第四話
あの学会からもう3年が経とうとしていた。
いつものカフェーでK・W・ユーウェルはフリッツ・ベッカーともに朝食を取っていた。
あの時の学会の発表は散々だった。
コリンズ先生とユーウェルは当て馬に使われたのだった。調査の必要性をとにかく強調させてから、調査結果を出す。
高められた問題への意識はすべてさらわれていった。
その後の顛末は想像の通りである。
その後シューミット液はありとあらゆる調査がなされた。その結果やはり医原病を引き起こしているという事が明らかになった。
そのことを受けシューミット液の使用はかなり制限されるようになった。しかし、人々の心象に相当悪影響を与えたようで、この頃はシューミット液を扱わない治療をしてきする患者が増えていた。
そうなると当然、古医学の需要は高まり、学会では古学派が幅を利かせるようになった。
そしてシューミット学派は急速に衰えていった。そのうちに学会の権威であったシューミット博士が亡くなったことでもはやシューミット学派は風前の灯火といっても過言ではなかった。
フェレッティ博士はあの学会のあと古学派に転向した。再び大学で古医学を専攻したのち古医学研究所所員となったようだった。何かしらの密約があったのは明らかだった。けれど追及する気にもならなかった。
フェレッティ博士は、結局のところ、ただ研究がしたいだけのようだった。
自分が作り出した薬がもたらす悪影響などには興味がない。そんなものは現場の医者が考えるべきものであるとの考えをもっているようだった。
「おい。どうした。」
「ああ、いや、昔を思い出しちゃって。」
「おいおい、またかよ。もう3年も前だぞ。いい加減わすれねぇと寿命縮めるぜ。」
ベッカーは無事研修医を卒業し、魔法医学校付属の病院に勤めているようだった。もう病院内でも頼られる立場になりつつあるようで、最近の医療現場についてはベッカーを通して知るのみだった。
「まぁ、シューミット液がなくなったのは惜しいよな。あれは間違いなく万能薬だったからな。もう少し改良したりできなかったもんかねぇ。」
「さあ。できてたら誰かがしたよ。」
「そうか?フェレッティ博士が早々に薬学所をやめてなきゃわかんなかったぜ。」
「フェレッティ博士は絶対やめてたんだよ。遅かれ早かれね。」
「そうなのかねぇ? まぁなくなったものを嘆いてもどうしようもないよな。今あるもので最善の医療を提供するのが医者のやることだぜ。」
そういって笑うベッカー。
その姿はとても立派だった。
ユーウェルはあんな未来もあったのかなと一瞬だけ逡巡したけれどすぐに頭から振り払った。
ユーウェルは現在、魔法医学校予備校で講師をしていた。
毎日忙しかった。
抱えきれないぐらいの授業を受け持っていたし、次から次に増えるテストの採点にかなりの時間とられた。
けれどユーウェルはその多忙な生活に一種のやりがいを見出していた。
生徒たちは程度の差はあれど皆やる気をもって医者を目指しており、そういった生徒たちと正面から向き合っていくのは若いころの自分を見るようでどこか懐かしい気分に浸れた。
それに毎年卒業していく生徒が、魔法医学校に入っていくのを見届けると嬉しかった。
自分が師事していたコリンズ先生のもとで自分の教えた生徒たちが学んでいくのを想像するともっと嬉しくなった。
コリンズ先生とはまだ関係は続いていた。
といっても年に数回手紙を交わし、数年に一回会うだけの関係性であった。
けれどコリンズ先生は会うたびに「僕らは間違えていなかったよ」と言うからそのうちにユーウェルもそんな気がしてきた。
現にシューミット液の消えた世界でも世界はいつも通りだった。
「おい。食わねぇのか?」
「食べるよ。ここのフレンチトースト、うまいよな。」
「何を今さら言ってら。」
ベッカーはそう言って笑った。
「変わらないものもあるもんなぁ。」
ユーウェルはフレンチトーストを食べてそう思った。