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まつとし聞かば  作者: 夏野
第一幕 少女、雪中花の如く
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「……っ……う……」


 一度(こぼ)れてしまった涙を()き止めることはできなかった。


 早く泣き止まなければ。

 辰巳におかしな娘だと思われてしまう。または(あき)れられてしまう。


 だが、目をこすっても擦っても、溢れ出てしまう。


 ゆっくりと近づいてくる気配。

 もう目の前に、辰巳がいる。


 鬱陶(うっとう)しい、うるさいと、せっかく(かば)ってくれた辰巳も、目の前で急に泣かれれば怒りはせずとも、不快に思うだろうと背中を向けようとした。

 刹那せつな、雪の身体は抱きすくめられていた。


「…………!」


 辰巳は雪の頭に片手を添えて、自身の胸の中に収まるように引き寄せる。


(どうして……)


 彼の温度が心地よくて、穏やかに心を満たしてくれる。

 辛かった思いが蓄積して表に出てしまった感情を、受け止めてくれる。


「……ごめんなさい」


「謝ることはねぇよ。そんなに辛かったなら、泣くのだっておかしくない」


 本当は誰かに(すが)りたかった。

 縋りたい人は、甘えたいと思う人は今、抱きしめてくれている。


 雪は辰巳のそでをぎゅっと握りしめた。

 手持ち無沙汰になっていた辰巳の片方の手は、雪の気持ちに応えるように背中に回して、より強く抱きしめたのだった。


 ひとしきり泣き、落ち着いた頃には、雪は羞恥(しゅうち)に襲われていた。


 慰めてくれた辰巳に甘え、あまつさえ男の人に縋った行為が恥ずかしくてたまらなかった。


「あ、あの……お見苦しいところを」


「気にすんな」


 泣き顔も見られたとなっては、恥ずかしいこと山の如しである。


 男の人だからと変に意識してしまう感情は、きっと辰巳の優しさを垣間見た所為(せい)だ。


 当の辰巳は雪のことなど何も意識していないようで、元の口数の少ない男に戻っている。


 きっと、辰巳にとっては子どもをあやす感覚だったのだ。

 雪はそう言い聞かせて、何とか平常心を保とうとした。


「いつもあんなことを言われてんのか」


「……(たま)に、言われるくらいです」


 毎日言われるわけでもないが、陰で言われている噂も含めれば、偶にという頻度ではない。

 だが、他人の辰巳に言ったところでどうなるわけでもなし、ましてや余計な心配はかけたくないので、少し嘘を吐いた。


「辰巳さんみたいに、かばってくれる人もいますから」


 たった一人、雪をずっと庇い続ける長屋の住人の伊吹は、半年前この長屋に越してきたばかりである。

 雪の生い立ちを知らないこともあって、伊吹は雪に対して嫌悪感を抱いてはいなかった。


「でも、ここにいたら辛いんじゃねぇのか。いっそのこと、引っ越しちまった方が楽かもしれねぇよ」


 雪だって、(いわ)れのない噂を言い続けられれば、何度も引っ越してしまおうという考えは()ぎった。


 しかし、雪には引っ越しをできない理由(わけ)がある。


「私は、待っている人がいるんです」

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