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ミミック⑤


「ふふっ。これで安心だな」

 光を見て笑みを取り戻したメーラは、レーダーを再び見る。


「……なっ!」

 もうすぐそこまで迫ってきている。点の動きはスムーズで常に一定。無駄がない。

 

 メーラにとっては予想外だった。

 この森を歩くのにかなり苦労していたからだ。

 少し道を逸れるだけで、地面はでこぼこ。固かったり柔らかかったりするのだ。木の根っこもある。

 そんな場所をこんなスピードで動くとは。雑魚モンスターとはいえ侮れない。


 これでは詠唱が間に合わない。

 先に奴らが襲ってくる。

 そうなればどうなるか。

 こちらには短剣があるが奴らは小さい。当てにくい。

 もしも足を狙われたら。飛び道具を使われたら。一斉に攻撃してきたら。自分はどうなってしまうのか。


「ダメだあ。もうダメだあ」

 メーラは頭を掻きむしって、その場にしゃがみ込んだ。


「それなら、ここから移動してはどうでしょうか?」

 ルナは両手を縛っていたロープをあっさり解くと、目隠しを取った。

 メーラは抜けないように強く縛ったつもりだが、本当にあっさりと抜けられた。悔しいが、今はそれどころじゃない。


「できるだけ離れて、詠唱時間を稼ぎましょう。私が案内しますから」

 メーラ様が転ばない道を選びますよ、と付け加えた。

 モンスター達が来る方向とは逆向きに歩き出すが、メーラは動こうとしない。

 

 どうやら彼女は知らなかったらしい。距離を取って詠唱時間を稼ぐ。そのぐらいのことは自分でも考えていた。

 でも、できない。ルナが黙って返答を待っているので、言うことにした。


「……僕は歩けないんだ。詠唱したまま歩けない」


 視線を逸らして、恥ずかしそうに言う。

 以前から気にしていたことだ。

 一歩でも進んだだけで、杖の詠唱が解除されてしまうのだ。

 絶対笑うだろう。それから大声で吹聴するだろうと思っていたのに、彼女は笑うことなくいつもの表情でこう言った。


「わかりました。では、私に杖をお貸しください。私が詠唱しましょう」

「ダメだ。この杖は渡せない」


 ルナは見当違いをしていた。

 別にこの杖に思い入れがあるわけではない。この杖は父様の魔具庫から持ち出したもので、父様の所有物だ。

 でも杖は渡せない。きっと彼女には理解できないのだろう。


「何故でしょうか?」

「僕の魔法で倒さなきゃ意味がない」

 ルナは首を傾けている。


「私は詠唱を終えたらメーラ様に杖をお返しします。魔法を使うのはメーラ様です。それはつまりメーラ様の魔法ということになると思うのですが」

「そういう問題じゃない」

 やはり彼女は理解できていない。


 でも要は歩けばいいのだろう。詠唱したまま歩ければ全て解決だ。

 そう、歩けばいいだけなのだ。簡単だ。前に一歩、進めばいいだけなのだ。

 そう心の中で呟きながら、足を上げる。


 杖に灯った赤い光が揺らめいた。

 ダメだ。動けない。これ以上動いたら、詠唱のやり直しになる。

 それを感じ取ってしまい、足を踏み出せない。


 そのとき、ルナが唐突に手を握ってきた。

「……ふぁっ!」

 思わず変な声が出てしまう。

 今は汗をかいていて手が濡れているし、臭いかもしれない。

 そんなどうでもいいことをつい考えてしまう。


 明らかに動揺してしまった。絶対に詠唱は失敗してしまっただろう

 そう思って杖を見ると、何故か灯った光はさっきより安定している。

 ルナが何かしたのだろうか。


「集中してください。できますよ。メーラ様は凄いんですから」

 彼女が顔を近づけ、囁くように話してくる。 

 くっ。うるさい。できるものならとっくにやっているのだ。

 できはしないのだ。どうせ自分には……。


「……あれ?」

 もうすでに一歩目が踏み込めているのだ。

 続いて二歩目、三歩目と進んでいく。杖を見れば、その光は安定どころかその勢いを増している。詠唱しながら歩くとはこんな拍子抜けするほど容易なことだったのか。


「では、行きましょうか」

 ルナが進行を促すように引っ張るので、よろけそうになる。


「おい。いつまで手を握っているつもりだ。離せ」

 無理やり手を離す。メイドに触られることなど日常でもよくあることだし、それは気に留めることじゃない。

 でも、ずっと握られるのはうっとおしいのだ。決して照れ臭かったからではない。彼女の方も気にしてはいないようで、そのまま先を進み案内をする。

 

 詠唱中に歩くことはできるようになったが、進行速度は遅い。

 森というのはやたらと歩きにくい。

 こんなことなら、冒険者用の靴でも手に入れておくべきだった。


「よし。奴らの位置は……」 

 メーラはレーダーを見て、敵の位置を確認する。

 こうやって頻繁に確認しておけば、まず見つからないだろう。モンスター達はたぶん目視なので、こちらの正確な位置は掴めていないはずだ。


「所詮は雑魚モンスター。僕にかかればこの程度の障害」

 杖を見れば、赤い光は大きく輝いている。もう少しで詠唱が終わりそうだ。


「勝てる。このまま行けば……ん?」

 敵の動きが変わった。

 こちらを取り囲むように移動している。もう目と鼻の先だ。


「おそらく香水の匂いでしょうね」

 ルナは僅かに微笑むと、メーラから距離を取った。


「ルナ。なんのつもりだ」

「私は何も心配してません。メーラ様の魔法が倒してくれるので」

 メーラ様の魔法は凄いですから、と付け加えた。


 不覚にも、ちょっとだけ嬉しくなってしまった。

 意外にも人を乗せるのは上手いのかもしれない。

 まあ世辞だと分かっていても、この場は乗ってやることにする。


「来ましたよ」

 ルナの言葉を聞き、前を見て杖を構える。

 視線の先に何かいる。獣道などものともせずに、こちらに迫ってくる。


 あれは、ゴブリンか。小鬼などと呼ばれる緑色の肌をしたモンスター。随分と小さく、体が丸い。ダンジョンで見かけなければ、愛らしい動物のようにも思えたかもしれない。


 しかし距離が近づくにつれ、考えを改めた。

 その形相が恐ろしいのだ。目が引きつり、口から涎を垂らし、その牙ですぐにも喰い掛かって来そうなほど、狂気に溢れていた。


 その距離が縮まるたび、落ち葉が舞い、木々の枝が折れていく。その勢いに呑まれそうになり、一歩ずつあとずさる。空気が動くのを感じる。あの石斧が今すぐ飛んで来たら、果たして自分は避けられるだろうか。


 だが、案ずることはない。もう詠唱は終わっているのだ。あとは撃つだけでいい。しかし、後ろからも残りの二匹が近づいている。レーダーなど見なくてもそれは分かる。魔法を使えば、その二匹はどう対処すればいい。


「ゲギャゲギャッ!」 

 鳴き出した。何故だ。何故今鳴いた。分からない。こいつは何を考えている。何をしようとしている。

 モンスターが怖い。モンスターとはこれほど恐ろしいものなのか。


「はあああああっ!」

 叫ぶ。分かっている。勇気が欲しいからだ。魔法を撃たなけば。後のことを考えている場合じゃない。撃たなければやられる。ゴブリンに、殺される。


「消えろおおおっ!」

 杖を握り締め炎弾を放つ。赤い炎がゴブリン目掛けて突き進む。

「当たれえええっ!」

 頼む。当たってくれ。


「ゲギャゲギャアアアッ!」

 当たった。威力はあまりなかったが、その分だけ命中精度が上がったのだろう。ゴブリンは寸前で避けようとしてたが、吸い込まれるように命中してくれた。

 運が良かった。魔法の出来が良くて助かった。


「……ゲギャ……」

 ゴブリンは動けない。深い傷を負っている。あの傷ではもう立ち上がることは不可能だろう。


「……はあ……はあ」

 息が乱れている。張りつめていた緊張感で胸が苦しい。冒険者達はいつもこんな緊張感の中で戦っているのだろうか。あんなのが何十匹も取り囲んで来たところを想像するだけで寒気がする。


「ゲギャッ! ゲギャッ!」

 ゴブリンが鳴き出した。まだ鳴くのか。もう動けないのに、何故このタイミングで。


「……はっ」

 咄嗟に後ろを向いた。レーダーによれば、あともう二匹いるのだ。


 そこにいたのはスライムだった。液体状で、青色の透明色。柔軟な体を上手に使い、こちらに向かってくる。

 それから、あと一匹ミミックもいる。宝箱に擬態するモンスター。普通の宝箱の蓋が半分だけ開いており、そこから二つの目が覗いている。

 

 どちらもかなりすばしっこい。目が会った瞬間に左右に跳んで視界から外れた。

 そして、右側のミミックが舌を出した。ミミックに舌があるとは知らなかったし、それがこんなに伸びてくることも知らなかった。

 避ける間もなく、その舌は上半身に巻き付いてきた。これで両手が使えない。危うく落としそうだったが、何とか杖だけは掴んだまま離さなかった。


 今度は左側からスライムが飛びかかってくる。今更だが、こいつらが連携を取っていることを改めて実感する。先ほどのゴブリンも魔法を使わせるための特攻なのだろう。おそらく詠唱時間も読まれている。

 こちらにはもう打つ手は残っていない。魔法だってもう……。


「メーラ様。アレを使ってください」

 横からルナの声がする。アレ、と言われてもすぐに分からなかった。たぶんこいつらが言葉を理解する可能性を危惧してるんだろうが、もう少し言い方がなかったのか。

 だが、このタイミングで声を出すのだから、答えにはすぐに辿り着けた。

 そうだ。『スペシャル』。こちらにはまだ杖の特殊効果が残っている。


「スラー!」

 スライムが鳴きながら飛びかかる。その寸前で尻餅を付きながらなんとか避けることに成功する。

 これで完全にマウントを取られる態勢になったわけだが、これで構わない。

 地面に座ったことで、杖の先端がちょうどミミックに向けられた。


「はははっ」

 少しだけ笑いが込み上げてきた。

 この杖の特殊効果はデュアルスペル。簡単に言えば、一度の詠唱で魔法を二回使用できるというもの。

 つまり、まだ魔法をもう一発撃てる。


「ミミッ! ミミッ!」

 ミミックが鳴く。自分に余裕が出てきたのを見て感づいたのかもしれない。


 しかし、もう遅い。

 杖の先端が一瞬で赤く輝いた。

 まずはこの舌を外す。

 そのためにはミミック。こいつに魔法を当てる。絶対に当てる。

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