十五
(来ない……)
一日、また一日と雪は留五郎を待ち続け、気づけば一月が過ぎていた。
新しい生活に慣れていなくて、会いに来るほどの余裕がないのかもしれないと必死に言い聞かせては、父に会いたいと逸る気持ちを抑えることが限界だった。
(会いたい……)
待っていると言ってしまった手前、自身から父に会いに行くことを雪は躊躇っている。
それに、父に会いに行って、きりに嫌な顔でもされれば迷惑をかけてしまうのではないかとも考えてしまう。
父が出て行ったことを、政には教えていなかった。
政に心配をかけるわけにはいかない。
政への文を代筆してもらっているおまちを欺くことはできなかったが、文だけの会話になってしまった政には嘘を吐き続けていた。
「政にお願いして迎えに来てもらったらどうだい?いつでも頼っていいって言ってくれたんだろ。まったく……一番辛いのは雪だっていうのに」
雪から事情を聞かされたとき、おまちの留五郎に対する怒りは相当なものだった。
今までどんな思いで雪が過ごしていたのか、どんな思いをさせていたのかを本人の前で怒鳴ってやりたいところだったのだが、雪がそれを望まないことを知っているので、気持ちを抑えていたのだ。
「もう少しだけ、待つつもりです。……おとっつぁんは来てくれるって、言ってくれたから」
あんな父親、待つ価値がないという言葉を、おまちは飲み込んだ。
雪にとっては、唯一無二の父である。
会いに行くわけではない。
一目見れば満足する。
我慢ができなくなった雪は、留五郎の姿を見ようと密かに、父の家へ足を向けることを決意した。
子細までは教えてもらわなかったが、雪は留五郎から茅場町に住むと、聞いていた。
地道に留五郎の場所を訪ね歩き、やがて雪は留五郎の場所を突き止めたのであった。
家から出てくる留五郎の姿を遠目で見て、雪は破顔する。
前へと踏み出す足を、雪は止めることができなかった。
見るだけでは満足できない。
少しだけでいいから、父の声を聞きたい。
自身の膨れ上がる欲に逆らえなくなった雪は、だけど父の様子を伺いながらゆっくりとした足取りで、足を踏み出した。
「とと」
留五郎が出てきた家から、違う人物が——幼い男の子が留五郎を父と呼び、留五郎の足に抱きつく。
また違う人物が——きりが姿を現した。
優しい親の顔をした留五郎は、軽々と男の子を抱える。
その様子を微笑ましく見るきり。
幸せな家族の姿を、雪はまざまざと見せつけられた。
(なんだ……私が来ちゃいけなかったんだ……)
ここで留五郎を困らせてしまったら、二度と会えなくなる。
会いたいのなら、待っているしかない。
今日の留五郎たちの姿を早く忘れてしまいたかったのに、瞼にこびり付いて、その光景を忘れることができなかった。




