない」
親友が訳も告げずに姿を消したことに、和泉もまた傷ついているのだ。
「わからないままなら、雪はずっと自分を責め続けるよ。仮にあの人が酷い男だったとしても、想いを断ち切ることなんてできやしない」
辰巳がいなくなったのは自分の所為だと雪が思っていても、不思議ではない。
「雪はね、あんたにすごく感謝してんだ。和泉さんがいてくれるからって、いつも言ってる」
「そう、か」
気持ちが浮上して上手く言葉が出ない和泉に、紫乃は先を続ける。
「あんたも相当遠慮深いけどさ、また取られちゃうわよ」




