第3話
「今日で異世界生活も七日目。疲労もたまってきているけど生活基盤も少しずつ整ってきて、サバイバル生活にも段々と慣れてきた今日この頃。
短い期間で旧石器時代からそれなりに本格的なキャンプと言っても良いレベルにまで文明レベルを引き上げることが出来たのは、流石俺等天才だよねと自画自賛するところ。あとマンパワーってホント大事っていうのを実感しました。
ただ、木を伐ったり紐を作ったり食料獲ったり粘土捏ねたり、異世界に来たのにやってることは超地味なのはちょっと不満かな?
でもそれらは一先ず置いておいて、今日の会議の本題はそれではない」
そうしてクラスメイト全員の前で演説をしていた俺はすうっと息を整え、大きく胸を張って心の底から絞り出すように思いを叫んだ。
「いい加減男ばっかでむさ苦しいんだよこの、野郎共!」
『『『『可愛いヒロインを寄越せー!!!!』』』』
クラスメイト全員の怒声が森に響き渡る。俺たちの心は今一つになっている。
今この時ばかりは危険な野生動物に見つからないように、などということは考慮しない。そんなことよりも優先するべき感情があるからだ。
「そりゃ最初はね? 今まで勉強のライバルとしか思っていなかったクラスメイトと、異世界に来てから生存のために一致団結して、友情が育まれているのを実感できて正直嬉しかったよ?」
柄にもなく心のモノローグでクサイことを言った気もする。
「でもね、俺達現役の男子高校生なの! 青春真っ盛りなの!」
『『『『愛情に勝る友情無し!!』』』』
「このままじゃ『クラス転移したけどそんなこと気にせずチート使ってサバイバルしている件』とか、『いせ☆キャン!』とか言われてしまうぞ!」
『『『『ノー・キャンプ!! イエス・オレツエーー!!』』』』
「という訳で今日の『第7回異世界を生き延びよう作戦会議』の議題は! チーレム目指して美少女ヒロインを探す、もといこの世界の文明とのファーストコンタクトに向け、本格的に動き出すための具体的な作戦を練る回とする!!」
『『『『いええぇぇぇぇい!!!! 敵に追われている馬車を探せええええ!!!!』』』』
異世界生活七日目の朝は、いつも以上にハイテンションで始まった。
「はい、じゃあ早速話し合いを始めようか。といっても、もう大体決まってるんだけどね」
「夜寝る前とか暇だし、雑談代わりにちょくちょく相談してたよな」
日が暮れて拠点で縄を綯う時って、手は忙しいけど口はそうでもないからな。雑談交じりに色々なことを話し合っていた。その中でも一番多く話題に上がったのは、やっぱりこれからどうするのかということについてだった。
「真面目な話をすると、俺らが優秀すぎるおかげで早くもサバイバル生活に余裕が生まれてしまった。まだまだ油断はできんが、それでも明日の命の心配をすることはなくなったと思う。一月後は知らんけど」
「9割以上チートのおかげだけどな」
「借り物の力で云々の葛藤フェイズはもうとっくに終わったでしょ! そんなもん空腹の前じゃ何の役にも立たないって初日に結論が出たばっかだ」
これは本当は僕の力じゃないんだ……、みたいな悩みって贅沢なんだと学びました。
「話が逸れ始めてるから戻すぞ。で、問題っていうのは、下手に生活に余裕が出来てしまったせいで余計なことを考え始める余裕も生まれてしまったことだ。具体的に言うと性よ……いや、やっぱりやめておこう。分かりきってることをわざわざ言葉に出す必要もあるまい」
まだまだ思春期真っ盛りの現役男子高校生は色々と大変なのだ! 察せ!
「ここ数日はどうやったらモテモテになれるか妄想しすぎて、そろそろ現実の作業に支障が出かねないレベル」
「生活が本気で地味すぎて、物語の主人公たちってデフォで豪運チートを持ってるんだなと思い知らされた数日間でした」
当たり前のことだけども、自分たちが読んでいた多くのネット小説の主人公のように、何かイベントや大きな問題って良くも悪くもそんな次々と発生するわけではないのだということを実感した数日間だった。
いや本当に地味だったんだよ。食料を集めて家を作って道具を準備して、それを毎日繰返す。生活基盤が整うまでは仕方ないことだと分かってはいるけどね。
そして数日後---みたいな感じで時間をスキップ出来ないとここまで何も無いのか。そう考えると物語の主人公も本人の視点では意外と地味なのかもしれない。
「シッチーショック以降は本当に地味だったもんな。いやね、大変だったよ? 食料集めとか寝床作りとか。大変だったけどさあ……」
「異世界転移だぞ……、チートもあるんだぞ……。もっとなんか、こう、さあ……!」
別に異世界に来たからと言って必ず美少女と出会って最強モテモテ生活が始まるなんて、いくらなんでも世の中そんな簡単に行くと思えるほど世の中舐め腐ってはいない。というかチートがある時点で宝くじに当選する以上の幸運で、これ以上を望む方が間違っているのだ。
でも、そんなことは百も承知だけれど、それでもやっぱり出来ればモテたいと期待してしまうのは思春期故に仕方のないことだと私は思います、はい。
「他にも将来のこととか、家族のこととか、受験のこととか。ぼんやりと考えることが増えてきたよな」
「あと即物的なもので言えば服が欲しい。裸でパンツ洗うのはもう嫌だ」
「鉄鍋も欲しい。粘土で土鍋も作ってはみたけど焼成火力が足りないのかすぐ罅割れるし、お湯は微妙に濁るし……」
そうなんだよなあ……。肉と木の実はまだ串に刺して火で焼いたり出来るからいいよ。
でも山菜なんかは火で炙ったら燃えるか、カッサカサになって逆に食べ難くなるんだよな。貴重な油で炒めるか鍋で煮ないと碌に食えないものが多いんだ。でもその鍋の水が濁ると泥臭くて碌に食えないし、下手すると腹を壊す。
「この状況で贅沢言っている自覚はあるんだけど、でっかい葉っぱに包んで丸ごと蒸し焼きが今のところ一番マシな食べ方ってどうよ」
「飽食の時代生まれにとっては看過し難い問題よな」
この生活の唯一の楽しみが食事なのに、それが苦痛に感じるようになると全体の士気に関わってくる。士気は大事よー士気は。だからそれに影響する食事も大事。
「とまあ、こんな風に生活の余裕と共に不安と不満も生まれ始めているわけで。このまま続くとそれらがストレスに代わって蓄積からの爆発&空中分解で全滅エンド必至。テンプレ教の教えにもそう書いてある」
テンプレ教の教えとは、今まで読んできた数多のネット小説から導き出された『こういう状況なら多分この後こんな展開になるだろう』という未来を教えてくれる有り難い導きである。フラグ、お約束とも言う。
因みに聖書はそれぞれの頭の中にあるため、個々人によって微妙に教義が違うのは仕様だ。
そんな俺の脳内にある聖書によると、このままの状態が続いたら誰かがストレスに耐えられなくなって馬鹿な行動をし始める筈だ。一人で人里目指して飛び出すのかもしれないし、いきなり人格が変わったかのように俺たちを支配しようとし始めるかもしれない。下手したら死ねば元の世界に戻れると信じ込んで自殺をする可能性もある。少なくとも、良いことが起きないのは確実だ。
今はまだそんな馬鹿なことするわけがないと思えているけど、人間ってストレスが溜まると本当に何をするか分からないからなあ。まだ適度に休憩を挟んだ方が勉強の効率が良いってことを理解していなかった頃、それでやらかした経験がある。そうだよ、黒歴史だよ!
勉強のストレス程度で、なんて言うと過去の自分の努力を否定するようであまり言いたくはないけど、それでもやっぱり生き死にに関わるストレスとは比べようがない。よって、やらかす度合いも比べ物にならないと想定するべきだと思う。
「そんな誰も得しないバッドエンドにならないために、まだ精神的な余裕のある今のうちに行動をしなければならない! というわけで改めて会議続行!」
「やっと本題か、長かったな。じゃ早速、まずは少人数での情報集めを行うだっけ? 夜中にシッチー君に乗って人のいる町の近くに着いた後、『隠密チート』が単独で町の中に侵入して色々情報を探る、と。しつこいようだけど、本当にいいの?」
「散々話し合った結果俺以外が一緒に来ても逆に危険だって結論出たし、リスクはあるけどいつかは絶対に通らなきゃいけない道でしょ」
異世界生活において最初にして最大の難関である現地住民とのファーストコンタクト。それを如何に成功させるかクラスメイト全員で話し合った結果が、『隠密チート』による情報収集だった。
何をするにも情報は絶対に必要だ。集めた情報をもとにどうやってこの世界の社会に馴染んでいくのかを考える。それをせずにいきなり現地人と接触を試みるなんて怖過ぎて絶対に出来ない、それが全員の共通する考えだから、慎重過ぎるとはだれも思っていない。
そのためのキーとなるのが『隠密チート』だ。複数人でテストを繰り返した結果、わざと目立つようなことでもしない限り誰も本気で隠れた『隠密チート』を見つけることが出来なかった。その実績を信用しての人選だったが、何しろ異世界での初めての単独行動だ。想定外の事態などいくらでも思い付く。
「不安は勿論ある。他にもっと良い方法があるならそっちを選びたい。だけどこれが今選べる一番の策だろ。俺もそう思ってるし納得もしている。危険を冒す本人がそう言ってるんだから、この話はこれでおしまい」
『隠密チート』のその言葉がただの強がりであることは言うまでもなかったが、俺たちはそれに触れる無粋なことはしなかった。たとえチートがあろうとこの命の保証がない状況で強がりでもそんなことを言えるのは、それだけで心からかっこいいと思えたからだ。
言った本人も口に出した後に今のセリフかっこよくね? と顔に出ているくらいだ。それさえなければ完璧だったよ。
「顔は並の癖にイケメンみたいなこと言うじゃないかこの野郎。でも言葉が分からないから無理する必要はないでしょ。俺達と同じ人間なのか、文明レベルはどれくらいなのか、最低限それが分かれば良い。安全第一」
「余裕があれば町の雰囲気やその他気になることを調べればいいよ。あくまで自分の安全が最優先でまずは24時間、それだけ経ったら同じ場所に迎えに行くから」
「もし捕まったりしたら連絡を取る手段がないから、現状だとシッチー君をけしかけてその混乱の隙に逃げるしか方法が無いって覚えとけよ。分かったか? 顔面以外イケメン野郎」
言っといてなんだけど、何故か自分にもダメージ食らうなこの罵倒。なんでだろうなー。
「りょーかい。ま、何も一回で全てを調べる必要なんてないし焦らずやるから安心しろ、この顔面偏差値50(願望)ども」
「……無差別自爆精神攻撃はそのくらいにして次の作戦の話に移ろうぜ」
……異議なし。
こうして俺たちは普段の仕事をこなしながら作戦を煮詰め、夜を待った。
そして完全に日が落ちたと同時に作戦は決行される。シッチー君を操縦する騎乗チートと今回の作戦の本命である隠密チート、そしてせっかく人のいる街に向かうのだからと同時並行で複数人のチート持ちが同行し、それぞれの作戦を遂行していくことになる。
ていうか俺もその内の一人だったりする。
「おお、僅かだけど文明の光が見える」
「これ以上シッチー君が近づいたら流石にばれるかも」
「よし、じゃあこのあたりで着地しよう」
人生二回目のドラゴン騎乗。出来ればもう経験したくなかった。
今回は人数が少ない分、比較的安全でしがみつきやすい場所に全員跨がれたけど、やっぱり乗り心地の悪さと寒さはどうにもならない。
夜の暗さで地面がよく見えないから高さによる恐怖感が薄らいだのがまだ救いかな? でも夜は夜の怖さがあるから総合的には大して変わんないかも。
そんなことを考えているうちに『隠密チート』との一時的なお別れの時が来る。
「仕方ないことだけど、町まで結構距離あるな。移動するだけで疲れそう」
「それじゃあまた明日、月が同じくらいの高さに昇った頃に迎えに来るよ。待ち合わせ場所はそうだな、あの大きい木と岩があるところで」
そこには月明かりに照らされた小高い丘に、ポツンと一本だけ他よりも背の高い大きい木が生えていた。そのすぐ隣には岩場があり、シッチー君が着陸するのに邪魔になりそうな物もなかった。
というか、この世界にも月があって本当に良かった。地球の月とは大きさもクレーターの模様も全然違うから、実はここは過去か未来の地球だったんだぜ! 的な展開がなくなったのは喜んでいいものかそれとも悲しむべきか。
「あそこならちょっとぐらい雨が降っても凌げるでしょ。曇りで月が見えない場合は、早め待機でおなしゃす」
「了解。というわけで早速行ってきまーす」
そんな軽い口調でわずかな光を頼りに町へと向かっていく『隠密チート』。あいつ実は結構ワクワクしてないか? でも何となく気持ちは分かるかも。
あ、今隠密したな。急に何処にいるのかわからなくなった。
「さて、あいつが無事に戻ってくることを祈りながら、俺たちもやることやるか」
そう、ここまでわざわざ数人でシッチー君に乗って来たのは『隠密チート』による調査だけが目的じゃないのだ。
その第二の目的とはずばり、『隠密』と同時並行で町の外で適当な幽霊を探して連れて帰ること。つまりシッチー君に続く情報源その2の確保をすることが目的だ。
より詳しいこの世界の情報を得るためというのもあるが、何よりもこの世界の言語を学ぶために必要な事なのだ。
「人と接触する前にこっちの言語を覚えなきゃいけないけど、言語を覚えるためには人と接触しないといけないというジレンマ」
「『翻訳チート』も誰かと会話しないと言葉が解らないみたいだしな。今後一人しか意思疎通出来ないとなると間違いなく過労死するぞあいつ」
だから詐欺師も顔負けの話術で誰かを騙して外国語講師をやって貰うか、もしくは人生が心配になるレベルの超絶お人好しを見つけ出して言葉を教えて貰うか、色んな案が出てきたけど……うん、どれも無理だよね。
誰かが説得チートとか催眠チートとか持ってたらあり得なくも無いかもだけど、誰も持ってないんだよなあ。
ていうかね、そもそも人を騙すとかそういう倫理に反する事をするのがもう無理。
こちとら平和な現代社会で小さい頃から道徳の授業とか受けてきた真面目なピュアボーイだぞ。進学校にも余裕で受かる内申点花丸満点の良い子ちゃんだぞ。
いくら頭が良くたって、そんなお坊ちゃんな俺らがいきなり人を騙して利用しようとしても、絶対騙し返されて碌な目に合わないわ。
でも相手が幽霊なら問題なくね?
というわけで『死霊術チート』を持つ俺の登場なわけだ。
「そんな都合の良い幽霊が見つかるかねえ」
「そもそも人の幽霊が存在するのかも分らん。どうせダメ元だし見つからなかったら次の方法考えるだけでしょ」
「できれば美人の幽霊が見つかって欲しいなあ」
それな。
ただ、もし人間の幽霊が見つかったとしても懸念点はある。一応拠点近くの森では動物霊らしき存在は確認しているけど、どれもぼやーっとしていて意思というものが感じ取れなかった。風化しかけというか、どんな未練があって幽霊としてこの世に留まっているか自分でももう分かっていない感じだ。
人間の幽霊にも同じことが言えるのか、色々と疑問は尽きない。だから取り合えず幽霊見つけてから検証しましょうねー、って感じでシッチー君に街道周辺を低空飛行してもらいながら探しているんだけど。
「全然見つからんなー」
「やっぱり町の中じゃないといないんじゃね? 幽霊って」
「旅人とか行商人とか意外と生存率高いのか? それとも夜だから見逃しているだけとかない?」
「うーん、あくまで動物霊を見た感じだけど、普通の視力とは違う感覚で視ているから視界内に入れば絶対ビビッと来る筈なんだよ」
今まで経験したことのない感覚だから、なんと表現して良いか言葉にし難いな。でも、光の反射を捉えているわけじゃないのは確かだ。霊感とか第六感的なものなんだろうけど、とにかく一目見ればそいつが霊なのかどうか判断できる自信がある。
「単純に死んでも幽霊になる割合が低いだけなんじゃない?」
「そうかもなあ」
『隠密チート』と同じく、何も一回で目的を達成する必要はないのだ。少しずつ、色々な方法を考えて何度も試してみればいい。とりあえず、今回はここまでにしておくかな。
「ていうかさあ、今更だけど何で俺らこんなことしてるんだろ」
「何でって、こっちの住人と穏便に接触するための下準備だろ?」
「そうじゃなくてさ、こういうのって普通森に住んでそうなエルフとか、旅の冒険者パーティとかに出会って、なんやかんやで保護される流れだろ。少なくとも俺のテンプレ教脳内聖書にはそう書いてある」
ああ、なるほどそういう意味ね。
要するに、もっと、ご都合展開来いよおおおおお! ってことか。
「いえーす」
「全力で同意」
安心せい皆の者。我らがテンプレ教の創造神、オレツエー・ナローシュは常に我らを見守っておられる。
「創造神はチート・ハ・レームだろ」
「宗教戦争やめろ。トイレの神様の天罰が下るぞ」
おっといけないいけない、トイレの神様は創造神よりも遥か上位に君臨する存在。その怒りを買えば我らは生きていけぬ。いやマジで。
まあ冗談はさておき(トイレの神様については本気だけど)、どうやらちょっとだけ俺たちにも運が向いてきたようだぞ。
「お、ということは?」
見つけたぞ、人間の幽霊だ。
「……………………美少女か?」
いや、普通におっさん。
「何でだよ! 運が向いてきたって言ったじゃん!」
「糞があ! テンプレ教なんて捨ててやる!!」
ちょっとだけって言ったでしょ! 我が儘言わないの! 俺だって無視して見なかったことにしようか悩んだんだよ! おら行くぞ、早くシッチー君に着陸するよう伝えろって。
おい泣くなよ、俺だって泣きたいんだよ畜生! 何で美少女の幽霊じゃないんだよおおおおおおお!!!