三十一
とある飯屋にて、三人の男女が肩を並べていた。
「兄さま。私、田楽豆腐も食べたい」
「ああ、好きなだけ食え」
ほのぼのとした二人の会話を、辰巳は目を丸くして見ている。
藤次郎に呼び出された廃寺には、他にも人と待ち合わせているという女がいた。
女と二言三言交わしていると、ほどなく藤次郎が訪れたのだが、何と女──さとと待ち人が一緒だったのである。
しかも藤次郎とさとは、兄妹であった。
それぞれ別件ではあったが、三人は同じく飯屋に移動して今に至る。
藤次郎に妹がいたことも驚きだが、甘える妹に甘やかしている兄の姿が、辰巳の知っている藤次郎とはかけ離れていて、まるで別人であるかのように錯覚してしまう。
「妹がいるのが、そんなに珍しいことか?」
「いや……」
感情が出てしまっていたのだろう辰巳に問いかける藤次郎は、常の無感情で冷たい雰囲気だった。
今度は妹との態度の違いにどこか口元が緩みそうになってしまったが、藤次郎の手前、堪えてみせる。
「今夜は和泉と仕事をしてもらう。詳細は和泉に伝えてあるから、あいつから聞け」
やはり藤次郎の用とは、依頼の話であった。
同じ剣客仲間とはいえ、辰巳は和泉のことをよく知らない。
和泉だけでなく、他の仲間とも仕事以外では付き合わないし、決して慣れ合うことをしなかった。
人によっては寂しいと思われてしまう人間関係だが、他人を信じられない辰巳に不満などない。
密室なら兎も角、おいそれと仕事の内容は口にできないので、藤次郎は必要最低限だけを伝えるだけであった。
再び妹には甘い兄を見せつけられ、辰巳の奇妙な心持ちは続いた。
藤次郎から指定された場所へ行くと、先に和泉が来ていた。
「はじめまして……って言うのはおかしいけど、今日はよろしく」
「…………」
歳は同じくらいか、しかし互いの性格はかなり違うようだ。
「俺、あんたと仕事してみたかったんだ。剣の腕もいいって聞くけど、何考えているかわかんない御仁だから気になってて」
「随分と不躾な奴だな」
言われてにっと笑う和泉に、とても暗殺を生業としている者には感じられなかった。
剣客集団の中にいるのは、見るからに凶悪そうで、見た目に表れていなくても辰巳や藤次郎のように、醸し出す雰囲気には優しさなど微塵も感じられない者たちである。
だから尖ったところがなく、気さくな和泉は稀に思えた。
その後も和泉から色々尋ねられたりしたのだが、すべて適当に答えるか、無言を貫いていた。
だが、いざ刀を抜くときになって、和泉が隠していた冷血を知ることになる。
人を殺めるときの動き、表情は自分と同じで、その腕も確かだった。




