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まつとし聞かば  作者: 夏野
第二幕 白銀の世界
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二十七

 雪は子どもを身籠ってから、とかく甘味を所望するようになった。

 紫乃とはよく茶屋に通うようになり、団子やら善哉(ぜんざい)堪能(たんのう)している。

 米などの普通の食事はできなくとも、甘味なら受け付けるという日もあるのだから不思議だ。


 さて今日も雪は、目の前にある甘味に目を輝かせていた。


「こんなに高級そうな羊羹(ようかん)なんて初めて。ありがとうございます、和泉さん」


「実入りのいい仕事をしてたから余裕があるんだ。いつも手ぶらで来てたけど、今回はお土産を持ってこれてよかった」


 和泉は奮発して、少々高級な羊羹を雪のために買ってきたのである。

 雪が甘味を好むようになったのを聞いて、ぜひとも美味しいものを食べさせたいと思ったわけだが、案の定、雪は歓喜している。


「俺のはいいよ。お雪ちゃんが食べて」


「独り占めしたら罰が当たっちゃいます。それに和泉さんが買ってきてくださったんだもの」


 雪はそう言って、羊羹をちょうど六等分に切り分ける。二切れずつ、和泉と自身の分を皿によそい、もう二切れを残していた。


(辰巳の分か……)


 相変わらず、雪と辰巳の仲は良好らしい。

 和泉はそのことに嫌悪感を抱きはしなかったが、雪にとって知りたくないことを知っている以上、複雑な気持ちだった。


 まるで子どものように顔をほころばせて羊羹をむ雪は、辰巳を信じている。

 一度だけ喧嘩をしてしまったが、それは自身の気の浮き沈みが激しくなってしまっている所為(せい)だとも、雪は思っていた。



 数日前の昼中、和泉は辰巳を訪ねていた。


「ねぇ、辰巳」


 いつもは冗談を抜かしたりしている和泉の顔は真面目で、ただならぬ雰囲気を辰巳は感じた。


「昨日の晩、何してた?」


 一度目を見開いた辰巳は、すぐに冷静になってみせる。


 実は和泉が昨晩にこっそり後をつけていたことを、辰巳は知らない。

 だが、雪以外の女と一緒にいるところを見られてしまったのだろうとは、見当がついた。


「あの子と切れてなかったの?わざわざ浅草まで来てたのは、お雪ちゃんに隠してたから?」


「お前だって知ってるだろ。あいつとはもう関係ない」


「なら何で、身重の妻を放っておいてまで会ったりなんかしたんだ」


「軽率な行動をしたのはわかっている。だが、お前が考えているようなことはしてねぇよ」


 飲み屋から出てきた辰巳と女は、その後出合茶屋(であいぢゃや)に行くといったこともなく、辰巳はただ女を住処すみかまで送って行っただけだった。


 だとしても、昔の女と二人きりになる行為をとがめずにはいられない。


「お互い、過去は捨てただろ」


「ああ、そうだな」


 かつて側にあった温もりは、犯した罪とともに消し去ったはずだった。

 もう会うこともないと思っていた存在は近くにいて、すべてを思い出させようと微笑んでいた。

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