四十九
誰かを傷つけて大切な存在を護る術を知ったのは、家族が強盗に襲われたときだった。
肌に付いた血が嫌なほど纏わり付くことも、人体から止めどなく流れ出る血の凄惨さも知らなかった男は、妹を護りたいという一心で、冷酷な人間と化した。
どんな手段を使っても、妹を護りたかった。
結果、妹に罪を背負わせることになるとも想像できずに……
「…………っ……」
目覚めたとき、酷い倦怠感が襲った。
仲間が襲われて、自身も重傷を負った……否、さとを助けるために川に飛び込んだことを思い出して、藤次郎は必死に眼を開けた。
「……よかった」
胸に縋る、そして顔を上げた先に見えたさとは、泣いている。
さとが助かってよかったと、藤次郎もまた、《《さと》》と同じ思いを抱いていた。
事の次第はこうである。
川に飛び込んださとを追って、藤次郎も川に身を投げ出したのだが、何とか藤次郎はさとを川岸まで引き上げることができた。
だが、重傷を負った身体が癒えたばかりの、しかもその身で信濃江戸に来た藤次郎は、さとを川岸に上げると、すぐに意識を失っていた。
偶々川岸に倒れこんでいる二人を見つけた男が、二人を助け、自身の家に匿っていたのである。
「お互いに死んで哀しむ人がいるなら、心中なんてやめたほうがいい」
二人を助けた男は、伊吹と名乗った。
伊吹は二人が心中したと勘違いしていて、家に匿うことを決めたのである。
心中を試みた者は、御上の法により容赦なく罰せられるからだ。
さとは、はじめの内から意識があったが、藤次郎は二日間、目を覚まさなかった。
さとは藤次郎に張り付いて看病していた。伊吹から見れば、心中したと思い込んでいたこともあって、二人は恋人同士だと認識している。
藤次郎が意識を取り戻したその日の夜、伊吹は宿に泊まることにして、家を空けた。
彼は気を利かせたつもりである。
「母さまたちが殺されたときも、兄さまは私を助けてくれた」
家族が殺されたあの日から、さとは自身が歪んでしまったと思っていた。
だが、歪んだのは家族が殺されるより前に、兄を好きになったときからではないかと、感じるようになった。
「辰巳は私のことを愛してくれた。自分がそうなって、はじめてわかったの。誰かの代わりにされることが、どんなに酷なことかって」
「あいつのこと、好きになったのか?」
「うん。でも、兄さまの方が好き」
さとは藤次郎に背を向けたまま答えた。
「もうあの人のことも、誰も傷つけない。一人ぼっちでも大丈夫。兄さまにも依存しない」
静かに花を愛でるような暮らしの中で、生涯を終えたい。
兄への想いは消えないかもしれないが、さとの決意は確かなものだった。
元より、藤次郎といつまでも一緒にいることは叶わなかった。
それに抗おうとしたとき、誰かを傷つけてしまったのだ。
「さと……俺は何度も、お前が妹じゃなかったらって思ったさ」
藤次郎は、さとを背後から抱きしめた。
同じ布団で寝るのは、無垢なままでいられた子どもの時分以来だ。
さとは密接する藤次郎の身体から猛るものを感じて、自身に対する藤次郎の想いを初めて知った。
「悪い……これが、俺にできる精一杯だ」
二人に許される行為は、抱きしめることが最大だった。
さとは藤次郎の手に指を絡めて、このひと時を噛みしめた。




