十五
「今日は仕事お休みなんだ」
「あ、ああ。おりんちゃんも参詣かい?」
「そんなとこ」
りんは雪と同じ長屋に住んでいて、歳も同じであった。
性格は大人しい雪と、天真爛漫で愛嬌のあるりんは対照的である。
伊吹と話すりんは、雪に一瞥もくれようとはしなかったが、やっと気付いたように顔を向けた。
「へぇ……お雪さんと一緒なんだ」
雪がりんと話すのはいつぶりだろうか。
小さい頃は少しだけ交流があったものの、今となっては会話すらしない間柄となっていた。
冷たくはない、けれども刺すようなりんの視線に、雪は下を向いた。
「俺が誘ったんだ。偶にはお互い息抜きしようって」
りんはちゃっかり伊吹の隣に腰掛けて、茶屋の娘に善哉を注文した。
「でもさ、お雪さんは伊吹さんと来なくても、他に男の人がいるんでしょう?それなのに伊吹さんと甘味処に来るんだ」
悪意があるのか、それとも純粋な少女の疑問なのか、りんの無邪気な表情からは本心が計り知れなかった。
「おりんちゃん……」
「今日はその……この前伊吹さんが物を貸してくれたから、そのお礼で」
「ふーん」
対して気にしていないと言わんばかりに、りんは善哉を口に運んだ。
雪への興味が失せてしまったように見える。
いや、そもそも雪の返事には端から興味がなかったのかもしれない。
りんとは普通に話せていた幼い時分を、雪は思い出した。
りんは話すのが好きで雪にも色々話しかけていたのだか、雪から話題を振ると決まって「ふーん」という返事が返ってくる。
その返事だけで会話が広がらないので、自分には興味がないのだと、いつしか察することができた。
甘味処に一緒に行くような男の人はいないと言ったところで、りんの返事は予想ができるというものだ。
「私、そろそろ帰ります」
一番に優先するべきことは、伊吹に悪い噂が立たないことを配慮することだ。
りんが表立って悪い噂を吹聴しているところを見たことはないが、りんの何気ない一言が悪い噂になりかねない。
普段から伊吹とは関わらないようにと心掛けていたが、気が緩んでいたと、雪は自身を戒めた。
「これ、お代です。今日はありがとうございました」
「え、待っ……」
自分と、それに伊吹の代金を渡して、雪はそそくさと甘味処を後にする。
伊吹は雪の消えていった方向を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「払わせるつもりなんてなかったのに……」
「お雪さんと一緒にいるところ、他の人に見られてたら何言われるかわからないよ」
「どうして皆、お雪ちゃんことを悪く言うんだ。お雪ちゃんは皆が思っているような子じゃない」
雪に想い人がいることに続き、またとない雪との逢瀬が終わってしまって、伊吹は散々だった。
「伊吹さん、騙されているんじゃない?おっかさんにもお雪さんとは話すなって言われてるし。それに、男好きなのは本当みたいよ」
「お雪ちゃんが出合茶屋で男と逢瀬を重ねてたって噂だろ。見たこともないのに、信じられないねぇよ」
「私は見たもん」
「え」
「出合茶屋じゃないけどついこの前、雪さんの家に男の人がいたんだ。胡散くさい浪人って感じだった」
(嘘、だろ……)
伊吹はしばらく愕然としていた。




