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まつとし聞かば  作者: 夏野
第四幕 昔を今に
131/202

三十

 結局のところ、信じられるのは己だけ。

 きれいな生き方をしていても、災厄は突然に訪れて、大切なものを奪ってゆく。


 南雲家を出奔(しゅっぽん)し、一人ぼっちとなった幹之進の生活はすさんでいた。


 生きるためには他人を傷つけることも、盗みを働くことも(いと)わなかった。

 護身に覚えたのは、粗削あらけずりな剣法である。


 武家の嫡男として大切に育てられていた頃の面影はとうにない。

 しかし武士の血が混じっているからか、剣は性に合っていたらしい。

 いつしか剣客(けんかく)集団に腕を買われ、属することとなった。


 幹之進は、この頃から辰巳と名を改める。

 そもそも南雲家を出奔してから幹之進の名を捨てていた。


 名前がないと不便だと剣客仲間に言われて、そのときに適当に付けてもらった名である。


 剣客集団に属する前から刀で人をおどし、傷を負わせることをしてきたが、殺めたことは一度もない。

 剣客集団は剣の使い手の猛者もさたちが集まっているとはいえ、その内実は、依頼人から命じられた標的を暗殺し、金を稼ぐ者たちだ。


 辰巳もまた、人を殺めて生きる道を選んだことになる。


 初めて人を殺めたのは十三のとき。依頼は、ならず者たちの暗殺。


 恐ろしくも一人目を斬るときに躊躇(ためら)いがなかった。

 辰巳は、自分が人ではない化け物のように思えて、こと切れた死体を前に自嘲じちょうの笑みを浮かべようとするも、脳裏のうりよみがえった記憶を振り払いたくて、すぐに二人目に手をかける。


『坊ちゃま』


 妙は決して、幹之進とは呼んでくれなかった。


『妙が母上ならよかったのに』


 今生の別れに、にぎれなかった妙の手。


 自分の世界から妙は姿を消してしまったのに、思い出までもは消えてくれない。


 きっと妙は極楽にいて、化け物の自分は死んだ後にも妙に会えないのだ。


 汚れてもなお、妙に会いたかったのだと辰巳は自覚した。



 およそ十年の歳月が過ぎ、辰巳は過去に惑わされることもなく、淡々と仕事をこなしては剣を振るっていた。


 その日、辰巳は沖倉(おきくら)藤次郎に呼び出されていた。


 つい最近のこと、剣客集団の頭が亡くなり、代わりに頭を務めるようになったのが藤次郎である。

 歳は辰巳よりも少し上であり、若い身空ながら、抜きん出た才覚によって、頭に抜擢されたのであった。


 冷酷無慈悲。

 藤次郎を表すなら、その言葉が的確だろう。


 目的のためなら手段を選ばず、あくどいこともしてのける男だった。

 絶対に敵には回したくないと、辰巳は秘かに思っている。


 庭木は枯れ果て、今にも倒壊しそうな廃寺を、藤次郎はいつも待ち合わせ場所にしていた。

 おそらく次の仕事を指示されると踏んでおもむいた廃寺には、先客がいた。


 藤次郎ではなく、若い女だった。


 極寒とまでは言わないが、じっとしているには寒い冬の夕暮れ。

 その女は体を小さくさせて、(うずくま)っている。


 女も、誰かと待ち合わせをしているのだろうか。

 辰巳が来たことに気づいたものの、動く気配はない。


 真っ当な暮らしをしている若い女ならば、辰巳を見ればその雰囲気に危機を感じるのか、逃げ出す者が大抵だ。

 なのに興味がないと言わんばかりに、女は一度ちらと辰巳を見ただけで、そのままでいる。


「お前も、誰かを待っているのか?」


 興味を持ったのは、辰巳の方だった。


 そうよ、と(つぶや)いた女はそっけなくて、動いた唇の(なま)めかしさに、釘付けになる。


 これが辰巳と《《さと》》の、邂逅(かいこう)だった。

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