四十四
江戸に戻ることを決めたとき、雪と静介に会うつもりはなかった。
いや、合わす顔がなかった。
再び江戸の地を踏むことができるのならば、せめて一目だけでも、二人の姿を拝みたい。
しかし江戸に近づくにつれて、会いたい気持ちは増すばかりで、気づけば二人と住んでいた家の前まで来ていた。
そもそもすでに二人は引っ越してしまった可能性もあったが、戸の向こう側から聞こえてくる子どもの声は、おそらく、きっと静介のものだと思った。
雪はずっと、待っていてくれた。
だけど、空白の三年はどうやっても埋まらない。
許してくれた雪は、詰ることもなく怒っている。
信濃では人を殺めていた。雪以外の女と生活していた。
それを言えば、雪に嫌われることは必定で、再び夫婦でいられなくなってしまうと、雪に姿を消していた理由を打ち明けることができなかった。
理由を言わない夫に納得しない雪を無理矢理に我慢させて、もう一度やり直そうという都合のいい考えは、やはり罷り通らないというものだ。
そしてさとが、自分を追って江戸に来た。
しかも重症の藤次郎を置いて、さとが一人で訪れるなどと、想像すらできなかった。
何としてでも代わりとなり得る自分が欲しいという執念なのだろうか。
さとは、雪が他の男と身体を重ねたという恐れていた事実を口にする。
「お願い、抱いて」
「できるわけねぇだろ」
再び関係を要求するさとは、ただ考えなしに言っているわけではなかった。
「辰巳が人殺しをしてたことも、私を抱いたことも、あの人に全部言ってもいいの?」
絶対に服従するしかない選択肢を強いる様は、まるで藤次郎に脅されているかのような心地だ。
「寂しいだけなら、俺じゃなくて……」
「私は辰巳じゃなきゃ満足できない。あの人と別れなくてもいいから、お願い」
再び雪を裏切ったのは、雪と離れたくなかったからだった。
決して雪が他の男と肌を重ねたからだとか、和泉との関係を疑ったからだという嫉妬ではない。
元より、雪を責めることのできないこの身は、さらに罪を増大させていた。
出会った頃の関係よりも儚く、綻びが生じるのは必定だったのだろう。
今、二人の関係は終焉を迎えている。
辰巳はすべてを語り終えた。




