六
翌日、朝。
辰巳は久方ぶりに、陽の光を浴びた。
ずっと家に籠もったままでは気が滅入るので、辰巳は雪が出かけている隙に、外へ出たのであった。
見つかったところであの遠慮深い女は何も言わないだろうが、と内心思ってもいる。
遠出をするつもりはなかった。
また襲撃にあったとして、怪我をしている自分に太刀打ちできる自信がない。
とりあえずは外の空気を吸いたかったのと、井戸の水を浴びたかった。
井戸はどこかと視線を巡らす。
長屋は二棟が南北に向かい合い、それぞれに四軒ある。雪の家は南側の長屋にあって、二棟の間の通路が行き止まりとなる一番東側にあった。
家を出て右は板壁があり、それ以上先はなく、左を向けばちょうど二棟の真ん中ほどにある井戸の姿が見えた。
時刻は昼過ぎ。水を浴びるにはちょうど良い時間帯だ。
長屋にある井戸は長屋の住人しか使わない。だから辰巳が使えば、そもそも辰巳がいることは、住人に怪しまれることになる。
誰かに見られる前に早く浴びてしまおうと手を急がせるが、運が悪かったようだ。
「ちょっと誰だい。見ない顔よ」
辰巳に話しかけるには遠い距離、そこには三人の、おそらく長屋の住人であろう女たちがいた。
二人は三十、四十くらいの歳で、一人は雪と同じくらいの少女だった。
辰巳は気づいていないというように、井戸水を浴びる。
狼狽れば却って怪しまれると、静かにやり過ごすことにした。
「あたし見たよ。お雪さんの家から出てきたんだ」
まずい。
雪の家に得体の知れない男がいたという噂が広まれば、雪に迷惑がかかる。
辰巳は自身の保身よりも、雪を案じた。
軽率な行動をしたと悔いたところで、もう遅い。
どうしようかと思案していると、信じられない言葉が聞こえてきた。
「またあの子の病気が始まったみたいだね」
「今度は家にも男を連れてくるようになったよ。ほんと、ろくでもない娘ね。まあ親が親だもの。あんたは雪みたいにならないようにね」
「わかってますよー」
雪を小馬鹿にしたような少女の笑いが、耳にこびりついて離れなかった。