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まつとし聞かば  作者: 夏野
第一幕 少女、雪中花の如く
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 雪は早速、男に紙と筆を差し出した。


「どうぞ」


「ありがとよ」


 男はすらすらと文字を書き連ねていく。

 思わずじっと男の手元を見ていたことに気づいて、雪は腰を上げた。


 見たところで文字は読めない。

 だが、人の文を盗み見るのはよくないことだ。


 隠す様子もとがめられもしなかったが、何も言わない男に急に恥ずかしくなる。

 そして、字が書けることが少しだけうらやましかった。


(大人しい女だ……)


 何も尋ねてこないどころか、自分からは会話すらしようとしない。

 男はお喋りなたちではなかったので、無闇に話しかけられるよりはましだった。


 今も一心に、内職だろうか、巾着袋を作っている。


「すまねぇ。もう一つ、頼まれてくれねぇか」


 男は書き終えて折り畳んだふみを渡した。


「これを、神田にある弥勒(みろく)屋に届けてくれ。主人か女将おかみに渡せばいい。辰巳(たつみ)からって言えば、向こうもわかる」


「辰巳……さん?」


「俺の名前だ」


「あっ……名乗り遅れました。私は雪です」


 恥ずかしがるように、失礼な振る舞いをしてしまったことを後悔するように、雪はおずおずと口を開いた。


 辰巳に対して詮索せんさくはしないように心がけていた雪は、自身の名前をあえて教えなかったわけではない。

 ただ、言う機会がなかっただけである。


 辰巳はそんな雪の様子を、何度か瞬きしながら見つめた。

 あわてた様子に、ただの大人しい女ではなく、少女の可愛らしさを見つけてしまった。


「いや、俺の方こそ遅れた。名前くらい聞いてもよかった……って、俺も同じか」


「……弥勒屋、ですね」


「ああ。世話になるな」


 よかった。怖い人ではなさそうだと、雪は安堵(あんど)する。


 少し話したくらいで、会ったばかりの辰巳の何がわかるというのか。

 しかし雪は、気を許しすぎているとは考えていなかった。



 弥勒屋は、神田にある一膳飯屋だという。

 所在を辰巳から細かに聞き、雪は弥勒屋へとおもむいていた。


 雪の住む長屋は湯島天神の近くにある。北には上野、もう一足行けば浅草が望める。

 そして、南にあるのが神田だった。


 長屋から神田まではそう遠くなく、雪は神田に行くのには慣れていた。

 というのも、雪は内職で巾着袋を作っているのだが、その納め所が神田にあり、足繁く通う場所である。


 弥勒屋は巾着袋の納め所からは離れているので、初めて通る道ではあったが、何となく町の構造が頭に入っている分、迷うことなく辿たどり着くことができた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 感想は初めて残します。 江畠と言いますが、Twitterや他のサイトでは「陰東」で活動している者です。 いつも激しく応援してます(*´∀`) 雪の健気さがもうね、儚すぎて好き! 文の流れが…
2021/04/03 12:05 退会済み
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