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まつとし聞かば  作者: 夏野
第五幕 草の縁
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四十九

 誰かを傷つけて大切な存在を護る術を知ったのは、家族が強盗に襲われたときだった。


 肌に付いた血が嫌なほど(まと)わり付くことも、人体から止めどなく流れ出る血の凄惨(せいさん)さも知らなかった男は、妹を護りたいという一心で、冷酷な人間と化した。


 どんな手段を使っても、妹を護りたかった。

 結果、妹に罪を背負わせることになるとも想像できずに……


「…………っ……」


 目覚めたとき、(ひど)倦怠けんたい感が襲った。

 仲間が襲われて、自身も重傷を負った……否、さとを助けるために川に飛び込んだことを思い出して、藤次郎は必死に眼を開けた。


「……よかった」


 胸に(すが)る、そして顔を上げた先に見えたさとは、泣いている。


 さとが助かってよかったと、藤次郎もまた、《《さと》》と同じ思いを抱いていた。


 事の次第はこうである。

 川に飛び込んださとを追って、藤次郎も川に身を投げ出したのだが、何とか藤次郎はさとを川岸まで引き上げることができた。

 だが、重傷を負った身体がえたばかりの、しかもその身で信濃(から)江戸に来た藤次郎は、さとを川岸に上げると、すぐに意識を失っていた。


 偶々(たまたま)川岸に倒れこんでいる二人を見つけた男が、二人を助け、自身の家に(かくま)っていたのである。


「お互いに死んで哀しむ人がいるなら、心中なんてやめたほうがいい」


 二人を助けた男は、伊吹と名乗った。


 伊吹は二人が心中したと勘違いしていて、家に匿うことを決めたのである。

 心中を試みた者は、御上の法により容赦なく罰せられるからだ。


 さとは、はじめの内から意識があったが、藤次郎は二日間、目を覚まさなかった。

 さとは藤次郎に張り付いて看病していた。伊吹から見れば、心中したと思い込んでいたこともあって、二人は恋人同士だと認識している。


 藤次郎が意識を取り戻したその日の夜、伊吹は宿に泊まることにして、家を空けた。

 彼は気を利かせたつもりである。


「母さまたちが殺されたときも、兄さまは私を助けてくれた」


 家族が殺されたあの日から、さとは自身がゆがんでしまったと思っていた。

 だが、歪んだのは家族が殺されるより前に、兄を好きになったときからではないかと、感じるようになった。


「辰巳は私のことを愛してくれた。自分がそうなって、はじめてわかったの。誰かの代わりにされることが、どんなにこくなことかって」


「あいつのこと、好きになったのか?」


「うん。でも、兄さまの方が好き」


 さとは藤次郎に背を向けたまま答えた。


「もうあの人のことも、誰も傷つけない。一人ぼっちでも大丈夫。兄さまにも依存しない」


 静かに花を愛でるような暮らしの中で、生涯を終えたい。

 兄への想いは消えないかもしれないが、さとの決意は確かなものだった。


 元より、藤次郎といつまでも一緒にいることは叶わなかった。

 それに(あらが)おうとしたとき、誰かを傷つけてしまったのだ。


「さと……俺は何度も、お前が妹じゃなかったらって思ったさ」


 藤次郎は、さとを背後から抱きしめた。


 同じ布団で寝るのは、無垢むくなままでいられた子どもの時分以来だ。


 さとは密接する藤次郎の身体から(たけ)るものを感じて、自身に対する藤次郎の想いを初めて知った。


「悪い……これが、俺にできる精一杯だ」


 二人に許される行為は、抱きしめることが最大だった。

 さとは藤次郎の手に指を絡めて、このひと時をみしめた。

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