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まつとし聞かば  作者: 夏野
第五幕 草の縁
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二十二

「もうかな文字を覚えてしまったな」


 雪が克草(こっそう)塾にて珊石に学んで日は浅いものの、かな文字の読み書きができるようになった。


 教本の文字、それに辰巳が借りた本、町中の看板などのかな文字を読めるようになったときには、表情に出てしまうくらいに、雪はうれしさが込み上げる。


「珊石先生と寛石先生のおかげでございます。まさかこの歳になって、文字を教われるとは思いもしませんでした」


「儂はお雪さんに文字だけではなく、他の知識も教えようと思う。なに、覚えが良いのはお雪さんの素質だ。寛石も感心しておったぞ」


 雪は恐縮するあまり、二人の師に頭を下げた。


 克草塾を辞した雪は、静介のいる寺へ迎えに行く。

 すぐ隣にある寺なのでなかば安心して、克草塾での勉学も(はかど)っていた。


「先ほどおじい様がいらっしゃって、一緒に遊んでおられます」


「おじい様、ですか……?」


 寺の僧に、静介を預っかてくれた礼を言うと、僧から意外なことを言われる。

 静介の祖父を名乗る人物が、寺を訪れたのだというのだ。


 思い当たる人物は、一人しかいない。


 雪は急いで静介の元に向かった。


「静介!」


「あ、おっかちゃ!」


 雪に駆け寄る静介は、ある人物と(たわむ)れていた。

 やっぱり……雪はその人物を見て、心の中で(つぶや)いた。


「雪、また会えてよかった」


 先日の再会も、今も、夢ではない。


 泣きそうに顔をゆがめている男こそ、雪の父である留五郎だった。


「どうして、ここに……」


「寺の前を通ったとき、偶々(たまたま)静介を見かけたんだ。雪は隣の塾で勉強してるって聞いて……すごいなぁ、前から賢かったもんな」


 母にはしかられてばかりだったが、父は優しく褒めてくれた。

 だが、父が次第に偽りの愛を向けたのも、事実である。


 あの頃の(みじ)めな自分を思い出して、雪は素直に喜ぶどころか、おとっつぁんと呼ぶことさえできない。


「この近くに住んでいるんだ。寄ってってくれよ」


 複雑な気持ちを抱えているのなら、留五郎を少しでも恨んでいるのならば、すぐに帰ればよいのにそうしないのは、父という存在に対する未練だろうか。それとも、留五郎に会えたことがうれしいのだろうか。


 雪は否定も肯定もしなかった。


「じいじともっと遊ぶ!」


「じいじ……」


「うん!おっかちゃのおとっちゃだから、じいじなんだって!」


 無邪気な静介の笑顔に、雪は救われる心地になる。


(大丈夫……期待なんかしない)


 留五郎が愛してくれなくても、幸せと呼べる日常を手に入れた。

 たとえ傷つくことになろうと、後悔だけはしたくない。


「そうね。じいじの家に行きましょう」


 幼かった頃の自分も、今の一部分である。

 しかし、雪は変わったのだ。

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