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ミミック③


「うごおおおおおぉっ!」


 スライムと喧嘩してしまった。

 口汚い言い争いや激しい殴り合いなどはないが、あまり口をきいてくれなくなった。

 質問したら返してくれるし、無視はしないが、なんだかよそよそしい。


 ヨミにとっては辛かった。辛すぎて思わず変な叫びをしてしまうほどに。

 原因は分かっている。あのときのせいだ。


 それはつい先日のこと。

 その日は、みんなで果実を食べていた。

 ここマシロの森では、木から果実を採っても、一日もすればすぐにまた実る。

 森の奥にある大きな果樹が特においしいので、全員で一個ずつ分け合って、楽しい食事会をしていたのだ。


 それから会話の流れで、断末魔の叫びについての話題になった。

 話を聞くと、どうやらみんな考えていたことらしく、きかれるとすぐに答えた。

 ベアモンキーは『ぬあーーっっ!!』で、ゴブリンは『ぎょええええぇっ!』で、スライムは『ス、スラー!』なのだそうだ。

 他のみんなもすらすらと答えていく。


 ヨミは考えたことがなかった。というより、そういう発想がなかった。

 みんなに除け者にされたような、どうしようもない疎外感が、ヨミを襲った。

 だから、ちょっとした意地悪のつもりで、こう言ったのだ。


「みんなバカだ。生きてるうちに、死ぬときのことを考えるなんてバカみたいだ」

 すると、スライムの表情がかげった。

「じゃあ、勝手にすれば」

 冷ややかな口調で、そう言ったのだ。


 スライムは突き放した言い方をよくするが、この日のスライムは少し違った。

 落ち込んでいるようにも見えたし、哀れんでいるようにも見えた。


 そこからの空気を今日までずっと引きずっていた。

「なんで怒ったんだろう」

 やっぱりバカと言ったのがよくなかったのだろうか。

 これからはバカというのはもうやめよう。彼女を傷つけてしまったのだから。


「謝りたいな」

 ヨミの願いが通じたのか、スライムがこちらに向かって走ってきた。

 ぶつかりそうなぐらい近づいて止まると、ミミックの顔を見た。

「よかった。無事ね」

 肩で息をしている。


 何がよかったのかよく分からなかったが、とりあえず目標を果たすことにした。

「ごめん。スライム」

 ちゃんと謝れた。

「あのね。今はそんな場合じゃ」

「……そんな……場合…」

「……私も悪かったわ。この間はどうかしてたの。それよりも大変なのよ。あなたも一緒に来て」


 スライムは説明もなしに、ミミックを引っ張った。

 よく待ち合わせに使っている木の上まで連れて行く。

 そこではゴブリンが待っていた。

 今日は石斧をもっている。木の棒の先端に石を紐で括り付けた簡素なものだが、これを持っているということはゴブリンが本気だという証である。


「ヨミ。よく来てくれた。実はな……」

 ベアモンキーがいなくなったのだそうだ。さすがに年長者なので、誰にも伝えずにいなくなったことは前例がない。

 仲間のモンスターの話では、枝を伝って移動していたのを見たという。

 思いつめた表情で、凄まじいスピードだったと。


「方角は分かってる。他の仲間も探しているから、俺たちも行こう」

 三匹で移動を開始した。ゴブリンを先頭にして、スライム、次にミミックが続いた。

 見つけるのに、それほど時間はかからなかった。

 ベアモンキーは入口付近の幹を背にして立っていた。

 血塗れで体中に火傷の跡があり、瀕死の状態だった。


「おお。おまえたち」

 ベアモンキーは細い腕を振り上げ、いつも通りに挨拶をした。

「よく見つけたのう。見つからないように立っておるんじゃが」

 目を背けたくなるほどの重症だったが、三匹とも彼に倣っていつも通りに振舞った。


「たぶんヨミと一緒にアイテム拾いをしていたからだろうな。落ちているものを拾うのが、うまくなったんだ」 

「ふふっ、面白い冗談じゃ。なかなかセンスあるぞ」

 ベアモンキーは笑う。血がだらだらと滴り落ちている。


「どんな奴だった」

 ベアモンキーを倒した冒険者のことだ。


「あれはわしらには無理じゃ。奴は『エネミーレーダー』を持っておる」

 エネミーレーダーとは、敵モンスターを探知できるアイテムのことだ。小型で携帯できるものはかなり貴重らしく、ベアモンキー以外は誰もその存在を知らなかった。

 ベアモンキーは木の上で気配を消すことができるが、それが簡単に見つけられたということはそのアイテムの優秀さを物語っている。


「わしを見れば分かるが、奴は火属性の魔法を使う。自分のことを『メーラ』と名乗っておった。見れば、すぐわかると思うぞ。そこの道をまっすぐに進んでおる」

 質の良さそうな服を着ているそうだ。それから、側に付き人もいたという。


「あとは探知範囲じゃが、ここからあの木の辺りまで。だいたいじゃが」

 おそらく自分の身を削って範囲を探っていたのだろう。

 指し示す方向を見ると、けっこうな距離があった。


「それから、わしが死んだことはみんなには伝えなくていい」

「何故だ」

「死体が増えるだけじゃ。意味がない」

 もうそろそろだった。瀕死の状態のベアモンキーが足元から消え始めたのだ。


「ベアモンキー。ダメだよ」

 我慢できなくなって、ヨミが近づこうとするが、スライムに止められた。


「ベアモンキー。俺たちに木登りを教えてくれたこと、感謝する」

「ふふ。まあせいぜいがんばれ。わしは先に逝くぞ。では、さらばじゃ……これ一度言ってみたかったんじゃ」

 彼はどんどん消えて行き、残すは顔だけになっていた。


「ぬあーーっっ!!」

 最後に断末魔の叫びを残し、完全に消滅した。



 * * *



「消いいえろおおおぉっ!」


 杖の先端が赤く光り輝いた。

 その先端を樹上に突きつけると、できるため溜めて、大声で言った。


「ファイヤーボールっ!!!」


 声と共に、杖から火球が飛び出した。

 火球は唸りながら直進し、木に当たる。

 木の一本が火に包まれる。全体が赤く染まり、その中が嵐のように渦巻いている。

 しかし、派手なわりにはその木は燃えず、他の木に飛び火することもない。


 ダンジョンの木は燃えない、という常識がある。これは迷信や寓話の類ではなく、様々なダンジョンで試されて実証されていることだ。

 よほど捻くれた方法や、特殊なステップを踏まない限りは、冒険者が燃やすことはまず不可能。

 だが、この火球に関してはこれでいい。


「よーし。そろそろかな」

 木材が炭にならない。つまり燃料がないため、あっという間に鎮火してしまった木からボトっと音がした。

 見ると、モンスターが落ちている。

 ところどころ焦げ跡が残っており、獣という以外の判別ができない。


「さすがは僕の魔法だな。モンスターが一撃だ」

 少年は口元を釣り上げて、にこりと笑うとモンスターを舐めるように見る。

 モンスターはぴくぴくと体を揺らし、胸の辺りで心臓が動いている。


「こいつまだ生きてるな。手加減しすぎたか」

 腰から短剣を引き抜いた。銀色の柄の部分に宝石が埋め込まれた短剣。

 それをモンスターの心臓に突き立てると、捻ってぐりぐりした。


「おらおらあぁ! 死ねよおおぉっ!」

 モンスターは目に光を失い、ぴくりともしなくなった。


「さて、次に行くか」

 短剣を鞘にしまうと、左手に持っている杖を見た。

 身の丈はあろうかという長さの杖。それを眺めて相好を崩した後、後ろを振り返る。


 そこには付き人が道を遮らないように右側に立っていた。

 白と黒を基調としたエプロンドレスにカチューシャを付けた女性で、目が合わないように下を向いている。


「ルナ。どうだった?」

 ルナと呼ばれた女性は、視線はそのままで答えた。


「はい。正直な意見を申し上げますと、凄かったです。私、感激いたしました」

 それを聞くと、満足げに微笑んだ。


「ふん。僕は凄いからな」

「はい。メーラ様は凄いです……しかし、よろしいのでしょうか。モンスターはアイテムを落としますが」

 後ろのモンスターはアイテムを出していたが、メーラは確認すらしなかった。


「この僕が落ちてる物を拾うわけがないだろう。物を拾って喜ぶのは乞食だけだ」

 くだらないことを言うな、とルナを諫めると、メーラは前に進んだ。


「一つ質問よろしいでしょうか?」

「なんだ。言ってみろ」

「その杖。上質な素材が使われており、作りも丁寧ですが、それをどこで」


「ふふん。ルナ。良いところに目を付けたな。これは父様の魔具庫から僕が発見したものだ。凄いのは当然だ。この僕が発見したんだからな」

「そうなんですか……ぷっ……さすがはメーラ様」

 ルナは俯き、体を揺らしている。


「ん? おまえ今、僕のこと笑わなかったか?」

「いえいえ。メーラ様を笑うなど」

 不愉快になったメーラは、ルナを睨み付けた。


「教育が足りないようだな。おいっ! 僕が誰か言ってみろっ!」


「はい。正直に申し上げますと、イキリチビです」


「ふふん。そうさ。その通りだ。この僕こそがイキリチビ……って、誰がイキリチビだっ! 僕はイキってもいないし、チビでもないっ!」

「……ようやく認めたか」

「認めてないっ! 聞こえてるぞ。たかがメイドの分際で。さっきは凄いと褒めてたくせに。この嘘つきメイドめっ!」


 メーラは顔を赤くして、いきり立つ。

 それに対して、ルナは穏やかに対応した。


「いえ、私は嘘などついておりません。メーラ様のことを素直に凄いと思っております」

 ルナは俯き、深く息を吐いた。

 それだけで彼女が何をしようとするか予想できた。

 自分に付いてから日は浅いが少しは分かってきたのだ。

 このメイドは気が触れているのだ。頭がおかしいのだ。


 彼女は息を大きく吸い込んだ。

 そして、声を大きくして、森中に響くように言った。


「そんな大きな杖を持ち出して、五分もかけて詠唱して、どんな大魔法が飛び出すかと思えば『ファイヤーボール』。しかも格好付けて『ファイヤーボールっ!!!』って。わたしなら、そんな恥ずかしい真似できません。ぷははははははっ! 見ているだけでも笑いをこらえるの大変です。さすがメーラ様ですよっ! メーラ様凄すぎですっ!」


 それを聞くと、メーラは体をわなわなと震わせた。

 どこが笑いをこらえるだ。今、思いっきり笑っていたではないか。


「なんだと。もういっぺん言ってみろ」


「あれ? もう一度言って欲しいんですか? 五分っ! 五分ですよっ! この人ファイヤーボールに五分もかけるんですよっ! 私にはとても真似できません。五分も詠唱してたら、終わる前に眠ってしまいますから。やはりメーラ様は凄いっ! 常人はとても辿り着けないっ! 神の領域ですよっ!」


 メーラもさすがに聞いていられなくなり、ルナの両肩を掴んだ。

「やめろ。大きな声を出すな。恥ずかしい」

 こっちは耳まで真赤にしているというのに、彼女は澄まし顔だ。腹が立つ。


「ああ。すみません。羞恥心はあったのですね」

 反省どころか悪気があるようにも見えない。

 

 この女はメイドというものを理解しているのだろうか。従者は主人に尽くすものだ。

 主人の目の前で主人の悪口を大声で叫ぶ。そんなメイドは世界中どこを探してもこの女しかいないだろう。

 しかも、わりと図星なのが悔しい。無関係なら聞き流せばいいだけなのに、スルーできない。本当に悔しい。

 

 心構えがまるで足りてないこのメイドに、どんなお仕置きをしてやろうかと考えた。

 それで思いついたのが、目隠しすることだった。

 ついでに両腕も背中側で縛っておく。

 本当はこのうるさい口を塞いでやりたかったが、後が面倒なのでやめておく。

 

 たぶん縛るときに地面に抑えつけたからだろう。メイドの服が土や苔などで汚れている。手を縛られているので払うこともできていない。

 それを見ていると、少しだけ気が晴れた。


「これではメーラ様のご勇姿を目に焼き付けることができません」

「まだ言うか。この毒舌メイドめ。おまえは何も見なくていい。何もしなくていい。手も出すな。足も出すな。そのうるさい口も絶対出すな」

「それでは私はなんのためにここにいるのか……」


「父様がおまえを認めてるから仕方なく使ってやってるんだ。本当はおまえなんかいらないんだ。僕だけで十分なんだよ」

 父様がなんでこんな女を認めているのか理解できない。

 父様が許してくれたら、こんな女すぐにでも解雇してやるのに。


「わかりました。ですが、一つだけ助言させてください。その杖の特殊効果についてです。その杖の効果は……」

「知ってるよっ! だから、口を出すなっ!」

 そのぐらい調べた。この杖に他にはない特殊効果があり、それがかなり役立つことも。

 といっても、ここは初心者専用ダンジョン『マシロの森』。

 こんなところでは、まかり間違っても、その効果を使用することはないと思うが。


「ちっ。レーダーに反応があったのか。気付かなかった。メイドに構いすぎたな」

 レーダーは片手で掴めるほどの大きさだ。

 丸い形をしており、地図のようなものが描かれている。

 レーダーに反応があると、この地図に目印の点が現れる。

 今は点が北側の方に一つ。


「どうせ木の上にいるんだろうな」

 この森のモンスターはどうも木の上が好きらしい。

 冒険者にとっては面倒だろうが、こちらにとっては却って好都合。

 レーダーで目当ての木に行き、ファイヤーボールをその木に当てる。

 そうすれば、あっという間に黒焦げモンスターの出来上がりだ。

 

 さっきはかなり生焼けで息もあった。

 だから、今度は火力を上げて、中までしっかり火を通さないと。


「面倒なのは歩きながら詠唱できないところだな。さらにそこから五分……」

 五分というだけで、ルナの発言を思い出す。


「くっそー。あのメイドめ」

 むしゃくしゃする。

 もっと雑魚を狩らないと。モンスターが出てこなくなるまで、狩りまくってすっきりしてやる。

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