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まつとし聞かば  作者: 夏野
第一幕 少女、雪中花の如く
33/202

三十二

 誰かに愛されたかった。だけど、誰も愛してくれない。


 わかっていたはずだった。


 さみしかったから、辰巳を好きになってしまった。はじめはそうだったのかもしれない。


 でも寂しいだけなら、一方的に()いていたとしても、不確かな関係を続けていればいい。


 辰巳から去ろうと決心したのは、本気で愛してしまったからだ。


 一口、また一口と杯をかたむける。

 もう少しで手持ちの酒は、底をつきそうになっていた。


 雪が予想していた通り、酒は嫌なことを忘れさせてはくれない。

 ただ、気持ちは素直になれた。


 自身を見つめ直せば、より滑稽(こっけい)に思えてしまった。


 苦くて美味いとは感じられない酒も、身体を火照(ほて)らせ、(わず)かではあるが良い気持ちにさせてくれる。


 もう少しだけ……


 すでに多量の酒を含んでいる雪はなお、求めていた。


 杯に並々に注がれた酒は、余っている残りの量まで注ぎ足せばあふれてしまった。


 がたん、と戸口が開く音で雪は後ろを振り返った。


「雪」


 現れたのは、辰巳だった。


 辰巳は二、三日程度を雪の家で過ごして、次に雪の元を訪れるのは早くても五日後だ。


 今日の朝に帰ったばかりの辰巳が、夜にも訪れる。

 (めずら)しいことではあったが、雪は胸を高鳴らせるどころか冷静だった。


 すぐに異変に気付いた辰巳は、目を見開いて雪を見る。

 つかさず雪の元へ歩み寄った。


「飲み過ぎだ。そんなに飲んでもいいことなんかねぇよ」


 辰巳は、雪の手から杯を取り上げる。

 意外にも、雪は抵抗しなかった。


「私はおとっつあんとは違う」


 弱々しくて、投げやりな言い方だった。

 辰巳は雪の前に()して、耳を傾ける。


「飲み過ぎないでって言っても、私の言うことは聞いてくれなかった……でも、私はちゃんと言うことは聞くの。お金を渡せば、おとっつあんは帰ってきてくれるから」


 何も言わなければ、このままでいれば、辰巳との関係は続くのかもしれない。

 でも、そんなむなしいことはしたくなかった。


 雪が漏らした過去に、辰巳は言葉をかけることができないでいた。


「ずっと、辰巳さんのことを待っていた」


 不確かな関係でも、雪は辰巳を信じていた。

 辰巳の嘘を聞くまでは……


「雪、俺は……」

「いいの。何も言わないで」


 これ以上、辰巳から辛い言葉を聞きたくなくて、彼を(さえぎ)った。


「最後に、辰巳さんに会いたかった」


 会ってしまえば決心は揺らぎそうになる。しかし、心では辰巳を求めていた。


「……どうして最後なんだ」


 雪はどこかに行ってしまうと確信した辰巳は、同時に、喪失感に襲われた。


 雪の心は離れてしまった。それは、自分の嘘の所為(せい)……


 繋ぎとめようと(あらが)う辰巳は、雪を抱き寄せた。


「俺はお前のおとっつあんじゃねぇよ。見返りなんていらねぇから、お前と、ずっと一緒にいたい」


「嘘……」


「嘘じゃねぇ」


「私はひとりぼっちに戻るだけ。……違う、最初からひとりぼっちだった」


 辰巳の背中をぎゅっと強く抱きしめる雪の手は、それでも誰かを求めてしまう証左だった。


「俺が、お前の(そば)にいる」


 優しい言葉に酔いしれるのも、今日が最後だ。

 どうしようもなく辰巳のことが好きで、その気持ちだけは変わらない。

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