四
「あ!せーすけだ!」
神田の町中を静介と歩いていた雪は、背後から聞こえた子どもの声に振り向いた。
人ごみの隙間を縫って駆けてくるのは、李々だった。
「雪、久しぶりね」
偶然に出会った紫乃に、雪は内心で戸惑った。
紫乃のことは故意に足を遠のけていたからである。
「李々、せーすけと遊ぶ。お家来るって」
静介と李々はよく遊んでいたこともあり仲が良い。
あまり話さない静介を、李々は子ども同士通じるものがあるのか、分かり合えていた。
「少し寄っていって。子どもたちも遊びたいみたい」
「……はい。そうさせてもらいます」
雪たちは一路、紫乃の家へと向かった。
「李々、奥の部屋で遊んでて」
「うん!」
気兼ねなく雪と話したかった紫乃は、子どもたちを会話が聞こえない距離へと行かせた。
「ふふっ。弟ができたみたいでうれしいのね」
李々が静介の前ではねーねという一人称で話していることからも、その踊る心が伺える。
微笑ましい子どもたちの様子に、母親の目の保養にもなっていた。
雪と二人きりになったところで、紫乃は茶を啜り、沈黙が続いていた空間の中で呟く。
「私のこと、嫌いになっちゃった?」
「嫌いになんてなっていません。忙しくて、中々紫乃さんに会うことができなくて……」
薄情な自分を、紫乃の方こそ嫌いになってしまったのではないか。
そう思えど、弁解もできずに雪は口を閉ざした。
紫乃が悪いことをしたわけではなく、避けているのは自分の行いの所為だ。
子どものためとはいえ汚れた行為をしていることが後ろめたくて、嫌われたくなくて、足を向けられずにいた。
「雪が嫌いになったのならいい。そうじゃないなら、私から離れないで」
「でも私…………ごめん、なさい」
「……何かあったの?」
泣きそうな顔で懸命に首を振ったところで、紫乃を誤魔化せることはできない。
嫌われる……紫乃という大切な友を失おうとしている。
言ってはいけないと全身が忠告しているのに、誰かに曝け出さなければ悲鳴を上げそうなほどに、心は憔悴していた。
「とても優しくしてくれる人がいるの。ただ会うだけでいいって、そうすればその人から無代で薬が手に入る」
「うん」
「静介が熱を出すたびにその人に会ってた。今でも頻繁に熱は出すけど、昔に比べれば頻度は減ってたからその人に会うことも少なくなって……寂しくなったってその人は言ったの。だから最近は会うだけじゃなくて‥……」
触れるだけでいい。舌を這わせるだけでいい。吸うだけでいい。
次第に増してゆく要求に、薬をもらうためには断ることができなかった。
「次に会うときには、きっと……」
その人が求める最大の懇願をされる。
訪れるであろう未来に、抗う術を雪は知らない。




