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第2話

彼らは全員が主人公且つモブです

よって、名前も出てこないし、毎回語り部も違うけど区別する必要もありません

というか作者も誰が話しているか意識してない

「えー、では、『質量チート』ドラゴンこと愛称『シッチー君』へのインタビューの結果、分かったことを纏めようか」


『翻訳チート』がそう言った。


「まず、人間かそれに準ずる知的生命体はいるみたい。シッチー君何回か食べたことあるらしいし」


 まあ草とか山に名前がついていた時点でそれは予想できてた。

『鑑定チート』がそこら辺の木を試しに鑑定したら、聞き馴染みは無いけど人間が発音できる名前がついていたり、解説に明らかに知的生命体がつけたであろう固有名詞があったりしたからだ。


「次、シッチー君がここに飛んできたのは、自分の縄張りにいきなりいくつもの大きな力が現れたかららしい」

「それ絶対俺達の『チート』の力を感知して来たよね」

「チートのおかげで助かったけど、そもそもの原因もチートというマッチポンプ」

「最後に、人がいる場所はここからだとかなり遠いらしい。以上!」


「……情報少なくね?」

「シッチー君、知能は低くないんだけど本能が強すぎて……」


 あー成る程ね。

 良く考えれば野生の世界で生きている存在が、人の社会のことに詳しいわけもないか。


「あと関係ないけどシッチー君炎吐けるらしいぞ」

「マジで!? 何で使ってこなかったの?」

「火力高すぎて獲物に使うと炭になっちゃうから食べられないらしい」

「おおう……」


 世の中のなろう主人公たちはそんな怪物を簡単に噛ませ犬として軽く倒してしまうのだから恐ろしい。自分達はこんなに人数がいてもドラゴン一匹でヒーヒー言っているというのに。

 そのシッチー君は墜落の衝撃で翼の片方が折れてしまったが、治癒のチートを持つクラスメイトが実験も兼ねて治療をしており、今はのん気に欠伸をかいている。

 サイズ差と先程まで襲われていたという過去が無ければ、今時の女子高生なら怖可愛いと言っていたかもしれない。いや、うち男子校だし女子高生と絡んだことないから全部想像だけど。


「とりあえずいつまでもここにいても意味無いし、人里近くまで移動したいんだけど」

「かなり遠いって、具体的にどのくらい遠いの?」

「空を飛べるシッチー君が言う『かなり』だぞ? そりゃもうかなりだろ」

「流石に歩いてはいけないよなあ……。360度どこを見ても山しか見えない、道も無い、ついでに体力も無い」

「どうするべ」


 中断されてしまった『第1回異世界を生き延びよう作戦会議』の続きだ。これからどうするべきかいくつもの案が出たがだいたいどれも似たり寄ったりで、最終的に四つの案に絞られた。


「盗賊かモンスターに襲われているヒロインが乗っている馬車が丁度ここを通りかかる奇跡を待つ」

「シッチー君にしがみ付いてお空の旅」

「徒歩で人里まで行く」

「ここをキャンプ地とする」


 うん、自分も案を出しておいてこんなこと言うのもあれだけど。


「お前らアホだろ」

「馬車を待つ案を一番最初に出したお前が言うな」

「馬車案は論外。キャンプ案は水源が見当たらないから無理ぽ」

「残りは徒歩かお空の旅か……」

「俺は家から学校までの通学距離以上を歩くと息切れするぞ」

「山とか見てるだけで疲れるわ」

「はい、消去法でシッチー君とお空の旅に決定!」

『異議なーし!』


 ――――――


「誰だよお空の旅案に賛成した奴! し、死ぬうううう!!」

「くっそ、俺が読んだ小説だと皆普通にドラゴン乗ってたのに、所詮フィクションはフィクションか!」

「正直一番最初に跨った時から嫌な予感はしてたけど、ここまでとは……ひえっ、今揺れた! がったんって揺れた!」

「『騎乗チート』! もっと安全運転してくれえええ!! 落ちるぅぅ!」

「十分やってるよ! てか、そうじゃなかったら最初の十秒で全員落ちて死んでるわ!!」


 満場一致で決まったはずの『シッチー君と行くお空の旅』だった筈なのに、今はもう何かの罰ゲームを受けているとしか思えない。もしくは刑罰だ。

 今自分たちはシッチー君の背中の比較的安定した乗りやすい所に跨り、背中に乗り切れないクラスメイトたちはシッチー君が引っこ抜いて抱えている長い木に跨って空を飛んでいる。

 安全装置は自分たちが着ていた制服の上着を脱いで袖を縛り付けるという簡単な物だったけど、それでも最初は空を飛べるという興奮が恐怖を上回っていたんだ。クラスメイトの中に『騎乗チート』持ちがいることも安心できる一因だった。まあ、あまり意味なかったんだけれども。


「寒! 高! 怖!」

「最初ちょっとスリルのあるアトラクションみたいで楽しそー、とか思ってごめんなさい!」

「吐く、俺もう吐くぅぅぅ……」

「シ、シッチーくーん、巣まで後どのくらいよ……? え、もう見えてきた……?」

「マジで? んー、てことはあれかな、シッチー君の棲み家は。おーい皆、中々の絶景だぞー!」

「うぉえええ……、そんな余裕があるのはお前だけだよ、『騎乗チート』」


 ドラゴンにしがみ付いて空を飛ぶこと数十分、ようやくシッチー君が普段から餌場兼寝床としている大きな湖に辿り着いた。でも、皆吐き気以上にしがみ付くための手足の筋肉の疲労が限界に近づいてきたこともあって、地面に降りてすぐに殆どの生徒が地面に寝転がった。

 良かった、思ったより早くついてくれて。もう少し時間が掛かっていたら体力と寒さの限界が来て途中休憩を挟まざるを得なかったけど、そうなっていたら少なくとも今日の内はシッチー君には乗れなかっただろう。心折れてるもん、今。


「おおー、湖でけー。大きい川もいくつか繋がってるし、周りには山も森もある。火山が近くにあるらしいけど、食料には困らなそうな良い所に住んでるねシッチー君」

「げほっ、ごほがふっ」

「うぇっ、うえぇぇっぇ」

「ぜぇ、ごぼ」

「……よし、しばらく休んでから話進めようか」


『騎乗チート』以外の全員がグロッキー状態から立ち直るのを待ってから改めて話し合いを進めることにして、それまで俺たちは寝転がりながら雑談を交わしていた。


「あ、シッチー君腹減ったからご飯食べに行きたいってよ」

「え、それ俺たち大丈夫? シッチー君がいない間に俺たちが他の猛獣のご飯にならない?」

「シッチー君がここに降りた時にものすごい勢いで動物たちが逃げ出したし、しばらくは大丈夫じゃね?」


 結局なるべく早く戻って来てねとお願いして、シッチー君は空いたお腹を満たすため空を飛んで獲物を狩りに行った。

 何か危険生物に襲われたらどうしようという不安はあったが、自分の縄張りなだけあってシッチー君以上に危ない猛獣はこのあたりにはいないらしい、というのが分かって安心したのだ。

 ……シッチーショックが強すぎて、自分たちの感覚が麻痺していることに気が付いたのは結構後になってからだ。そうだよなあ、比較対象が巨大ドラゴンな時点でおかしいよなあ。


「そろそろ気分は良くなったか皆? それじゃパパッと会議の続きをしましょうねー、日が暮れたらアウトだ」

「当分はシッチー君の御加護の元でサバイバルしつつ、この世界のことを調べていくって方針で変わりは無いよな?」

「いきなり人のいるところに行っても、何も情報が無い状態でコミュニケーションが上手くいくとおもえないしね」

「言葉も通じる可能性が低いしなあ……。『翻訳チート』一人に頼るのも限界がある」

「文明の発展度が低いにしろ高いにしろ、身分証明の無い不審者がいきなり大人数で現れた時点で良い未来になるイメージが湧かない」


 そもそもの話、俺達と同じ姿をした人がいるのか、実は遠い未来の地球だったりするのか、本当は最新VRゲームの中だという落ちなのか。最初の会議で多くの意見が出たけど、どれも結論は『現状では何もわからない』だった。


「―――よし大体決まったな。それじゃ、最後にもう一度だけ意思統一するぞ」


 それから暫く、俺たちは話し合った。

 異世界サバイバル生活初日の貴重な時間を使ってまで議論して決めた事、それはこの場にいる自分たち全員の認識と目標の共有だった。それが自分たちに今一番必要なことだと皆が確信していたからだ。


「分からないことが多すぎるから、少しずつこの世界について情報を集めよう」

「でも人間何もしなくてもお腹は減るから、ご飯に困らないように生活基盤を整えよう」

「まずはひ弱な俺達が死なないように寒さを防げる家が欲しい。ついでに寝心地の良いベッドも欲しい」

「たとえ非情な現実に挫けそうになっても、空からヒロインが降ってくる希望を捨てるな」

「襲われている馬車を見つけたらチャンスだと思え。九割九分九倫以上の確率でそこに美少女がいる」

「テンプレ教の教えに従い、噛ませキャラになりたくなければ真面目に働け」

「全ては異世界チートハーレム無双をするために!」


『『『『イエェェェェーーーーーー!!!!!』』』』


 後から思い返してみれば、この時の自分たちは半分やけっぱちになっていたと思う。それだけシッチーショックが強烈だったことの裏返しなんだけど。学校の体育祭でもこんな風に円陣を組んだ事など無いのに、この時だけは猛獣のリスクを忘れて皆が自然と大声を出した。


「それじゃ、さっそく各々の仕事を始めるか」

「周辺の探索班は『探索チート』と『鑑定チート』は確定だろ?」

「いざという時のための護衛役として『幻術チート』と……、もう一人ぐらい欲しいな」

「じゃあ俺が行くよ。『筋肉チート』ってどの程度か確認したいし、そこら辺のでかい石を思い切り投げれば牽制にはなるでしょ」

「んじゃそれ以外の奴らはこの近場でいろんな材料集めをしてから火起こし班と建築班、道具作り班に分かれる感じで。作業開始」

「急げ急げー、暗くなったら何も出来んぞー」


 これから先、自分たちが読んでいた物語のように都合の良い事ばかり起きるわけではない。そんなことは十分に分かっていた。流石にね、高校生にもなったら世界が自分を中心に回っていないことぐらい理解しているよ。

 それでも、やけっぱちになってでもこれから先へと向かって動き出そうとするのは、そうしないと死ぬ程後悔するほどの未来が待っているのが目に見えているからだ。


 具体的には、今日の夕飯とか。


「それじゃ探索班行ってきまーす。ついでに食べられそうなものがあったら採ってくるよー」

「よーし俺らは早速家作り、をする為の道具作り、に必要な材料調達から始めるぞ」

「まずは刃物になりそうな物を探せ! 石を割るか、動物の骨を削るか、多少時間がかかってもナイフが有ると無いとじゃ効率がまるで違う」

「とか言ってる間に早速黒曜石っぽい石発見! 旧石器時代のチートアイテムキタコレ!!」

「マジで!? 火山があるらしいからワンチャン期待してたけど、幸先良いぞーこれ」

「この調子で都合良く近くを通りがかった美人な旅人お姉さんとか見つからないかな」

「辺境で一人隠れ住む妖艶な魔女のお姉さんでも可」


 行動を開始した俺たちの動きは早かった。

 この状況で怠けることは死に繋がるというのもあるけど、何より自分たちがするべきこと、しなければならないことを一人一人がしっかりと理解していたからだ。

 これも一番最初に目標を共有したおかげかな。でもそれ以上に、俺たちの地頭の良さが現れた結果だと思う。そういうことにしておけ!


「次は紐作るぞ! 細くて柔らかい蔓を探せー! そして剥いだ皮を繊維状になるまで徹底的に裂け!」

「これ、石で叩いてほぐしてからの方が剥きやすいな」

「その後の具体的な紐の作り方知らないんだけど。ただ捻るだけじゃ解けるからダメなんでしょ?」

「俺知ってるよ。こうやって繊維の束を二つに分けて、ちょっと捻っては全体を絡ませてまた二つに分ける、っていうのをひたすら繰り返すんだよ」

「……地道な作業すぎる」

「こういうのって本当は日が落ちた後に家の中でするべき内職なんだろうな……」


 特に語ること無し!


「次ぃ! 道具作り!」

「腕ぐらいの太さの適度な木の枝に尖った石使って穴をあけて、その空いた穴に三角形の平たい石を探して嵌める。そしてさっき作った紐で縛って固定すれば石斧の完成!」

「黒曜石は鋭いけど、欠けると危ないから斧には使わない。出来れば石も研いで磨製石器にしたいけど時間がないから今はパスね」

「木に穴をあける時点で重労働なんだが。あと、やっぱり切れ味がすこぶる悪い。伐るというよりは叩き潰すだな」

「形は悪いけど黒曜石のナイフは出来たぞ。この加工のしやすさもチートたる所以だよな」


 適度な木の枝探しと穴あけ作業に超絶手間取った以外に語ること無し!


「次! 火起こし!」

「手で棒を擦って火を起こすとか、俺等じゃひ弱過ぎて絶対無理だ。ここは知恵を使おうぜ」

「という訳でさっき作った紐がまたまた登場。紐と木で弓っぽいもの作って弦を棒に巻き付ける。後はもう石で棒を上から押さえつけながら弓を前後に動かすだけで、棒がぎゅるぎゅる回るぅ!」

「紐すげえ」

「紐万能」


 弓キリ式ってやつだな。

 まさか小学生の行事で行った縄文時代博物館で得た知識を、こうして実際に使う時が来るとは思わなかった。ごめん、当時の担任の先生。こんなの人生の何に役に立つんだって真面目に聞かなくて。


「最後! 家造り!」

「てかもうこれ、日暮れまでに家建てるの無理だよね」

「初めての作業の連続で予定よりも大幅に時間がオーバーしたしな。予想はしてたし、時間も大分盛ったと思ったけどまだまだ見通しが甘かったなー」


 どんな天才でも間違えることはある! そういうことにしておけ!


「パターンBに変更で。屋根用に剥いだ木の皮はベッド代わりに地面に敷いて、あとは横風を防ぐ壁だけを作る」

「地面に直接寝ると体温奪われるからなあ……。理想は高床だったけど、少しでも嵩増ししないと朝露で死ねる。小さい頃キャンプした時それで死ぬほど後悔した」

「キャンプとか陽キャかよ」

「兄は、な。それで察してくれ」

「あっ。なんかごめん……」

「と、取り合えず、激しい雨が降ったらシッチー君を呼んで翼の下に避難ね」


 俺たちが拠点を築いたのは、河原から目視できる程度に少しだけ距離が離れた場所に生えている巨大な木の根元。これなら多少の雨ぐらいなら木が屋根になってくれて手間が省ける。

 ていうか本当にデカいなこの木。ここで都合良く洞とかあったら楽だったのに、ぎっしり隙間なく地面に根を張っていらっしゃる。

 本来なら獣対策も兼ねて大きな木の枝を支えにツリーハウスを作ろうとしていたのだけれども、どう考えても日が暮れるまでに間に合いそうもなかったので断念をした。

 しかし、家こそ建てられなかったがそれ以外の作業は一段落していて、今はそれぞれが必要だと思う作業を各々こなしている。紐作りの続きだったり、その紐を使って更に丈夫なロープを作ったり、魚を捕るための罠を自作したりと、焚き火を囲みながら探索班が帰ってくるのを待っていた。


「……あのさあ、さっきはそんな場合じゃなかったから敢えて何も言わなかったんだけど、お前らどこでそんな知識身に付けたの?」

「いつか異世界に転生した時のために勉強の合間に色々知識蓄えてた」

「このぐらい、なろう読者にとっては嗜みだろ?」

「NAISEIでオレツエーするための準備は完璧よ」

「学校にテロリストが来た時の撃退シミュレーションも完璧だぞ」


 当然、石鹸の作り方もマヨネーズの作り方も調べている。


「……そうか、まあ俺も人のこと言えないんだけどね。ペニシリンとか、ローマコンクリートとか」

「そして調べれば調べる程、素人には無理だという結論に達するまでがテンプレ」

「あるある。お、あれ探索班じゃないか? おーい、こっちだ!」


 そんなこんなで異世界テンプレ雑談をしているうちに、もうすぐ完全に日が暮れるという時になって探索班が戻ってきた。

 しかも何やら『筋肉チート』が巨大な猪を担いでいるというオマケつきだ。


「え、まさかその猪狩ったの?」

「巣穴から出てきたところにバッタリと鉢合わせしちゃったみたいで」

「気が立っていたみたいで襲ってきたから、『幻術チート』がなんとか誤魔化している間に、『筋肉チート』が一抱えぐらいある石をおもいっきり猪の頭に向けて投げたら気絶したんだ」

「多分頭蓋骨が割れてるだろうからほっといてもその内死んじゃうし、だったら美味しく頂こうと思ってそのまま担いできた」

「なるほどね。止めを刺そうにも刃物もなかっただろうし、血抜きとか肉を冷やすためにも川が近いこっちに戻ってきて処理した方がよかったと」

「そゆこと」


 猪以外にも探索班が持ち帰って来た物は多かった。木の実やら山菜やら、『鑑定チート』が鑑定して食べられそうなものを片っ端から持てるだけ持ってきたのだ。それ以外にも乾燥した薪や何かに使えそうな形の良い石、動物の骨なんていうものもあった。『筋肉チート』様様である。

 普段なら何の役にも立たないガラクタと見向きもしなかっただろうけど、この状況ではどんなものでも役に立たないということは無い。

 俺たちは探索班が何かを取り出す度に喜びの声を上げ、それらの物資を使って何を作ろうかと嬉しそうに話し合った。


「……さて、ずっと目を逸らしてきたけど、そろそろ猪の方をどうにかしないと」

「いい加減止めを刺してあげないと、いくら気を失ってるとはいえ可哀想だしな……」


 現実逃避もそろそろ限界だよなあ。いつかはやらなきゃいけないと思っていたけど、こんなに早くその時が来るとは……。


「……よし覚悟決めたぞ! ここまで来たらやけくそだやるぞオラァ!」

「やるしかないかあ……。あーもう、まずは心臓を突いて止めを刺したら動脈を切って血抜き? その後腹を切り開いて内臓を掻き出すって順番?」

「そしたら素早く流水につけて冷やす、だったような気がする。こっちも覚悟決めないとなあ……」

「俺、実はゴキブリより大きい生き物殺したことないんだ」

「俺ダンゴ虫」


 こちとら都会に住む今時の現代っ子だ。自慢じゃないけど下手な聖人よりも生き物を殺したことがないぞ俺たちは。カブト虫はゲーム画面の向こうで見るもので、魚は調理済み以外触ったことがないんだ。


「やるぞ」


 そんな俺たちがおっかなびっくりで猪に止めを刺す。

 長い木の棒に黒曜石を括り付けた簡素な槍で心臓がありそうな所を刺し、ある程度血が抜けるのを待ってから今度は腹部を切開する。

 止めを刺す時に一度体が痙攣した時はこちらも驚いてビクッとした。最後の瞬間の鳴き声は正直結構心に来た。でもそれ以降度々吐きそうになっても、獣の解体の仕方を覚えようと誰一人として目を逸らさなかったのは多分各々感じることがあったんだと思う。


「流石黒曜石。刃先が単分子なだけあって切れ味は半端ないけど、脂ですぐ鈍っちゃうな」

「うげ、毛皮にすっごいノミとか付いてる。臭いもキツイし何よりグロイ……」

「内臓傷つけるなよ、特に腸。中身が飛び出たら全ておじゃんだ」

「内臓は……、どれがどれだか分かんねえな。明かりもあんまないし、寄生虫も怖いから全部廃棄にした方がいいか」

「心臓ぐらいは食べられそうだけど、残りは埋めるか魚の罠用の餌にするのが無難かな」

「血は塩分補給、小腸は腸詰、胃袋は水筒、その他も煮込めば油が取れるらしい。でももう暗いから作業出来ないし、勿体ないけど明日まで待ってたら腐っちゃうかな」

「そもそも容器が無いから保存が出来ない。血の臭いで獣を呼ぶリスクが高くなるだけだと思う」

「粘土を焼いて器作りは急務だな。っと、なんとかモツ抜き終了」


 そうして内臓を抜いてもなお重い猪を数人がかりで担いで川まで運び、水に流されないように岩の隙間に沈める。ついでにそのまま猪の血と脂で汚れた身体とナイフを洗った。

 筋力(パワー)はあってもやっぱり体力(スタミナ)は変わっていなかった『筋肉チート』を休ませる為にクラスメイト数人がかりで作業をしていたけど、あいつあんなに重いものを担いできたのか。しかも重いだけじゃなくて臭いし汚いし。

 それでもあいつは一言も文句言わずに自分からさっさと担ぎに行ったらしい。……多分俺たちのためだろうなあ。実際、初日にこの食料が有るのと無いのとじゃ精神的にも肉体的にも影響が大きいもの。

 ……ちょっとうちのクラスメイト精神的イケメン多くなーい? リアルの顔面偏差値は皆共通してそこまででもないのに。


「この川、未知の病原菌とか寄生虫とかいないだろうな……住血吸虫みたいなのいたらどうしよ」

「いたとしてもどうにもならんて。飲み水もここから汲まないといけないし、身体も洗わなきゃいけないし」

「今死ぬか後で死ぬかの違いでしかないよな。『治癒チート』に期待だ」

「怪我はともかく、病気にも効くのかなぁ」

「それも含めての期待だよ」


 すっかり日も暮れてしまい、焚き火の明かりだけで猪の毛皮を剥ぎ取るのは不可能と判断して、お肉も仕事も翌日に持ち越しになった。今日は探索班が持ち帰った食べられる木の実で空腹を満たして、翌日以降にするべきことと夜の見張りについて全員で話し合ってから寝ることにした。


「異世界チート無双するのも簡単じゃないんだなぁ……。なんていうか、全体的に地味&地味」

「下手なチートよりも黒曜石と蔓の方が役に立つとは、ちょっと凹むわ。あと、紐ってホント万能」

「それな。あーあ、俺も可愛いヒロインのヒモになりたいなぁ」

「俺が作者ならここでエルフの美少女とか登場させてるのに」

「というか、俺が小説書くならもっとこう世間の需要を加味して―――」

「どっかで読んだぞ、その設定。それより主人公をさ―――」


 異世界で迎えた初めての夜は勿論怖かった。

 でもそれ以上に、今まで恥ずかしくて出来なかった自分の好きなことを、もう隠さないで済むことが嬉しかった。そしてそれを友達? 多分友達と一緒に語り合えるのが楽しかった。

 初っ端から超巨大ドラゴンをけしかけてきたことはまだ許さないけど、絶対に許さないけど、異世界にでも飛ばされなければこうして友達と焚き火を囲ってお喋りなんて一生無かっただろう。

 そのことだけは感謝したい。そんなことを思った夜だった。


「でもやっぱりいきなりシッチー君は無いと思うんだよ」

『『『異議無し』』』

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公がいねえw 楽しいですねこれw [気になる点] 収納チートはいないかw [一言] 錬金も欲しいとこw この世界 冒険者はいるのか? まさかの「婚約破棄」じゃないよねw
[良い点] 主人公たちが一貫してモブとして活動しているところにとても好感を持ちます。 男子校かつ、偏差値の高い優秀な進学校というのもとても良い設定だと思います。 [一言] 多分多くの人が考えたことはあ…
[一言] 。彼らは全員モブです… まさか1話に対して思った突込みがw それじゃあ仕方がない(T_T)
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