表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まつとし聞かば  作者: 夏野
第五幕 草の縁
178/202

三十一

 雪が尾花屋を訪れているころ、辰巳は克草(こっそう)塾にいた。

 何者かが雪のあらぬ噂を流布していることを、和泉に相談するためである。


「あからさまにあの人が怪しいと思うけど」


 名前こそ言わないが、和泉の指す人がさとであると、辰巳はわかった。


 和泉には今までの経緯も打ち明けていたので、辰巳本人がさとを真っ先に疑ったように、和泉もまた同じ考えである。


「きれいに別れなかったでしょ」


 その通りなのだが、ばつが悪くなって、辰巳は和泉から顔をらした。

 和泉は一つ溜息を吐いてみせる。


「お雪ちゃんの一大事となれば動かないわけにはいかない。その件、俺に任せてよ」


「お前にばかり負担をかけさせるつもりはねぇよ。俺も……」


「辰巳は、お雪ちゃんと一緒にいて守ってあげなきゃ。四六時中一緒にはいられないだろうけど、もしもの場合もあるかもしれない」


 和泉の言うことにも一理ある。

 何より和泉を信用しているので、辰巳は彼の言に従うことにした。


 日中は辰巳も仕事があるので雪のそばにいることはできないが、雪が克草塾にいる間は安心できる。

 雪が来ているときは、和泉は克草塾にいるはずだ。


 そう、だから和泉にいている場合ではない。

 まるでまだ雪を好いているような彼の言葉にもだ。


 大丈夫。妬いていない。

 辰巳は何度も、その言葉を心の中で(つぶや)いた。



 辰巳と別れた後は抜け殻のようになっていた。


 ただ、生きているだけ。


 時々思い出すのは、目の前で両親が殺された日の光景。


 寂しくなりそうなときは、知らない誰かになぐさめてもらった。

 鈴彦も、その一人だ。


 鈴彦とは後腐れのない関係でいられるので、都合が良かった。


 飽きるまでは鈴彦といようと思っていた矢先、彼から胸の内に封じ込めた怒りを呼び覚ます名前を聞いた。


 雪……彼女がいなければ、自分は幸せになれたのかもしれない。


 鈴彦の言っていた雪という人物が、彼女であるという確証は何もなかった。

 けれど鈴彦を(そそのか)して、災厄を与えようと決めた。

 間違っていてもいい。

 そんな安易な考えではあったが、どうやら天は自分に味方をしてくれたらしい。


 憎むべき相手は、間違っていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ