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まつとし聞かば  作者: 夏野
第二幕 白銀の世界
46/202

 何処(どこ)ぞで飲み歩き(たま)にしか家に帰ってこない父親と、何かにつけて(しか)りつける母親。

 それは雪が五歳になっても、状況は変わらなかった。


 りんと比べられていることは赤子の頃にはわからなかったが、もう理解できるまでには成長していた。


 りんよりも雪の方が劣っている。

 母がその事実を哀しみ、口うるさくなることも雪は知っていた。


 周囲から褒められるりんに対して、雪は滅多に褒められることはない。

 しかられるか、陰で笑われているかだ。


 溌剌(はつらつ)としていて覚えの早いりんと比べられてしまえば、雪は劣っているという表現で見なされてしまう。

 否定され続ける雪は、暗さを(ただよ)わせるようになっていた。


「やあ、お雪ちゃん」


 母との買い物帰り、雪に声をかけたのは同じ長屋に住む竜次たつじという青年だった。


 雪は小さく会釈(えしゃく)をする。

 縮こまって話せない娘を見て、はつは眉間にしわを寄せた。


「お前は挨拶(あいさつ)もできやしないんだから」


 (とげ)のある口調で言われた雪は、余計に口を固く結んで下を向く。


「何言ってんだい、おはつさん。お雪ちゃんは大人しくていい子じゃねぇか。俺の子どもの頃よりよっぽどましってもんだ」


 竜次に頭を()でられた雪だったが、表情は晴れなかった。


「あ、そうだ。菓子を持ってるからお雪ちゃんにあげる」


 竜次が懐から菓子を取ろうとしたところで、雪はぐいと母に無理やり手を引かれた。


「竜次さんまでこの子を甘やかさないでおくれ」


 よろけそうになりながらも母に付いて行く雪を、竜次は心配そうに見つめる。


 毎日、はつが雪を怒鳴りつける声が長屋からは聞こえ、その度に雪を哀れんでいた竜次だったが、他人の家に口出しをすることはできなかった。

 竜次とて、母に叱られたことはある。はつだって、何も雪が憎くて叱っているわけではないのかもしれないと、自身に言い聞かせるのが関の山だ。


 どうすることが正解なのか、竜次にはわからずにいた。



 もっときちんとしなければ……


 ご機嫌取りをすれば、母の心はより一層離れていく。

 ならばと、雪は言われたことには逆らわず、家の手伝いをして母に尽くした。


 それでも母からは、怒られてばかりだった。


 りんよりも劣る自分が、母は嫌いなのではないだろうか。


 雪の中で鬱々(うつうつ)とした気持ちが芽生え始めたころ、一筋の好機が射したのであった。

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