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第二話

 ユーウェルがコリンズ博士にシューミット液の投与のし過ぎによって医原病が流行っているのではないか、との簡単な調査書を提出してから二週間が経とうとしていた。


 コリンズ博士は学会ではフラットな立場を取っていたから、ユーウェルの、ともすれば学会に牙を向こうかという意見もポジティブに受け取ってくれた。


 そして調査は始まった。


 調査をすればするほど、データが蓄積されればされるほど、ユーウェルの立てた仮説は証明されるかの様に思えた。


 けれど決定打に欠けた。


 コリンズ博士の研究室にある機材ではできる実験に限りがあったのだ。


 そういう事情があってユーウェルは樹林に来ていた。


 そこは町からも外れていた。


 製薬会社の研究施設があるほかには何もないところだった。


 なぜこんな辺鄙な森に製薬会社があるのかそれは当然シューミット液が関係していた。


 シューミット液。


 それは学会のオピニオンリーダーであるM・J・シューミット博士の最大にして最高の発明である。


 原材料は生命の樹の根っこだった。


 それを微生物で腐らせ、過度の魔法滞留状態にしてから煮詰めたものがシューミット液だった。


 そんな経緯でできるものであるから最初は誰にも受け入れられなかった。


 けれど長年の歳月を経て、国によってその効果が認められ、その安全性が保障されると、次第に使われるようになり、今やなんにでも効く薬として、その地位を盤石の物にしていた。


 するとその成功を羨むものがいた。


 魔法治療を行わなずに治療を行う古医療学派である。


 そもそも生命の樹の根っこを使った薬は本来古学派の伝統的な治療薬だったのだ。


 それに魔法のひと手間を加えたのがシューミット博士なのである。


 古学派の学者たちは自分たちの技術が盗用されたと騒いだけれど、時すでに遅しだった。


 そして話はなぜユーウェルがここに来ているのかというところに戻る。


 ユーウェルはこのシューミット薬学研究所の所長マッテオ・フェレッティ博士に会いに来たのだった。そしてフェレッティ博士にここまでの調査――わずか2週間の成果なのではっきりしないことばかり書いてあった――を見てもらいこの研究所で確かめてもらおうとしたのだった。


 フェレッティ博士はシューミット博士の一番弟子であり、学会での発言力も強かった。シューミット博士から薬学所所長の座を受け継いでからもう数年経っており、シューミット液の内服薬化など様々な功績を挙げていた。


 そしてフェレッティ博士はコリンズ博士と魔法医学校で同期だったのだ。


 その都合のいい縁もあってかユーウェルはフェレッティ博士に会うことができたのだ。


 ユーウェルが研究所に入るとすぐさま所長室に案内された。


 ほど待つとフェレッティ博士はきちんとした身なりでやってきた。



「やあ、君がユーウェル君だね。」



 求められた手を握った。


 ごつごつとした手だった。やはり研究に没頭しているのだろうか。角ばった骨が直接に感じられた。



「まさかコリンズから連絡がくるとは思わなかったよ。あいつも今や帝国使えの学者様だからなぁ」


「先生からお話はよく伺っています。」


「そりゃ光栄だね。」



 フェレッティ博士はソファーに座り器用に足を組んだ。ユーウェルも座るようにと促された。



「それで話って?」


「実は、これを見てほしいんです。」



 ユーウェルは恐る恐る持ってきた資料を差し出した。ここがすべての分かれ目であるといっても過言ではなかった。もしフェレッティ博士がこの資料を握りつぶしてしまえばユーウェルたちは未完成のまま学会に研究を提出することになる。


 それは避けたかった。


 物議をかもしたいのではない。ただ、危険性があるということを訴えたい。それがユーウェルの目的だった。



「これは?」


「最近、町で風邪やその他のウイルス性の病気が流行っているのをご存知ですか。」


「いや、知らないなぁ。何分こんな森の中で研究だからね、世間には疎くて。」


「やはり、そうでしたか。私たちはその原因について調べたのです。」


「それで、何かわかった? 新しい病気でも見つかった? それでシューミット液かい?」


「いえ、私たちはシューミット液が医原病を引き起こしているのではないかと。」


「医原病。」


「シューミット液を投与された量、回数が多い患者ほど何度も風邪やほかの病気になっているのです。これはおそらくシューミット液が体内に蓄積することで体内の正常な細菌まで破壊してしまっているのではないかと私たちは考えました。」


「……ほぉ。」



 フェレッティ博士の資料をめくる速度が速くなる。



「私たちはいまごく少数でこの真相を解き明かそうとしています。ですが患者は増える一方で、このままでは今後どうなるか……。フェレッティ博士! どうかこの研究所で調査をお願いできないでしょうか!」


「調査結果はどうする。」


「学会に提出します。ですが、私たちはシューミット液の使用を禁止しようとするのではありません。シューミット液を控えるように働きかけるのです。現在は多くの新薬が開発されてきています。古学派の研究もアウトブレイクを迎え、効果のある治療薬が多く発見されているようです。このまま完全な薬のシューミット液に頼り続けては、かならず限界が来ます! 来てからでは遅いのです!」



 いつの間にかユーウェルは立ち上がり、フェレッティ博士の前で正座をしていた。ユーウェルにとって最高の誠意の示し方であった。


「なんだいこの調査書は。まるでなってない。ちゃんとコリンズに読んでもらったのかい。」


「今は時間が惜しいのです。」


「ふん。あいつも功績に目がくらんだな。」


「違います! 先生はそんなことが目的ではありません!」


「じゃあ! なぜ大学に勤める研究者がこんな適当な論文を私の元に持ってこさせた! 誰よりも早く薬学研究所の力を借りて! 誰よりも早くその結果を学会に提出したいからだろう!」


「違います! 私たちの目的は先ほど言った通りなんです!」



 ユーウェルは大声をだした。迷惑なぐらい大きな声であった。フェレッティ博士はその大声に顔をしかめた。


「たとえ、そうだとしても。私は力を貸すことはできない。」


「どうしてですか! もしまともな調査結果が得られればこの調査書は学会に提出しても相応の物になります!」


「君は今の学会がどれだけ危ういバランスで成り立っているのか知らない。シューミット先生はその偉大なる発明のシューミット液で学会での発言力を強固なものとした。もしそのシューミット液が否定されてしまえばシューミット先生の学派は大ダメージを受けるだろう。ひょっとすると追放まであり得る。そうなってしまったら最後。古学派がまた勢力を拡大するだろう。君も知っているだろう。教会に行き祈祷を受け、怪しげな苦いだけの薬を貰うだけの時代があったことを。」


「ですから。私たちはシューミット液をこの世からなくしたいのではなく――」


「そんな理屈が通用する世界ではない!! どちらかが倒れれば必ずどちらかに傾く! コリンズは無派だからその影響を受けないかもしれないが私はシューミット学派だ! 私はシューミット先生のシューミット液で多くの患者が救われるのを見て医師になったのだ! 自ずからその地位を崩すようなことはできない!」


「どうしてもできないのですか。」


「残念だが。現に私が君に与したところで何も変わらないよ。」


「……そうですか。」


「私の協力が得られないと分かったらコリンズもきっと考えを変えるさ。若い君だけでどうやって学会に大きな波を立てるつもりだね。」


「コリンズ先生はもう発表をするつもりです。既に今度の学会の一番最初に発表するように手筈がすんでいるそうです。」


「……年を取ったのは私だけみたいだ。」



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