第4話
誰もが忘れたころにひっそり投稿……
「えー、というわけでこちらが本日の唯一の成果であるユルノルクさんです」
「おっさんか」
「おっさん、か……」
「おっさんかぁ…………」
うるせえ、お前ら我儘言うな。あれから結構粘ったけど他に見つからなかったんだよ!
正確にはいたはいたけどほぼ輪郭も無いような、かろうじて人型だと分かる程度の靄みたいな幽霊だったり、完全に自我も何もない漂うだけの存在だったんだよ!
「……何もチャンスは今回だけじゃない、美少女幽霊は今後に期待ということで!」
「いやこれでもこのおっさん……、ユルノルクさんは多分相当なSSRだと思うぞ」
「マジで!? あ、今更だけど俺たちの目にも見えてるし、そういうこと?」
「いやそれは違う。それに関しては『死霊術チート』が他の人にも視認できるように試行錯誤しただけ。自分の中にある霊力だか生命力だかをちょびっと分け与えた結果の産物らしい」
完全に偶然というか今でもやり方がよく分かってなくて、感覚でやっているんだけどね。
そうじゃなくて、いいかお前ら。このユルノルクさん、なんと幽霊なのに自我も記憶も生前と変わらないくらいにはっきり残っているんだよ!
「うーん? よく分からんけどそれってそんなにレアなことなの?」
「ぶっちゃけ一緒に同行した俺らもまだよく理解していない。『死霊術チート』がそう言うからそうなんだーとしか」
「実際どのくらい凄いの?」
まあなんだかんだまだ一回目の調査だし、今後調査を続けるにつれてもっとすごい霊が見つかるかもしれないけどさ。
でも少なくとも今回訪れた町にはこのユルノルクさん以上の霊はいないよ。
「本当でござるか~?」
「見逃しが無いとは限らないでしょ?」
「希望を捨てるなよ。きっと見つかるさ、美少女の霊が」
……お前らさ、俺がそれを考えなかったと思う?
探したさ。探したんだよ! 予定時間をちょっとオーバーしても、真夜中とはいえ何度も町の上空を行き来したり、シッチー君が見つかるリスクを冒してまで探したんだ!
でもいない。いなかったんだ……!! 美少女の幽霊は、いなかったんだよおおぉぉお!!
「お、おう。うん、悪かったって。お前は頑張ったさ」
「気持ちは分かるけどさ、何もガチ泣きしなくてもいいだろ」
『言葉は分からないが、何か辛いことがあったのは分かるぞ。まあ元気を出したまえ、そのうち良いことがあるさ』
「ほら、ユルノルクさんも慰めてくれているぞ。言葉分からんけど多分そうだろ。こんな良い人をあんまり放っといても悪い、そろそろ話を進めようぜ」
おっと、それもそうだ。
流石にボディランゲージじゃ限界があって、結局名前しかまともに判明しなかったんだ。というわけで『翻訳チート』よろしく頼む。
「ほいよ、それじゃあまずは自己紹介も兼ねてユルノルクさんへのインタビューをしようか。というわけで、おなしゃーす!」
『む? もしや君、言葉が通じるのか?』
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Q.まずはお名前を教えてください
A.イユール・ノゥ・ルークだ。む、発音が難しいか? 別にユルノルクでもなんでも呼びやすいように呼んで構わないぞ。
Q.今どんな心境?
A.正直まだ何が何だかよく分かっていないが、まあ退屈からは逃れられそうだなと。
Q.今何かやりたいことは?
A.あー、いや。今はもう特に思いつかないな。強いて言うならば、退屈なのはもう嫌だな。
Q.今はもう、とは? それ何かのフラグかもしれないので詳しく。
A.自分が死んでそれなりに長い時が経ったということは理解しているからな。死人が今更何をしようというのか。だから今はもう、なのだよ。特に深い意味はないぞ。
etc...
Q.最後に質問といいますか、お願いがあるんですけれども……
A.いいぞ。こんな身で出来ることがあれば何でも手伝おう。どんなことをやらされようがこの退屈が続くことに比べれば遥かにマシさ。
「言葉と文字と、あとこの国の常識とか文化とか諸々教えてください!」
『なんだそんなことでいいのか。国家転覆の片棒でも担がされるかと思っていたのだが、拍子抜けだな。でもまあ、いいぞ』
「よしお前ら、了承が得られたぞ! お礼言え!!」
『『『『『有難うございまーす!!!!』』』』』
『む、言葉は分からないが、これはちょっと気分いいかもしれん』
そういうわけで無事ユルノルクさん(享年45歳男性、好きだった食べ物は甘味全般で生前は結構裕福な生まれだったらしい)から色々と教わることが決定したわけだが、本人曰く自分はかなり昔に死んだ人間だから得られる情報に多少のブレがあるかもしれないぞ、とのこと。まあそこは『隠密チート』に期待ということで。
「それじゃあ早速文字を教えてもらおう! と言いたいところだけど、実はまだ日が昇ってなかったりするんだなこれが」
「そうです、徹夜真っ只中です」
「昼間の作業に支障が出るから本当は少しでも寝ておきたいところだけど、いきなり連れて来てこっちのお願い事聞いて貰ってはいそうですかやったー即就寝ぐーすかぴーは、流石にユルノルクさんに失礼だと思うの」
それな。
しかもユルノルクさん退屈は嫌だと言っていたし、俺らが殆ど寝てしまう夜とかどうしよう。一応警戒のための寝ずの番は交代でやってるけど、まだ言葉が分からないから話し相手になることも出来ないし。『翻訳チート』が冗談抜きで過労死するんじゃねこれ?
……的なことをユルノルクさんに伝えたら、普通に寝てくれてかまわんよと返された。
「え、いいの?」
「寝ずの番して実感したけど、夜って長いですぜ旦那。何もする事が無いとたった一時間でもすっげー長く感じるし」
「でもユルノルクさん幽霊になって長いっていうし、そこらへん慣れてるのか?」
「もしかして、幽霊も寝ることが出来るとか。それならいいけど、そこんところどんな感じなんです?」
『また変なことを気にする坊主どもだな、よっぽど育ちがいいと見える』
まあ人を気遣うことが出来るというのはとても良いことだが、と朗らかに笑うユルノルクさん。
てか今気が付いたけどこの人、地味に顔良いな。若いころはさぞかしモテただろうことが分かる顔立ちだ。妬ましい。むしろ今でも近所の奥様方に積極的に話しかけられそうなダンディー系おじ様みたいな顔してやがる。くっそ、髪もフサフサで理想的なロマンスグレーしやがってよぉ……、さてはてめえストーリー中盤のエピソードで主人公パーティと関わってくる重要キャラだな?
きぃぃぃっ! 妬ましいけど見える、見えるザマス! 新たな街で巻き込まれる難解事件に渦巻く陰謀! 嵌められる主人公一行! 完璧な完全犯罪を覆す逆転のキーは、黒幕を許さないという執念でこの世に留まり続けた被害者の幽霊!? 誰もが予想しなかった衝撃の結末とは!!! かみんぐすーん。
「完っ璧。これは全米が泣くザマス」
「キーパーソンが幽霊はダメでしょ」
「ノックスの十戒もう百回読み直して」
「ファンタジー世界なら許されるかなーって」
「はい脱線、かーらーの軌道修正どうぞ」
いい加減話進めるか。徹夜のテンションって怖いね。
『私に関しては本当に気にしなくていいさ。退屈が嫌だとは言ったが、無理をして四六時中構われてもそれはそれで気が滅入る。まあどうしてもというのなら頑張って早く言葉を覚えて、君たちの面白い話を聞かせてくれたまえ。うむ、いい楽しみができたな。今はこれで満足さ』
「聖人やこの人」
「幽霊ガチャSSR確定や」
「どうしよう、これで幸運全部使い切っちゃって今後の異世界生活一つも良いことなかったら」
妬んですみませんでした。いや本当に……。
というわけでお言葉に甘えて見張りを残して全員一時仮眠! 徹夜組は『隠密チート』のお迎えに備えて就寝! グッナイ!
「もうすぐ朝だけどな」
―――
グッモーニン!
「もうすぐ夜だけどな」
「てか一度昼に起きて飯食ってたじゃん」
気分の問題だよ。それよりもユルノルクさん今どんな感じ? 昼の時は大丈夫そうだったけど、太陽の光で浄化されたりとかしてない?
「浄化はされてない。今までずっと何年も外にいたんだからそこら辺は大丈夫じゃね? でもそれとは別に何となく透明になってきてるかも? って感じ」
「死霊術パワーが切れてきてるんじゃね?」
なるほど、また色々試しながらちょっと気合い注入してくるか。ところでユルノルクさんからなんか面白い話聞けたりした? 『隠密チート』の迎えまでまだ時間あるし、縄作りながらでいいから教えてくれよ。
「あったぞ。今も『翻訳チート』主体で話聞いてるけど、今ほど紙とペンがないことを後悔したことはないくらいに」
「得た情報記録するのに木の皮と炭じゃ限界あるかなって……、まさかの粘土板とかいう紀元前レベルの記憶媒体まで持ち出さないといけなくなるとは」
こんなに早く当たりが来ると誰も思ってなかったから、そこら辺の優先度低かったもんな。嬉しい誤算というか、情報源が想定していたよりも早く来たってことだから良いことには違いないんだけどね。
でも黒板と石灰のチョーク擬きぐらいならすぐ作れそうなもんじゃない?
「白亜とか動物の骨でチョーク作ろうと探索班が頑張って探してたけど間に合わなかった。量の問題もあるけど、一度焼成しないとどうも色が薄いというか書き心地がよくないというか」
「でもそれより一番の問題は記憶媒体のほうなんだよ。鉛筆と大学ノートなんて贅沢は言わないけど、地面or粘土板をノートに木の枝のペンは非効率すぎて。だから今はリスニングで勉強中」
「でも俺ら天才だって自覚あるけど、流石に耳で一度聞くだけですぐ言語を覚えるのは……。やってみる?」
ふーん。まあ出来ないとは言わないよ?(出来るとも言ってない)それしか方法がなくてやれというならやるよ?(可能かどうかには言及しない)
だって俺天才だし?(精一杯の虚勢)っか~、現代人の意地見せてやるかぁ!(本当にただの意地)
一発で完璧に覚えたやらぁ!(自棄)
流石に無理でした。
「知ってた」
「ようこそこちら側へ」
『いや普通に無理に決まっているだろうに。君らは頭がいいのかそうでないのかよくわからないな』
あ、でもユルノルクさんが今何を言ったのかだけは何となく分かるわ。呆れられてるなこれは。
「正解」
「それは皆が分かってる」
「そういうわけでまともなチョークと黒板ができるまでは、とりあえずそこの掲示板に張り付けた粘土板の文字表でも眺めて勉強しててくれ。発音に関しては俺かユルノルクさんが暇なときに聞いてくれ」
『即席にしては随分凝ったものを作ったじゃないか。しかしなるほど何度見てもこれは便利だ。言葉が違うとはいえ、これは全員が文字の読み書きが出来るからこその強みだなぁ』
ユルノルクさんが顎を擦りながらうむむと唸り、何やらしみじみと感心した様子で掲示板を眺めている。こういうの生前になかったのだろうか? まあ俺もネット上の掲示板以外ほぼ使ったことないけど。
てかこの無駄に力入れて作っただろうザ・冒険者ギルドの掲示板的なやつ、文字表以外も結構色んなの張り付けあるじゃねえか。各当番のローテーション表はまあいいとして、明日の献立とか要るか? ……いや要るか、今のところ食事が唯一の娯楽だもんな。
でもこの四コマは絶対必要ないだろ! スペースの無駄遣いすんなよ。
「基本的にこっちの文字は母音と子音に分かれた表音文字で、アルファベットに近いといえば近いかな。ただちょっと癖があって……まあこれはどの外国語にも言えるか」
「あと四コマはユルノルクさんのお気に入りだそうなので今後も定期的に連載していくことが決定しています」
『なんと斬新且つ豪快。言葉や文字が分からずとも絵だけでここまで内容の意図を伝えられるとは非常に興味深い』
うっそだろおい。さっきからずっと掲示板眺めてた理由それかよ。
「尚、掲示板で使用した粘土板及び木の皮は十分に乾燥したのちに日干し煉瓦や焚き付け用の薪として再利用されます。エコだね」
四コマはエゴ(エゴイズムの略。自己の利益を重視し他者の利益を軽視、無視する考え方)だろ。
そんなことよりそろそろ『隠密チート』を迎えに行く準備をしないと。多分生きてるとは思うけど、良い情報手に入ったかな。
あと今度こそ美少女の幽霊! 俺はまだ諦めてないぞ、待ってろヒロイン!