表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まつとし聞かば  作者: 夏野
第一幕 少女、雪中花の如く
16/202

十五

「今日は仕事お休みなんだ」


「あ、ああ。おりんちゃんも参詣かい?」


「そんなとこ」


 りんは雪と同じ長屋に住んでいて、歳も同じであった。


 性格は大人しい雪と、天真爛漫(てんしんらんまん)で愛嬌のあるりんは対照的である。


 伊吹と話すりんは、雪に一瞥(いちべつ)もくれようとはしなかったが、やっと気付いたように顔を向けた。


「へぇ……お雪さんと一緒なんだ」


 雪がりんと話すのはいつぶりだろうか。

 小さい頃は少しだけ交流があったものの、今となっては会話すらしない間柄となっていた。


 冷たくはない、けれども刺すようなりんの視線に、雪は下を向いた。


「俺が誘ったんだ。(たま)にはお互い息抜きしようって」


 りんはちゃっかり伊吹の隣に腰掛けて、茶屋の娘に善哉(ぜんざい)を注文した。


「でもさ、お雪さんは伊吹さんと来なくても、他に男の人がいるんでしょう?それなのに伊吹さんと甘味処に来るんだ」


 悪意があるのか、それとも純粋な少女の疑問なのか、りんの無邪気な表情からは本心が計り知れなかった。


「おりんちゃん……」


「今日はその……この前伊吹さんが物を貸してくれたから、そのお礼で」


「ふーん」


 対して気にしていないと言わんばかりに、りんは善哉を口に運んだ。

 雪への興味が失せてしまったように見える。


 いや、そもそも雪の返事には(はな)から興味がなかったのかもしれない。


 りんとは普通に話せていた幼い時分(じふん)を、雪は思い出した。

 りんは話すのが好きで雪にも色々話しかけていたのだか、雪から話題を振ると決まって「ふーん」という返事が返ってくる。

 その返事だけで会話が広がらないので、自分には興味がないのだと、いつしか察することができた。


 甘味処に一緒に行くような男の人はいないと言ったところで、りんの返事は予想ができるというものだ。


「私、そろそろ帰ります」


 一番に優先するべきことは、伊吹に悪い噂が立たないことを配慮することだ。


 りんが表立って悪い噂を吹聴(ふいちょう)しているところを見たことはないが、りんの何気ない一言が悪い噂になりかねない。

 普段から伊吹とは関わらないようにと心掛けていたが、気が緩んでいたと、雪は自身をいましめた。


「これ、お代です。今日はありがとうございました」


「え、待っ……」


 自分と、それに伊吹の代金を渡して、雪はそそくさと甘味処を後にする。

 伊吹は雪の消えていった方向を見つめながら、ぽつりと(つぶや)いた。


「払わせるつもりなんてなかったのに……」


「お雪さんと一緒にいるところ、他の人に見られてたら何言われるかわからないよ」


「どうして皆、お雪ちゃんことを悪く言うんだ。お雪ちゃんは皆が思っているような子じゃない」


 雪に想い人がいることに続き、またとない雪との逢瀬(おうせ)が終わってしまって、伊吹は散々だった。


「伊吹さん、(だま)されているんじゃない?おっかさんにもお雪さんとは話すなって言われてるし。それに、男好きなのは本当みたいよ」


「お雪ちゃんが出合茶屋(であいぢゃや)で男と逢瀬を重ねてたって噂だろ。見たこともないのに、信じられないねぇよ」


「私は見たもん」


「え」


「出合茶屋じゃないけどついこの前、雪さんの家に男の人がいたんだ。胡散(うさん)くさい浪人って感じだった」


(嘘、だろ……)


 伊吹はしばらく愕然(がくぜん)としていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 優しい言葉で穏やかに進んでいく物語に、少しだけと思って開いたのですが、最新話まであっと言う間に読み進めていました。 この後どう展開していくのか、楽しみです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ