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まつとし聞かば  作者: 夏野
第五幕 草の縁
163/202

十六

 克草(こっそう)塾の門を潜ると、開け放された部屋に並べられた書物が目をいた。

 しかし雪たちの姿は見えず、辰巳は克草塾の中へと足を踏み入れる。


 行き当たった部屋から、人の声が聞こえた。

 ぼそぼそと漏れ聞こえる声は、珊石と雪のものである。


 母の声を聞いた静介は、待ちきれないといったように戸を開けてしまった。


 部屋の中には雪と珊石、それに寛石がいた。

 筆を持つ雪の正面にいるのは、手ほどきをしている珊石といった構図である。


「おっかちゃ……」


 雪の邪魔をしてしまったと立ち尽くす辰巳とは別に、静介はお構いなしに雪に泣きつく。


「ごめんね。おっかさん、夢中になって静介を迎えに行くのが遅れちゃった」


「この……馬鹿たれがっ!!」


 珊石は立ち上がり、本日二度目となる鉄拳を辰巳に喰らわせた。


「何しやがる!お前の所為(せい)で、静介が余計に泣いちまってるじゃねぇか!」


 珊石の剣幕に衝撃を受けた静介は、雪の胸の中で盛大に泣きわめいていた。

 雪と寛石が必死になって、静介を(なだ)めている。


 珊石はそれを見て、一度咳払いをした。


「失礼した……儂が言いたいのは、何故なぜもっと早くに、お雪さんのことを儂に教えてくれなんだということだ」


「雪を……?」


 少しして、もしや珊石は雪に懸想したのではと、辰巳は(よこしま)な考えがぎった。

 だが、すぐに珊石は辰巳をにらみ返す。


阿呆あほうなことばかり考えているから、妻の才に気づけなかったというところか……辰巳、お雪さんは賢いぞ」


 はじめに気づいたのは寛石だった。


 寛石は雪にかな文字を教えていたのだが、明らかに雪の覚えは凄まじく、呑み込みが早かった。

 しかも覚えたばかりの文字を、教本にある文字のように書いてしまうのだから、驚かずにはいられない。

 しかも雪は、手習所に行っていないも同然ときたのだから、珊石に雪のこと告げたのである。

 雪は天才かもしれないと。


 寛石の言に興味を持った珊石は、自ら雪に手ほどきをして、寛石同様に雪の才を実感したのである。


「子どもの頃から学んでいれば、優れた逸材になっていたであろうに……いや、今からでも遅くはない!お雪さん、今後は好きなときに尋ねてきなさい。ここで思う存分、勉学に励むといい」


 好きなだけ勉学ができる。

 雪は高揚と共に、辰巳を見やった。


 優しい顔で(うなず)く夫と珊石に、雪は頭を下げた。

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