十二
季節は巡り、雪が十二歳になったときだった。
「ねぇ、お雪ちゃん。私たちと一緒に来ない?」
政と竜次が江戸を出て行く。
ある日のこと、二人にそう打ち明けられた雪は、さらに驚くことに、一緒に連れて行くという誘いを受けていた。
竜次は相模国の出身で、親戚の商家の養子となっていた。江戸に来たのはその商家を継ぐ前に、修行を兼ねて遊学するためである。
雪も知っていたことであったが、政と竜次は想い合う仲だ。
相模に着けば、二人は祝言を挙げるという。
「……ごめんなさい。少し、考えさせて」
母が出て行ったときからずっと気にかけてくれた二人がいなくなってしまえば、雪の喪失感は大きい。
寂しくて堪らない以上に、二人が自分を誘ってくれたことが、雪にはうれしかった。
正直、気持ちは政たちに傾いている。
それでも即決できなかったのは、留五郎の姿が浮かんだからだった。
「すぐに決めなくていいのよ。私たちが江戸を出るのは一月後、それまでに考えてほしいの」
「俺たちはお雪ちゃんを大事にする。寂しい思いもさせない。だから、一緒に来てほしいんだ」
二人の気持ちに噓偽りがないことは明らかで、大切にしてくれるからこそ、二人の至誠が温かくて辛かった。
相模に行ってしまえば、留五郎を置いていくことになる。
留五郎を一人ぼっちにしてしまうのだ。
逆に言えば、江戸に残れば政と竜次の気持ちを振り払ってまで得るのは、寂しい生活である。
留五郎といるよりも、政たちといる方が幸せになるのではないか。
自身の幸せのためだけに、留五郎を見捨てることは酷ではないのか。
それに、雪は留五郎が嫌いではなく、むしろ一緒にいたいと願っている。
最善の選択がどちらなのか、雪にはわからなかった。
雪を一緒に連れて行こうと初めに言ったのは竜次だったが、政の気持ちも同じであった。竜次が言わなかったとしても、政は彼にお願いするつもりだったのである。
「やっぱり、迷ってるみたいね」
「あんな父親でも、お雪ちゃんにとっては離れられない存在なんだな」
このまま留五郎といても雪が辛いだけだ。
傍から見れば、雪は留五郎と引き離した方がいいのだと、政たちは思っている。
「お雪ちゃん、時々お腹を空かせていて、理由を聞いてもお金を使い過ぎちゃっただけだって。……本当は、留五郎さんにお金をあげてるみたい。お雪ちゃんにはもう、そんなことしてほしくないの」
雪にとっては優しい父。
留五郎が帰って来たときの、雪の喜びが込み上げた顔を思い出して、政は切なくなった。
「おとっつあん、飲み過ぎだよ」
外で飲み歩くのでは飽き足らず、留五郎は家に帰ってからも酒を飲む。
雪が何度注意したところで、留五郎は言うことを聞かない。
「あのね、おとっつあん……」
「ん?」
「ううん、何でもない」
(出て行くって言ったら、寂しいって思ってくれるかな……)
出て行くな。一緒にいてくれという言葉が欲しかった。
でも、何を言われるのか恐くて聞けない雪は、政たちと一緒にいる未来を思い描く。
今の生活よりも幸せな自分の姿が想像できた。




