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まつとし聞かば  作者: 夏野
第四幕 昔を今に
136/202

三十五

 行為の後の冷めた感情では、しなだれかかるさとの肌に高ぶりを見せることはなく、ただ落ち着くといった塩梅(あんばい)だった。


 さとの身体中を埋め尽くしていた痣は、一つの季節を巡ると次第に薄れ、なめらかな肌が常に誘ってくる。


 腰をくねらせただけで魅了されるのに、手練てだれのさとの所作に骨抜きにされない男はいないだろう。


 だが、自分だけのものにしたいだとか、一生を共にしたいという願いは皆無だった。

 さと自身も、己がただ一人を想うような生き方ができないとわかっていて、その生き方を貫き通している。


 辰巳が求めているのは身体だけではないが、見返りを欲していないだけだ。


「貴方は()かないのね」


 ぼそりと、さとが(つぶや)いた。


 さとが時(たま)に、自分以外とも肌を重ねていることを知っている。

 しかし憤りはなく、黙認しているといったところだった。


「妬いてほしいのか?」


 一緒に過ごす時が増えたものの、いまだにさとの本心というものがわからない。

 少なからず好いてくれているのか、それとも割り切った関係でいるのか、どうにも計りかねるのだ。


 聞いてみようとも思わないのだから、さして辰巳の気にするところではなかった。


「辰巳は……兄さまに似てる」


 喜介からも同じことを言われたが、やはり似ていると認めざるを得ないのだろうか。

 いや、和泉は似ていないと言っていた。


 かたくなに否定するのは、きっと……


「そうだな……お前が藤次郎の話をするときだけは、妬いてるよ」


 いつも藤次郎の話ばかりをするさとの側で、妬心としんを抱いているのは本当だった。



 数ヵ月後、()()との関係は続いたまま、辰巳は日常を過ごしていた。


「お前が仲良しこよしとは似合わねぇな」


 昨夜、無事に仕事を終えたことを報告するため、辰巳は藤次郎を訪ねていた。


 藤次郎が指しているのはさとのことではなく、和泉と喜介のことである。


 二人とは共に仕事もしているが、仕事以外で顔を合わせることが多く、会うといっても飲み屋がほとんどだが、辰巳は二人からの誘いを断りはしなかった。


 誰とも慣れ合うつもりはなかったのに、素直に言えば、二人といると居心地が良かったのだ。


 藤次郎に言われるまでもなく、がらにもないことをしているとは自覚している。


「出るのか?」


「これから仕事だ」


 ()()と関係を持つようになって、恐れていたはずの藤次郎からの叱責しっせきはなく、それどころか、一度たりともさとの話をされたことがなかった。


 だから辰巳にはやはり、妹想いの兄という姿を見たことがあるというのに、その姿の藤次郎が想像できないのだ。


 仕事に向かった藤次郎の顔は、いつにも増して冷ややかだった。

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