十四
「お雪ちゃんは、好いた男の人とかいるの?」
唐突な、しかも思ってもみない質問に、雪は少し目を見開いて伊吹を見返した。
伊吹は顔を伏せたまま、手元の団子を見つめている。
最近、この手の話題を振られるようになったと感じながら、雪の脳裏には一人の男の姿が浮かんだ。
「気になっている人はいます」
伊吹は驚いたように顔を上げた。
「え、あ……」
ただ驚愕しているだけか、それとも別の感情でも含んでいるのかを判別できないほど、伊吹の表情は複雑そうだった。
自身の想いを伝えようとしていた伊吹は、遠回しに、雪に想い人がいるのかを尋ねたわけだが、悪手となってしまった。
「誰?俺の知らない人かな……」
想い人に正直に伝えるなど雪の性格上ありえないが、もしかしたら自分かもしれないという一縷の望みをかけて伊吹は聞いた。
「最近会ったばかりでよく知らない人だけど、その人のことを知りたいと思ってて……」
「…………」
伊吹の望みは一瞬にして崩れ去った。
まさか雪に、想い人などいるはずがないと決め込んでいたこともあり、体温が急激に下がる感覚に陥る。
「伊吹さんは好い人、いるんですか?」
「想ってる子はいるけど、俺のこと好いてはいないみたいなんだ。でも、まだ諦られなくてよ」
「羨しいな……私も、そこまで想われてみたい」
それが伊吹にとって酷な言葉とも知らずに、雪は本音を吐露した。
雪の根底には誰かに愛されたいという飢えがある。
今まで誰からも、親からも愛されなかった雪は、誰かに愛されることを願っていた。
伊吹の気持ちを知らないままに。
すっかり意気消沈した伊吹は、しばらく無言だった。
雪も会話がないならないで平気な性格だから、無言を貫いている。
団子を食べ終わり一息ついたところで、沈黙に耐えかねた伊吹が口を開いた。
「お雪ちゃん、辛くない?ほら、皆お雪ちゃんのこと悪く言うだろ。出て行ったりとか……」
雪が長屋の住人に悪様にされていることも疑問ながら、それでも雪が長屋を出て行かないことが不思議だった。
いつか雪が去ってしまうのではないかという不安も含めて。
「そろそろ引っ越そうかと思っているんですけど……伊吹さんにも迷惑をかけてしまいますし」
雪は出て行った父をずっと待っている。
けれど最近は、辛いことを耐えるのが限界に近かった。
辰巳の看病が終わったら引っ越そうかと、密かに思っていたのである。
「俺は迷惑だなんて一回も思ったことはないよ。でも、お雪ちゃが辛いなら、引っ越したほうがいいのかもな。あ、あのさ……」
伊吹はまた、甘味処に誘ったときのように歯切れが悪くなった。
何かを言いあぐねていて、雪はその何かを待った。
「もしお雪ちゃんがよければ、俺といっ……」
「あれ、伊吹さんだ」
明るい少女の声が、雪たちに降り注いだ。
目の前に現れた少女は、その身に纏う花模様が散りばめられた薄紅色の着物がよく似合っている。
「おりんちゃん」