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まつとし聞かば  作者: 夏野
第五幕 草の縁
173/202

二十六

 弥勒(みろく)屋で辰巳が和泉と二人、酒をみ交わすようになって、幾日かが過ぎた。

 妻も友と仲直りできたことを喜んでくれたので、飲みに行く日には気持ちよく送り出してくれる。


 やっと仲直りしたんだねと、弥勒屋の女将お松は口にこそ出さないが、内心二人を案じていたのだ。


 酒を飲んでも普段の様子とあまり変わらない二人は、にぎやかとは程遠い。

 しかし波長は合っていた。


「お雪ちゃんは前世で人斬りでもしてたのかな」


 雪のこれまでの境遇は、和泉が知っているだけでも悲惨と思えた。

 今度こそ、雪には幸せになってほしいと願うのは、辰巳も同じである。


 不幸な少女は辰巳と出会い、徐々に明るさを備えるようになっていった。

 幸せになって、また不幸になって、何度も彼女に試練が襲う。


 今は、雪はやっと穏やかな日々を取り戻している。

 たとえ今ひとたび災厄が訪れようと、二人にとっては守ってあげたい大切な存在だ。


「最近は良いことばかりだ。克草(こっそう)塾で勉強するのが楽しそうで、あと、父親に再会したらしい」


「父親って……お雪ちゃんのこと捨てたっていう……?」


 子どもを捨てたような親と会って大丈夫なのかと、和泉の顔は聞いている。


「もし雪を不幸にするようなら、俺が何とかする。雪の話を聞いている限りじゃ問題なさそうだが……今度、俺も会いに行くから、これでも緊張してんだよ」


 雪と所帯を持つと決めたとき、辰巳は真っ先に雪の母親代わりたるおまちに会いに行った。

 おまちの風格もさながら緊張したのを覚えているが、今回も正直、気が重い。

 認めてもらえなければどうしようと、不安になってしまうのだ。


「せめておまちさんのときみたいに、外面だけでもよくしておきなよ」


「馬鹿。中身が重要なんだ」


「言うようになったね。見た目は変わっても中身だけは変わらないか」


「お前もな」


 辰巳は道場の師範代になってから髷姿に改めていたのだが、和泉もまた、新しい仕事に就くにあたって髷姿となっていた。


「お雪ちゃんのことは気を配っておくから安心して」


「余計なお世話だ。仕事に就いたんなら、(たか)りにくるな」


「わざわざ会いに行かなくても会うしなぁ」


「どういう意味だ」


「俺、克草塾で珊石先生の手伝いをすることになったんだ。明日からなんだけど、お雪ちゃんは来る?あ、お雪ちゃんには黙っててよ。驚かせたいからさ」


「な……俺は、聞いてない」


 和泉は雪のことを好いている。

 今もその気持ちが彼の中に残っているのかは定かでないが、そんな男と雪を会わせてなるものかと思うも、和泉には師範代の仕事を譲ってくれた借りがある。


「……よろしく頼むぜ」


「無理しちゃって。本当はいてるくせに」


 揶揄(からか)うときの和泉の顔を、辰巳は久しぶりに見た。

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