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ミミック⑥


「灰になれえええっ!」


 杖に灯る光が大きく赤く揺らめいた。それはもう幾たびも見たメーラが魔法を発動するときの合図だった。


「どうして……」

 どうして魔法が撃てるんだ。魔法はもう撃ったはずだ。ゴブリンが命を捨ててまで、魔法を使わせたはずだ。

 詠唱なんてする暇は与えなかった。攻めるタイミングも間違っていなかった。現にメーラはほとんど諦めかけていたはずだ。それなのに、なんで。


「ヨミ! 速く離れて!」

 横からスライムの声がする。

 離れないと。でも、巻き付いた舌を引っ張っても解けない。

 メーラが尻で踏んでるんだ。これじゃあ動かせない。


 火球が放たれた。目の前でどんどん大きくなっていく。

 ダメだ。避けられない。当たる。


 そう思っていたとき、スライムが前に出てきた。彼女は体を大きく膨らませて後方を守った。もう本当に直前に出てきたので、何も言うことができなかった。でも、彼女が自分をかばってくれたことだけはよく分かった。いつも助けてくれなかったのに、こんなときに限ってなんで助けてくれるんだろう。


「スライム……」

 気付いたときには、スライムの半身はなくなり、もう動けなくなっていた。

 メーラはどこかへ行ってしまった。たぶんまた詠唱しているのかもしれない。


「スライム……ごめん」

「どうしてあやまるの?」

「……ごめん……」

「どうして泣くの?」

「……だって……スライムが……死ぬ……から」

 こっちは泣いてるのに、スライムは笑っていた。別に何もおかしくないのに、こっちの顔を見て笑っていた。


「私は平気よ。覚悟してたから」

 覚悟とか、よく分からなかった。

 でも、スライムの顔は苦しそうでも辛そうでもなかった。


「ありがとう。あなたといられて楽しかった」

 最後にそれだけ言い残して、彼女は消えていった。


「残ったのはボクだけ……」

 ベアモンキーはいない。ゴブリンもいない。そして、スライムももういない。 


「ボクだけなんだ。ボクがやらなきゃ……」

 泣いていても誰かが代わりにやってくれることはないんだ。自分がやらなきゃ。せめて目的を果たすんだ。みんなの死を無駄にしないためにも。


「メーラを……」

 倒す。たぶんそれは無理だろう。レベルが違いすぎる。

 目的はエネミーレーダーだ。エネミーレーダーを壊す。

 

 でも。どうやって。メーラは魔法を二回使って来た。種類は同じものだった。

 もしも魔法を何発も撃てるなら、その場で倒せば良かったはずだ。でもメーラは倒さずに退いた。これは魔法を二発しか撃てないってことだ。

『一回の詠唱で魔法を二回使える。ただし同じ種類に限る』。

 たぶんメーラはこういう能力を持っているのだ。


 もうけっこう時間が経ってしまったから、詠唱は終わっていることだろう。

 だから、魔法は必ず二発飛んでくる。

 あの二発の火球を避けることができれば、勝機はあるはず。

 メーラの動きはそれほど速くなかったし、短剣も使って来なかった。

 それにメーラは魔法で倒したがっているようにも見えた。


 最大の問題はその火球をどうやって避けるかだけど。ゴブリンでも避けられなかったものをどうやって避ければいいのか。

「どうやって、避ければいいんだ……」

 逡巡している内に、思い当たることがあった。夜中にゴブリンと散歩をし、アイテム拾いをしたときのことだ。あのとき、ゴブリンが貴重なアイテムを手に入れ、自分に渡してくれた。


「たしか体の中に……」

 吐き出して舌に乗せた。

 

 これだ。間違いない。手のひらほどの大きさの青い石。ゴブリンはマジカルジェムと言っていた。魔法を一度だけ使用でき、青色は水属性だと。

 魔法の弱点は魔法なのだと以前に聞いたことがある。相手が魔法を撃って来たら同じ魔法を撃つ。これが魔導士を相手にする場合の一番良い対処法なのだそうだ。

 このジェムで使用できる魔法は威力は低いと言っていたが、メーラの魔法を相殺することはできるかもしれない。少なくともメーラ自身に当てるよりは効果的なはずだ。


「これなら、なんとか……」

 勝てるかもしれない。確信は持てない。そもそもメーラのことを知らなすぎる。

 でも、やるしかない。もう誰もいないのだから自分でやるしかないのだ。



 * * *



 メーラはずっと森の中にいた。傾斜がある若干の坂道。その上の方で仁王立ちしながらこちらを見下ろしていた。

 待っていたのだろう。右手に握りしめた杖の先端は赤々と燃え上がり、いつ来ても撃てるように準備がされている。


 付き人の姿は見当たらない。どこかに隠れている様子もない。

 一人でやるつもりだろうか。まあ当然か。こちらは雑魚モンスター。万が一にも負けることはないと思っているのだろう。

 しかし、こちらも負けるつもりはない。目的は果たしてやる。エネミーレーダーを壊してやる。


「ミミック……」 

 メーラは呟くように言うと、鼻で笑った。

「来いよ。燃やしてやる」

 挑発染みた言動だが、聞き流す。


「行くぞ!」 

 メーラに向かって走り出す。まずはかく乱。できるだけ左右に動いて狙いを絞り込ませない。

「……ちっ」

 メーラの舌打ちが聞こえる。効いているのだ。杖が何度も横に揺れている。でも、これだけで勝てないのは分かっている。ゴブリンは寸前で避けようとしたが命中していた。あの炎弾は標的を狙って僅かに動いているのだ。そのうち当てられるだろうが、時間稼ぎにはなる。今のうちに、できるだけ前へ。どうせ当たれば終わりなのだ。ダメージ量など気にしても意味はない。


「喰らええっ!」

 痺れを切らして撃ってきた。炎弾が吸い込まれるように、こちらに迫ってくる。

 赤々と燃え上がる炎が、視界を完全に塞ぐ。

 今だ。このタイミングで。


「はあああああっ!」

 マジカルジェムを炎弾に目掛けて投げた。

 そして命中する。ジェムが炎により溶けていくと、そこから水が溢れだした。

 ものすごい勢いだ。瞬く間に炎を包み込むと、白い水蒸気を発生させる。

 気付けば、炎がかき消され視界が開けていた。周りには何も影響はない。魔法同士が綺麗に相殺されている。


「そんな。こいつが何故……そうか。マジカルジェム」

 焦った様子を見せたが、すぐに持ち直し、杖を握りしめた。

「バカがっ!」

 吐き捨てるように言う。杖の先端に一瞬にして炎が灯った。

 さっきと同じだ。この炎をなんとかしない限り、こちらに勝ち目はない。


「消え失せろおおおっ!」

 炎弾が放たれる瞬間、体から舌を伸ばす。

「今更そんなものっ!」


 メーラが杖を両手に持ち身構えた。 

 もうこの舌はさっき見せた。その伸長距離もスピードも身に染みて分かっているはずだ。

 警戒を怠らず動けば手で払いのけるだけで、この舌は防げるだろう。

 

 だが、狙いはそっちじゃない。


「こっちだあああっ!」

 その舌はまっすぐ、高スピードで伸びていく。

 上へ。そう、木の上だ。そこへ逃げれば、この魔法は避けられる。

 枝へ巻き付き、しっかりと固定する。


「バカな……」

 メーラが驚く。この方法を想像できなかったのだろう。

 炎弾が迫ってくるが、舌の動きが一歩速かった。器用に巻き取りながら、宝箱の体を引っ張り上げていく。

 

 すたっと音をさせ、枝に着地する。炎弾がこんなところまで届くはずもなく、まっすぐ直進し、どこかの木に当たって燃える。


「避けた……」

 魔法を二発とも避けられた。これでもう魔法は使えないはずだ。その証拠に杖に光が灯っていない。

 メーラの方も顔から血の気が引いている。


「嘘だ……僕の魔法が……こんな雑魚に」

 急に杖を振り上げ、こちらに向けてくる。しかしもう炎は出ないのだ。無駄な抵抗だ。


「ボクの勝ちだ」

 そう言って、木の上から飛び降る。メーラの頭上まで近づくと、舌を伸ばして彼の胸元に当てる。そして地面に着地する。

 パキっと音がし、アイテムが地面に落ちる。エネミーレーダーが真っ二つに割れ、地面に転がった。


「みんな。ボクやったよ」

 スライム。ゴブリン。ベアモンキー。みんなの顔が脳裏に浮かぶ。

 涙が溢れてきて、止まらなくなる。


 そのときだった。


「……う…ぐ…」


 衝撃が走った。突然のことで自分に何が起こったか分からなかった。

 見ると、目の前に刃物の先があった。そこでようやく状況が理解できた。

 自分は刺されたのだ。背中から短剣で貫かれたのだ。


「雑魚の分際で、この僕を見下ろすなっ!」

 メーラの声が体全体に響き渡った。それと同時に染みるような痛みが駆け巡り、思わず呻いてしまった。


「この雑魚がっ!」

 短剣を捻り、更に深く突き込む。宝箱の体にいくつものヒビができ、そこから破片が零れ落ちた。

 攻撃はまだ終わらなかった。短剣を引き抜くと、更に何度も突き込んできた。


「雑魚のくせにっ! 雑魚のくせにっ! 雑魚のくせにっ!」

 体中からボロボロと破片が落ちた。空気の抜けるような音がどこかからしてくる。


「……ご……く……」

 息がうまくできない。前がかすむ。

 足音が遠のいていく。


「……う……う…」

 苦しい。気持ち悪い。

 暗い。何も見えない。

 助けて。誰か助けて。

 死にたくない。まだ死にたくないよ。


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