序
指にかけて、引っ張って、回して。
形ができたら、また崩して。
巷でいうところの、あやとり遊びをくり返す。
子どもの頃から使っている紐は、すっかり色褪せてしまった。
それでも、何度も手を動かす。
帰ってくるまで。
「誰?」
戸口を叩く音が聞こえた。
夜半のことだったので辺りを憚ってか、控えめに二度叩かれただけだった。
誰何しても返事はない。
確かに聞こえた音に、気の所為だったと思うことはできなかった。
「帰ってきてくれたの?」
そんなはずはないと、身に染みてわかっているはずなのに、愚かな自分は期待している。
戸口に手をかけた。
開け放たれた戸口の向こうから、夜風が舞い込む。
向かいの長屋と、空が見えるだけでそこには誰もいなかった。
やっぱり……そう思いかけた瞬間、何者かに左手首を掴まれた。
「助けてくれ」
恐怖で声を上げられなかった。
手首を掴んでいる手の先には、家の前に座り込む一人の男がいた。
「…………!」
男のもう片方の手は刀を握っている。
だらりと力なく下がったその腕は出血していて、地面に小さな水溜りを描いていた。
本来、赤い色をしているはずの血は、闇夜の中で漆黒と化している。
怪我をしている得体の知れない男に対しては叫ぶなり、男の手を振り解くことが普通の反応なのかもしれない。
だが……
「家に入って」
男と目が合った。
ただ無造作に一つに束ねた髪から垂れる、前髪の合間から覗かせた男の目に、一瞬光が差した気がした。
この人は、私を必要としている。
それがうれしかった。