三
何処ぞで飲み歩き偶にしか家に帰ってこない父親と、何かにつけて叱りつける母親。
それは雪が五歳になっても、状況は変わらなかった。
りんと比べられていることは赤子の頃にはわからなかったが、もう理解できるまでには成長していた。
りんよりも雪の方が劣っている。
母がその事実を哀しみ、口うるさくなることも雪は知っていた。
周囲から褒められるりんに対して、雪は滅多に褒められることはない。
叱られるか、陰で笑われているかだ。
溌剌としていて覚えの早いりんと比べられてしまえば、雪は劣っているという表現で見なされてしまう。
否定され続ける雪は、暗さを漂わせるようになっていた。
「やあ、お雪ちゃん」
母との買い物帰り、雪に声をかけたのは同じ長屋に住む竜次という青年だった。
雪は小さく会釈をする。
縮こまって話せない娘を見て、はつは眉間に皺を寄せた。
「お前は挨拶もできやしないんだから」
棘のある口調で言われた雪は、余計に口を固く結んで下を向く。
「何言ってんだい、おはつさん。お雪ちゃんは大人しくていい子じゃねぇか。俺の子どもの頃よりよっぽどましってもんだ」
竜次に頭を撫でられた雪だったが、表情は晴れなかった。
「あ、そうだ。菓子を持ってるからお雪ちゃんにあげる」
竜次が懐から菓子を取ろうとしたところで、雪はぐいと母に無理やり手を引かれた。
「竜次さんまでこの子を甘やかさないでおくれ」
よろけそうになりながらも母に付いて行く雪を、竜次は心配そうに見つめる。
毎日、はつが雪を怒鳴りつける声が長屋からは聞こえ、その度に雪を哀れんでいた竜次だったが、他人の家に口出しをすることはできなかった。
竜次とて、母に叱られたことはある。はつだって、何も雪が憎くて叱っているわけではないのかもしれないと、自身に言い聞かせるのが関の山だ。
どうすることが正解なのか、竜次にはわからずにいた。
もっときちんとしなければ……
ご機嫌取りをすれば、母の心はより一層離れていく。
ならばと、雪は言われたことには逆らわず、家の手伝いをして母に尽くした。
それでも母からは、怒られてばかりだった。
りんよりも劣る自分が、母は嫌いなのではないだろうか。
雪の中で鬱々とした気持ちが芽生え始めたころ、一筋の好機が射したのであった。




