三十五
行為の後の冷めた感情では、しなだれかかるさとの肌に高ぶりを見せることはなく、ただ落ち着くといった塩梅だった。
さとの身体中を埋め尽くしていた痣は、一つの季節を巡ると次第に薄れ、滑らかな肌が常に誘ってくる。
腰をくねらせただけで魅了されるのに、手練れのさとの所作に骨抜きにされない男はいないだろう。
だが、自分だけのものにしたいだとか、一生を共にしたいという願いは皆無だった。
さと自身も、己がただ一人を想うような生き方ができないとわかっていて、その生き方を貫き通している。
辰巳が求めているのは身体だけではないが、見返りを欲していないだけだ。
「貴方は妬かないのね」
ぼそりと、さとが呟いた。
さとが時偶に、自分以外とも肌を重ねていることを知っている。
しかし憤りはなく、黙認しているといったところだった。
「妬いてほしいのか?」
一緒に過ごす時が増えたものの、いまだにさとの本心というものがわからない。
少なからず好いてくれているのか、それとも割り切った関係でいるのか、どうにも計りかねるのだ。
聞いてみようとも思わないのだから、さして辰巳の気にするところではなかった。
「辰巳は……兄さまに似てる」
喜介からも同じことを言われたが、やはり似ていると認めざるを得ないのだろうか。
いや、和泉は似ていないと言っていた。
頑なに否定するのは、きっと……
「そうだな……お前が藤次郎の話をするときだけは、妬いてるよ」
いつも藤次郎の話ばかりをするさとの側で、妬心を抱いているのは本当だった。
数ヵ月後、さととの関係は続いたまま、辰巳は日常を過ごしていた。
「お前が仲良しこよしとは似合わねぇな」
昨夜、無事に仕事を終えたことを報告するため、辰巳は藤次郎を訪ねていた。
藤次郎が指しているのはさとのことではなく、和泉と喜介のことである。
二人とは共に仕事もしているが、仕事以外で顔を合わせることが多く、会うといっても飲み屋がほとんどだが、辰巳は二人からの誘いを断りはしなかった。
誰とも慣れ合うつもりはなかったのに、素直に言えば、二人といると居心地が良かったのだ。
藤次郎に言われるまでもなく、柄にもないことをしているとは自覚している。
「出るのか?」
「これから仕事だ」
さとと関係を持つようになって、恐れていたはずの藤次郎からの叱責はなく、それどころか、一度たりともさとの話をされたことがなかった。
だから辰巳にはやはり、妹想いの兄という姿を見たことがあるというのに、その姿の藤次郎が想像できないのだ。
仕事に向かった藤次郎の顔は、いつにも増して冷ややかだった。




