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まつとし聞かば  作者: 夏野
第四幕 昔を今に
104/202

 雪が紫乃の家にいる頃、長屋には一人の来訪者がいた。


「辰巳……どうしていなくなったりなんかしたんだ」


 自分を責めて聞けないでいるであろう雪の代わりに詰め寄るのは、彼の親友の和泉である。


 辰巳が口を閉ざしていることに腹を立てるのは当然で、言えないということは、辰巳にもそれなりの事情があるのだと思えばこそ、頼ってくれない薄情さに傷ついてもいた。


「出て行く前、辰巳はあの女と会っていた。もしかしたらって何度も考えたけど、まさか……」


 辰巳は本気で雪を愛しているように思えた。いや、本当に愛していたのだ。


 だが、再会した昔の女を選んでしまったとしたら。過去の想いを忘れられずにいたのなら。


 そんな訳はないと何度も首を振っても、何一つわからない状況では完全に否定できなかった。


「お前が聞きたいのは、どうしていなくなったじゃなくて、どうして帰ってきた、だろ?俺が帰ってこなければ、雪と一緒になれたかもしれねぇのにな」


「辰巳、俺は……」


「お前の雪に対する感情は、ずっと前から知っていた」


 やはり辰巳には気づかれていたと、和泉は今さら恥ずかしい気持ちにもならなかった。


 すでに気持ちを雪に打ち明けているとはいえ、今の今まで言わずに内に秘めていたのは、辰巳との関係がぎくしゃくしてしまうことを恐れたためでもある。

 それは、和泉の気持ちに気づいていて何も言わなかった辰巳も同じだった。

 絶対に惚れるなと、釘は刺していたが……


「でも、辰巳のことを心配していたのは本当なんだ。お前が帰ってこなければなんて、一度も思ったことはない」


「…………」


「お雪ちゃんは、ずっとお前だけを想って待っていた。なのにお前はだんまりだ。今までお雪ちゃんがどれだけ苦労したか、たっぷり恨み言を聞かされるといい」


 和泉はそう言い捨てて、長屋を後にした。


「……言えるもんなら言ってるさ」


 彼の(つぶや)きは、誰にも届かない。


 幼子を一人で育てた雪の苦労は、想像しているよりも苦しかったであろうことは明らかだ。

 なのに、雪はどうして自分を責めてこないのか。

 いくら怒らない大人しい性格の雪とはいえ、せめて泣きつかれてもおかしくはない。


 愛が冷めるには充分な仕打ちをした。雪が待っているという確信はなかった。

 雪が他の人を選んでいる未来も想像していた。


 だから、雪が待っていてくれた事実に、身勝手ながら言いようのない高揚を覚えたのだ。


 願いの前には貪欲(どんよく)で、雪を苦しめることしかできなかった。

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