二十六
弥勒屋で辰巳が和泉と二人、酒を酌み交わすようになって、幾日かが過ぎた。
妻も友と仲直りできたことを喜んでくれたので、飲みに行く日には気持ちよく送り出してくれる。
やっと仲直りしたんだねと、弥勒屋の女将お松は口にこそ出さないが、内心二人を案じていたのだ。
酒を飲んでも普段の様子とあまり変わらない二人は、にぎやかとは程遠い。
しかし波長は合っていた。
「お雪ちゃんは前世で人斬りでもしてたのかな」
雪のこれまでの境遇は、和泉が知っているだけでも悲惨と思えた。
今度こそ、雪には幸せになってほしいと願うのは、辰巳も同じである。
不幸な少女は辰巳と出会い、徐々に明るさを備えるようになっていった。
幸せになって、また不幸になって、何度も彼女に試練が襲う。
今は、雪はやっと穏やかな日々を取り戻している。
たとえ今ひとたび災厄が訪れようと、二人にとっては守ってあげたい大切な存在だ。
「最近は良いことばかりだ。克草塾で勉強するのが楽しそうで、あと、父親に再会したらしい」
「父親って……お雪ちゃんのこと捨てたっていう……?」
子どもを捨てたような親と会って大丈夫なのかと、和泉の顔は聞いている。
「もし雪を不幸にするようなら、俺が何とかする。雪の話を聞いている限りじゃ問題なさそうだが……今度、俺も会いに行くから、これでも緊張してんだよ」
雪と所帯を持つと決めたとき、辰巳は真っ先に雪の母親代わりたるおまちに会いに行った。
おまちの風格もさながら緊張したのを覚えているが、今回も正直、気が重い。
認めてもらえなければどうしようと、不安になってしまうのだ。
「せめておまちさんのときみたいに、外面だけでもよくしておきなよ」
「馬鹿。中身が重要なんだ」
「言うようになったね。見た目は変わっても中身だけは変わらないか」
「お前もな」
辰巳は道場の師範代になってから髷姿に改めていたのだが、和泉もまた、新しい仕事に就くにあたって髷姿となっていた。
「お雪ちゃんのことは気を配っておくから安心して」
「余計なお世話だ。仕事に就いたんなら、集りにくるな」
「わざわざ会いに行かなくても会うしなぁ」
「どういう意味だ」
「俺、克草塾で珊石先生の手伝いをすることになったんだ。明日からなんだけど、お雪ちゃんは来る?あ、お雪ちゃんには黙っててよ。驚かせたいからさ」
「な……俺は、聞いてない」
和泉は雪のことを好いている。
今もその気持ちが彼の中に残っているのかは定かでないが、そんな男と雪を会わせてなるものかと思うも、和泉には師範代の仕事を譲ってくれた借りがある。
「……よろしく頼むぜ」
「無理しちゃって。本当は妬いてるくせに」
揶揄うときの和泉の顔を、辰巳は久しぶりに見た。




