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まつとし聞かば  作者: 夏野
第四幕 昔を今に
135/202

三十四

「はー……またやっちまった……」


 飲み屋の喧騒の中で盛大な溜息を吐いたのは、辰巳と同じ剣客集団に属している喜介(きすけ)だった。


 それは昨日のこと、辰巳は喜介と共に仕事をすることになったのだが、喜介の失態により、標的の一人を取り逃がしてしまっていた。

 何とか翌日になって捕らえることができたものの、喜介の失態は今日に限ったことではない。


 辰巳は落ち込む喜介を見かねて、飲みに誘っていたのだ。


「向いてないのはわかってるんだけどな……」


「どうして剣客(けんかく)なんかやってるんだ」


 喜介はどちらかと言えば大人しく、むしろ及び腰で仕事に挑むような人間だった。

 性格でいえば、剣客に向いていないのは、以前共に仕事をした和泉もそうだが、和泉は腕が立つので問題ないといったところか。

 しかし、剣客仲間でも一番弱いのではと思われる喜介は、やはり向いていないと言えよう。


「まあ、金が欲しかったんだよ。俺、身内が妹しかいないからさ、小さい頃から苦労させてたし、楽させてやりたくて」


 妹、という言葉を聞いて、真っ先にさとの姿が浮かんだ。


 もしかしたら藤次郎も、喜介と同じ理由で剣客を始めたのではないかと、頭の隅で考える。


「今度、妹が()い人と結ばれることになってよ」


「そりゃ、めでたいな」


 うれしそうにはにかむ喜介は、よほど妹が大事なようだ。

 とかく兄というものは、妹に大層な思い入れができるものなのだろうか。


 喜介も藤次郎も、他に身寄りがいないから、たった一人の家族のことを大事にするのは、ごく自然なことだとも思える。


「妹が嫁ぐ前に、まとまった金を渡したいんだ。その分を稼いだら俺は剣客を辞めるよ。俺が抜けたところで、とやかく言う奴もいないだろうし」


 妹の話になってか、喜介の機嫌は直ったようだ。

 正直に言ったところで喜介は怒らないだろうが、本人も認めているように、喜介は剣客には向いていない。


 だから生きづらいことを選ぶよりも、今度はましな生き方をしてほしいと密かに辰巳は祈った。


「そういえば辰巳って、藤次郎さんに似てる気がする」


 唐突に言われたことに、辰巳はどう反応していいのかがわからなかった。


 藤次郎と顔は似ていないから、おそらく中身が似ているという意なのだろうが、いまいち辰巳は得心できない。

 自身に冷酷さがあることは承知していて、それを言われることに嫌悪したわけではないが、藤次郎とは似て非なるものだと何かが訴えていた。

 ただ、他人と似ていることが嫌なのかもしれない。


「俺のことは誘ってくれなかったくせに」


 聞き覚えのある声が、背後から聞こえた。

 辰巳たちが振り返ると、そこには和泉が立っていた。


「ちょうどいい。和泉も一緒に飲もう」


 どうやら喜介と和泉は、すでに親交を重ねている仲のようだ。

 剣客集団にあって二人は異質で、当然の成り行きともいえる。


「で、何の話をしてたの?」


 辰巳の隣に腰掛けた和泉は、ちゃっかり辰巳の分の酒を飲んでいる。

 自分で頼めと嫌な顔をすれば、和泉は悪戯(いたずら)を助長する子どものような表情をした。


 あきれて物が言えない辰巳を他所(よそ)に、二人は会話を続ける。


「辰巳が藤次郎さんに似てるって話」


「え、そう?俺は似てないと思うけどな」


「冷たく装っていても、根っこの部分では優しさがあるっていうか。ここだけの話、藤次郎さんって妹にはすごく甘いんだよ。ただの冷酷人間じゃないってね」


「へぇ、意外だなぁ。あの人もそんなところがあるんだ」


 藤次郎がさとに甘いことは、喜介にも知られていたらしい。

 妹のことになると抜けているのだろうか。


「馬鹿言え。俺の何を知ってるっていうんだ。俺は、誰かのために剣を振るうことなんてできない。……そういう生き方ができる、喜介がうらやましいよ」


 言ってしまってから、一生縁のない生き方に自身があこがれていたことに、辰巳は内心驚いていた。


「あの子のためでも?」


 じろりと和泉をにらむも、彼は真剣な顔をしていた。

 茶化したわけではなく、しかも()()との関係を知られていたようである。


 気づけば、何もなかった自分の世界に、さとが立っていた。


 そして、さとに()かれていたことを思い知った。

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