第1話
頭を空っぽにしてお読みください
「状況を落ち着いて把握しよう」
クラスメイトの誰かがそう言った。
「俺達はついさっきまで教室の中で期末試験を受けていた。英語の試験だ。因みに個人的に手応えはばっちりだった」
「同じく。あの鬼畜英語教師め、長文問題にスラングバリバリ盛り込みやがって。だが解いてやったぞ、ざまみろ」
「次の鬼畜数学教師が来るまでの束の間の休憩時間を満喫していたところまでははっきり覚えてる」
そうだ、確かあれは海外の掲示板のレスバトルを殆どそのままコピペしてきたような問題文だった。いや、というか絶対そうだろう。所々本気の悔しさが滲み出ていたし。
知るかよ、どっちが完全論破されたかなんて。ここからどう言い返せば論破返し出来るか、なんて糞ほどどうでもいいわ。どうせスレ落ちしてるんだから今更どう足掻いても手遅れだよ糞教師。解いてやったけど。
他のクラスメイトもきっと似たようなことを考えていたろう。皆大体同じタイミングで思考が現実に戻り、顔を見合わせて話の続きを促した。
「でだ、その貴重な休憩時間に何か一瞬教室の中が光ったと思ったら―――」
そう言って視線を横に向け、他のクラスメイトたちも同じ様に辺りを見回す。だが周りを見渡せば草原、草原、偶に木々。
人工物どころか道すら見当たらない大自然の中に、ポツンと取り残されたかのように自分たちが棒立ちをしている。
「めっちゃ屋外。空が青いし空気も美味い」
「何処だよ、ここ」
「神隠しかな? それとも睡眠ガスで眠らされて誘拐されたか?」
ざわざわとクラスメイトたちの間に動揺が走り始めた時、その内の一人が掌をパンと叩いた。
「はい注目。お前ら、こういう時にまず最初にやらなきゃいけないことがあるだろ」
「やらなきゃいけないこと? なんだよそれ」
持ち物の確認とかか? それとも隠しカメラの確認?
……いや違う。こいつが言いたいのはそんなことじゃない。
「……おい待て、まさかお前」
「お前たちも分かっている筈だぞ。今まで隠してきたつもりだろうけど、どうしても隠しきれない匂いってものがある」
その言葉にクラスメイトたちは互いに顔を見せ合いながら、まさかだのやっぱりだのと恐る恐る口を開き始めた。皆、薄々感じていたある事実にショックを隠せない様であった。
「もう一度落ち着いて現状を把握しよう」
一足早く精神の安定を取り戻した先程とは違うクラスメイトが深い溜息をついた後改めて言葉を発し、全員がそれに注目する。
「いつも通りの日常だった筈なのに、何故か気付けば訳の分からない場所に放り出されていたら。そんな時にまずやるべきことと言えば何だ?」
まずやるべきこと。
そう問われた俺たちの心は皆一致していた。
決まっている、それはーーー
『ステータスオープン!!!』
「……」
「…………」
「…………なんも出ねえじゃねえかくそぁ! 期待させやがって!」
「やっぱり異世界な訳ないよなぁ」
ぐわああああクッソ恥ずかしい!! やらなきゃよかった畜生!
でもそうだよなあ、そんな筈ないよなあ。どうしよう、テンション上がって思わずやってしまったけど、今のがどっかで撮影されてたら絶対笑われるよな。一体何の集団怪奇行動だよって感じでネットに流されるかも。
でも、おかげで一つだけ分かったことがある。
「というかやっぱりお前らなろう読者だったのかよ。うわぁ……」
「ブーメラン乙。まあ気持ちは分かるよ、まさかクラス全員がそうだとは」
「異世界じゃなかったのは少し残念でもあり、そうじゃなくて良かったという安心もあり。いやでもちょっとだけ期待してしまったのは仕方ないと思う」
「つーか、どうやってここまで全員を運んだんだろ。やっぱ睡眠ガス? どっかにカメラとか無い?」
「試験どうしよ。また後日やり直しとか勘弁だぞ」
そうだ。異世界じゃないんだったらさっさと学校に戻らないと。ていうか何の企画かは知らないけど、何で寄りにもよってテストの日にやるんだよ。常識を考えろ常識を、下手したら訴訟もんだぞおい。
「あの……、あのごめん皆。俺、なんか見えるんだけど……」
「スマホ鞄の中なんだよなあ……って、え? ま?」
「俺今日塾なんだけど……は? こんな時に冗談よせよ」
まだテスト期間始まったばかりだから、明日のテスト科目の準備を進めたいのに……ん?
今なんて?
「俺、今、何か見える」
それマ?
「……因みにどんな感じ?」
「雑草とか、遠くに見える山の名前と解説とかが見える。あ、お前らの解説も見える」
おい、それってもしかして。
「……『鑑定チート』かよぉぉぉ!!」
「ぐわああああ! 俺もそれ欲しい!」
「くっそなんでお前だけ!?」
お前実は主人公だったのか!? オーラが無さ過ぎて全く気が付かなかった。
……いや、いや待てよ?
「なあ、俺らについての解説も見えるって言ったろ?」
「うん、見えるよ。全員童貞乙」
「うるせえお前もだろボケ! 分かってんだぞ!」
「じゃ、じゃあ何か俺達にもチートとかないか見えないか?」
「お前それは都合よすぎだろ。そりゃあったら良いなとは思うけどさあ、そんな世の中甘くないだろ」
「あるよ」
「うるせ、万が一ってのがあるだろ。今は藁にでも縋りたいんだよこっち……は?」
「え?」
「今、なんて?」
「あるよ」
わんもあぷりーず。
「あるよ。チート」
俺たちの咆哮のような歓声が草原に響き渡った。
――――――
「えー、こういう時一人だけチートが無い奴が大抵主人公だったりするんだけど、そんなこともなく」
「全員無事? にチートを持ってたな」
「特別感が無くなって、ある意味逆に残念」
「じゃあ虐められてる奴は? そいつが主人公候補その2だ」
「うち超が付く進学校だぞ、しかもクッソ厳しい。虐めをするようなアホは大体入試フィルターで弾かれる」
「学校でそんなことしてる暇も余裕もないし、授業終わったら塾か習い事に即直行だし」
なろうを読む時間はあるのにな、と全員が思っただろうが口には出さない。
いやね、忙しい勉強の息抜きの僅かな時間で手軽に出来る娯楽といえばそのくらいしかなかったのよ。時間もお金もかけずに気楽に気分転換が出来て、頭を空っぽに出来る趣味としてなろう以上のものって無いよ、実際。
「というか、皆等しく友達いないからそこまで発展しない―――」
「はいやめー、やめやめ! この話題終わり!」
これも今まで勉強しかしてこなかった弊害かもしれない。一応クラスメイトたちの顔と名前は憶えているけど、それ以外のことはあまり分からない。
趣味も知らないし、兄弟関係も知らない。出身中学と試験の順位ぐらいじゃないかな、知っているのは。
「ならあれだ、最近のトレンド的にクラスの中で一番地味で目立たない奴。そいつが主人公だ」
「んー、一理ある。よし、お前ら全員輪になれ。んで、自分以外で一番影が薄そうな奴を一斉に指差せ」
「なんだその公開処刑、ついに虐めか? お?」
「こうでもしないと話が進まないだろ。よーし、準備は良いな? はいじゃあ、いっせーのー……せっ!」
別にそこまで話を進める必要なんて無いのだが、なんだかんだ言いながらスムーズに事が進んだのは皆興味があったからだろう。くだぐた言いながらも全員で内側を向いて輪になり、頭上に掲げた片手を合図とともに振り下ろした。
あと、誰もクラスで一番顔面偏差値が高い奴が主人公だ、と言わない理由もお察しである。
「……同率一位が5人いるんだが」
「名付けて五隠者だな」
「お前らのチートなんだっけ? 五隠者、いやゴインジャー」
「ゴインジャー言うな。俺は『死霊術』」
「『釣り』」
「『鍛冶』」
「『テイマー』」
「『魔王』」
うーん、全部それっぽいといえばそれっぽい。
というかぶっちゃけ、チート主人公が飽和し過ぎていてどんなチートでも探したら主人公がいそう。
「なんかどれも如何にもな感じだな」
「戦闘で足手まといって理由で序盤でクラスメートに見捨てられそう」
「邪悪そうだからって理由で王様に追放されたり暗殺されかけそう」
ていうか昨日読んだわ、それ。
「うるせえほっとけ。てか『魔王』って何だ。どんなチートだ? 確か『勇者』もいただろ」
「なんか逆に噛ませにされそうなチートだよな、『勇者』って」
「それちょっと気にしてるんだから放っといてくれ……。もう主人公云々はいいだろ、そんなことよりこれからどうするよ」
うん、今まで目を逸らし続けていたが、いい加減これから自分たちがこの状況をどうするかを考えなければならない。
元々進学校に通っていただけあって皆頭はいい方なんだ。食事は、寝床は、安全は、下手に頭が回るせいで無駄に多くのことを考えてしまう。
異世界だチートだで無理やりテンションを上げて不安を誤魔化しても、時間が経つにつれて負の感情が増大していく。
「……城の中で召喚されたわけじゃなく、自称神様的な声が聞こえたわけでもなく、誰もいない場所に放り出されたパターンだからなあ」
「こういうパターンは大体いきなり敵に襲われて足手纏いの主人公が見捨てられる、からの主人公復讐展開がテンプレ」
「もしくは主人公とヒロイン以外が殆ど全滅して、それクラス転移の意味どれだけあったの? 的な展開」
「残念だがうちは男子校だ。ヒロインは存在しない」
何で俺は共学の進学校に進学しなかったんだろうか。本気で後悔している。誰か過去に戻れるチート持ってない?
……たとえチートを持っていたとしても、自分たちがこれからどうなってしまうのか不安は尽きない。だからこそ無理に冗談でも混ぜなければ心が耐え切れそうにない。それは全員の共通する認識だったんだろう。
そうじゃなければこんな下手糞なジョーク、普段なら絶対に口に出そうなんて思わなかったし、聞いている方も無視していたはずだ。
それから暫くして、皆でこれからどうするべきか『第1回異世界を生き延びよう作戦会議』を開いてから少し経った頃、クラスメイト一人が急に立ち上がって空のある一点を睨みながら注意喚起をした。
「皆静かに。ヤバい、何かこっちに近づいて来てる」
真剣な、それでいて焦ったような表情でそいつは言った。
「お前は確か、『探索チート』だったよな」
「何か生き物の気配でも感知したのか?」
「うん。しかも相当でかい気配が猛スピードで……嘘だろもうこんなに近く、来た!」
探索チートがそう叫ぶのと同時に、俺たちの頭上から大きな咆哮が響く。
一体なんだと全員が空を見上げると、上空から豆粒の様な黒い影が自分たちに近づいて来ているのが分かった。数秒もしない内にその影はどんどん大きくなり、それが何なのか姿がはっきり分かるほどまで距離が縮まると、それはもう一度威嚇するように咆哮を放つ。
「ドラゴンだ……」
今までフィクションの中でしか見たことがない伝説の生き物が、まるで自分たちに狙いを定めるかのように空中を旋回しながら飛んでいた。
比較対象が無い空中を飛んでいるせいでドラゴンの大きさはよく分からない。でも時折自分たちの頭上を通り過ぎるその翼の影から推測するに、人を2、3人ぐらいなら一口で丸呑みは余裕な巨体の持ち主だというのは分かった。
「しまった、さっきの会話はフラグだったのか」
「くそ、方針も決まらない状態で最初の場所から移動するのは悪手だと判断したんだが、逆だったか」
「そりゃただの結果論だ、後悔しても意味無いだろ」
逃げなければと頭では分かっているのに、初めて見る巨大なドラゴンという存在の非現実さに体がついていけない。まるでゲームのムービーでも見ているかのように、誰もがただ茫然とその場に立ち尽くすだけだった。
「ほ、『翻訳チート』より。あいつ『肉だ、餌だ、腹減った』ってめっちゃ喜んでる」
「流石『翻訳チート』、ドラゴンの言葉も分かるのか。そのまま説得頼む!」
「やってみる。『俺達、餌じゃない! 敵じゃない! 話を聞いてくれ!!』」
『翻訳チート』の話す言葉は傍から聞くとまるで獣のような唸り声で、それを聞いた俺は「ああ、こういうタイプの翻訳チートなのか」とこんな状況ながらに思っていた。
だが『翻訳チート』の必死の説得にドラゴンは軽い咆哮を一度返すのみで、今すぐにでもこちらに突っ込もうかという素振りを見せる。
「……返事はなんて?」
「『うるさい肉だな。腹減った』だとよ」
「くっそこのトカゲがぁ!! 仮にもドラゴンなら本能だけじゃなくて少しは知性も身に付けやがれ!」
「ぎゃああああああ!! 突っ込んできたぞ、全員伏せろおおおおお!!」
敵に捕食される寸前という土壇場で何とか足が動くようになった俺たちは、まるで蜘蛛の子を散らすように(まさかこの表現を雑魚敵じゃなくて自分たちに使うとは思っていなかった)走って逃げる。
ああ、でも多分逃げ切れないんだろうななんて心の底で思っていると、誰かが叫んだ。
「お、俺に任せろ!」
マジで!? この状況何とか出来るの!?
「お前は、たしか『頑丈チート』!!!」
「正直めちゃくそ怖いが俺以外にうぼわあああぁぁぁ!!!!」
「ああ! 『頑丈チート』が轢かれて吹っ飛んだ!!」
おのれドラゴン、俺たちの希望を返せ!! あ、怪我は無さそう。流石『頑丈チート』
まあ考えてみりゃそりゃそうか、質量差が桁違いだもんな。防御力だけチートでもそりゃ吹っ飛ばされるわ。
『頑丈チート』が犠牲になってくれたおかげで何とか最初の空襲をやり過ごすことが出来た。でも事態はまるで好転していない。
幸い『頑丈チート』は吹き飛ばされても怪我一つ無くピンピンしている。すぐに立ち上がってまたこっちに走ってきているけど、距離的に次の攻撃までに間に合いそうにはなかった。勉強ばかりで体力ないし足遅いもんな、俺たち。
「『頑丈チート』よ、お前の株は俺らの中で爆上がりしたが、このままじゃお前以外全滅しそうだよ……」
「『異世界にクラス転移したと思ったら、頑丈チートを貰った俺以外全滅した件』始まるよー」
「頑張れ『頑丈チート』、お前が主人公だ」
ありがとよ『頑丈チート』、お前のおかげで俺たちの寿命が十秒くらい伸びたぜ。
俺たちの分まで華やかなチーレム生活を満喫してくれ。願わくばエピローグであいつら良い奴だったよなあ……って思い出補正働かせながら良い感じに過去回想してくれると嬉しい。
「諦めんな馬鹿! おい『テイムチート』! 何とかあいつをテイム出来ないか!?」
「ごめん、あくまで感覚で断言はできないんだけど、どうも一度直接触れないとテイム出来ないっぽい。でも今触りに行こうとしたら俺そのまま轢かれて死ぬよね?」
「一度動き出した大質量は急には止まれないもんなあ……。触れられても慣性でそのまますり潰されて振り出しか」
「という訳であいつが地上に降りてこないとこっちはどうにも出来ん。ほんとごめん!」
「異世界最強のチートはまさかの『質量』だったとは、流石の俺らも見抜けなんだ……」
「第二波来るぞおおおお!!」
あーだこーだ言っている間に空中で体勢を整えたドラゴンが再び生徒たちに襲いかかる。
どうやらドラゴンはその大きな咢で直接こちらを噛み殺したり飲み込もうとするのではなく、足に生えた鋭い爪でこちらを引き裂こうとしているらしい。
地面擦れ擦れを飛んで獲物に狙いを定め、爪で引っ掻くようにして相手の息の根を止める。それを何度も繰り返し、全ての獲物を確実に仕留め切ってからゆっくり食事を始めるのだろう。
普段から勉強をし過ぎていたせいか、爪の標的にされているこんな状況でもドラゴンのその安定した超低空飛行を見てそんなことを考えていた。
ていうか、あ、これ完全に俺ロックオンされてるわ。逃げらんね、死んだ。
背中のすぐ後ろにドラゴンの爪が迫っていることが振り返らなくても分かる。ついでに言うと俺の持っているチートは『発酵』だ。完全に詰んでいる。
ああ、せめて一度くらいチートを使ってみてから死にたかった――――――ってあれ? 何かまだ生きてる
「こちら『加速チート』! なんか俺、息を止めている間だけ動きが速くなるっぽい!」
いつの間にか地面に倒れている自分のすぐ横を、巨大な爪が通り過ぎていくのを見て何がどうなっているのか理解が出来ずに混乱していたが、その理由もすぐにわかった。
偶々すぐ近くで一緒に逃げていた『加速チート』が、爪で引き裂かれる直前につき飛ばしてくれたおかげで九死に一生を得たのだ。
「すげえ、加速とかマジでチートじゃん。中二病の憧れじゃん」
「加速できても相手がでかすぎてどうしようもねえ! という訳で誰か、『滑走路を爆走するジャンボジェット機を素手で倒す方法』を急募!」
「確かに似たような難易度だと思うけどさあ……」
なんかこうドラゴンとかフワっとしたものじゃなくて、身近にある具体的な物で例えて言われるとあれだな……。
想像しやすい分絶望感が増すというか、物理的に無理だって問答無用で理解させられるこの感じ。絶望ってこういうことを言うのね。
「やっぱり『質量チート』が最強だったのか……」
「今までであまり興味なかったけど、大相撲見とけばよかったな」
ドラゴンはもう既に三度目の攻撃に入る体勢に入っている。ここまでは運良く相手の攻撃を凌ぐことが出来たが、流石に次を何とかする手立てはない。
『加速チート』も加速は出来ても肩で息をしているのを見ると体力はそのままなんだろう。速く動くことが出来たとしても走る距離が変わるわけじゃない。加速中に一息つくのは勿論、恐らく咳をするのもダメ。息を止めた状態のまま、少ない体力で後どれだけ走れるだろうか。……多分10メートルも持たないだろうなあ。
つまりは引き続きピンチが継続中ということだ。
「誰かー! 実は前世の記憶を持ってて超強い魔法使えるけど平穏に暮らしたいから隠してたって奴いませんかー!」
「もしくは先祖代々受け継いできた摩訶不思議古武術を習っててドラゴンも瞬殺できる奴! 今がその時だぞ早くしろおおおお!」
何だったら異世界帰りとか、超絶最強クラスの精霊だか妖怪みたいなのに溺愛されている系主人公でもいいぞ! 今助けてくれるなら内心でどれだけ他人を見下していようが、自分の力じゃないのに何故か偉そうにイキっている性格でも好きになれそうな気がする!
しかし現実は非情だ。初めから分かっていたことだけど、そんな主人公属性を持つ奴はこの中には存在しなかった。
そして、たとえ次の襲撃を何とかやり過ごすことが出来ても、四度目、五度目とドラゴンは自分たちが全滅するまで何度も同じ攻撃を繰り返せばいいのだ。このまま凌ぐだけでは先がない、それは誰もが理解していることだ。
ぐぬぬぬ、もうこの際死ぬのは構わん! いや良くはないけど百歩譲ってそこは妥協する。だってマジでどうしようもないんだもの、多分トラックに轢かれる直前ってこんな心境なんだと思う。
だけどモブ死には嫌だ!!
今まで娯楽も青春も犠牲にして勉強に費やしてきたのに、訳の分からない内にこんな異世界に来たと思ったら、何もしないうちに餌になって死ぬ?
糞が、絶対ただじゃ死なんぞ!! これクラス転移する意味あった? とか思われてたまるか!
「ええい、物理でどうにもならない相手には搦め手だ! 毒とか催眠とか幻術とか、誰かいないか!?」
「あ、俺! 『幻術チート』持ってる!」
「よしでかしたぁ!!」
「でも幻術のかけ方かけ方は何となく分かるんだけど、この状況で一体どういう幻術掛ければ……って来た来た来たあ! ああもう、どうにでもなれこん畜生!!」
ただで死んでなるものかと自分に気合を入れていると、今度こそ自分たちを仕留めようと襲いかかってくるドラゴンに向かって『幻術チート』がえいや! と気合を入れた声と共に両の掌をパンと叩く。
するとドラゴンは突然焦ったように翼を羽ばたかせ、空に腹を向けるように上下逆さまになったかと思えばそのまま地面に向かって勢いよく突っ込んでいった。
え? もしかして助かった? うっそ、マジかよあっさり過ぎない?
……うっわ恥っず、五秒前の俺恥っず! 絶対ただじゃ死なんぞ! なーんて、違う意味で死にそうになるわ。
「……お、おおお? すげえ、ドラゴンが地面に墜落した!」
「どんな幻術掛けたんだ?」
「いやもう恐怖と焦りと緊張で精神ヤバかったから細かいこと想像出来なくて、空と地面を逆に見せる的な? パッと思い付いたそんな感じのやつをやけっぱちで」
「そんなすっごいふわっとした感覚でそんなこと出来るのな。流石チート、常識が通用しない」
「それよりも今がチャンスだ『テイムチート』!! ドラゴンが地面に横たわっている隙に……」
「もう走って行ってるよ」
「よっしゃあああ! テイム成功したぞおおおお!!」
聞こえてくる『テイムチート』の喜びの声に、一同は倒れ込むように地面に腰を下ろして深い息をついた。
マジかー。助かるにしてももっと劇的なものになると勝手に想像していたけど、世の中ままならんなあ。
「これで一先ず危機は脱した? はぁー、しんど」
「ちょっと異世界ぃ、初っ端からハード過ぎない? もっとこう、適度にオレツエー出来ないと人気でないぞこんなん」
「せめてヒロイン出せよヒロイン。あ、ドラゴンが擬人化するとかそういう展開ない?」
「あいつオスだぞ」
「「「クソがぁ!」」」
本気で、マジで、クソがぁ!
「とりあえずね、異世界転移して分かったことがある」
「何だよ」
「世界最強の格闘技は相撲である」
『異議無ーーし!』
質量最強!
勢いで書きました。
正直ちょっと後悔しています。