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まつとし聞かば  作者: 夏野
第一幕 少女、雪中花の如く
15/202

十四

「お雪ちゃんは、()いた男の人とかいるの?」


 唐突な、しかも思ってもみない質問に、雪は少し目を見開いて伊吹を見返した。

 伊吹は顔を伏せたまま、手元の団子を見つめている。


 最近、この手の話題を振られるようになったと感じながら、雪の脳裏のうりには一人の男の姿が浮かんだ。


「気になっている人はいます」


 伊吹は驚いたように顔を上げた。


「え、あ……」


 ただ驚愕きょうがくしているだけか、それとも別の感情でも含んでいるのかを判別できないほど、伊吹の表情は複雑そうだった。


 自身の想いを伝えようとしていた伊吹は、遠回しに、雪に想い人がいるのかを尋ねたわけだが、悪手となってしまった。


「誰?俺の知らない人かな……」


 想い人に正直に伝えるなど雪の性格上ありえないが、もしかしたら自分かもしれないという一縷(いちる)の望みをかけて伊吹は聞いた。


「最近会ったばかりでよく知らない人だけど、その人のことを知りたいと思ってて……」


「…………」


 伊吹の望みは一瞬にして崩れ去った。

 まさか雪に、想い人などいるはずがないと決め込んでいたこともあり、体温が急激に下がる感覚に(おちい)る。


「伊吹さんは()い人、いるんですか?」


「想ってる子はいるけど、俺のこと好いてはいないみたいなんだ。でも、まだ(あきらめ)られなくてよ」


(うらやま)しいな……私も、そこまで想われてみたい」


 それが伊吹にとって(こく)な言葉とも知らずに、雪は本音を吐露(とろ)した。


 雪の根底には誰かに愛されたいという()えがある。

 今まで誰からも、親からも愛されなかった雪は、誰かに愛されることを願っていた。

 伊吹の気持ちを知らないままに。


 すっかり意気消沈した伊吹は、しばらく無言だった。

 雪も会話がないならないで平気な性格だから、無言をつらぬいている。


 団子を食べ終わり一息ついたところで、沈黙に耐えかねた伊吹が口を開いた。


「お雪ちゃん、辛くない?ほら、皆お雪ちゃんのこと悪く言うだろ。出て行ったりとか……」


 雪が長屋の住人に悪様にされていることも疑問ながら、それでも雪が長屋を出て行かないことが不思議だった。

 いつか雪が去ってしまうのではないかという不安も含めて。


「そろそろ引っ越そうかと思っているんですけど……伊吹さんにも迷惑をかけてしまいますし」


 雪は出て行った父をずっと待っている。

 けれど最近は、辛いことを耐えるのが限界に近かった。

 辰巳の看病が終わったら引っ越そうかと、密かに思っていたのである。


「俺は迷惑だなんて一回も思ったことはないよ。でも、お雪ちゃが辛いなら、引っ越したほうがいいのかもな。あ、あのさ……」


 伊吹はまた、甘味処に誘ったときのように歯切れが悪くなった。

 何かを言いあぐねていて、雪はその何かを待った。


「もしお雪ちゃんがよければ、俺といっ……」


「あれ、伊吹さんだ」


 明るい少女の声が、雪たちに降り注いだ。

 目の前に現れた少女は、その身に(まと)う花模様が散りばめられた薄紅色の着物がよく似合っている。


「おりんちゃん」

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