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モグラ③

ドゲルが横を向き、声の主を探す。


 落ち葉を踏み鳴らし、木陰から姿を現したのは一人の少女だった。ほっそりした体で、脚の露出したスウェット気味の衣装を着ている。長い髪を後ろで結っており、目鼻立ちのはっきりした顔だ。不機嫌そうに眉をさげながら、ヨミを見つめている。


「良いところなんだよ。邪魔をしないで欲しいね」

 ドゲルが鉤爪を構えるが、少女は無視してヨミのところまでやってきた。


「どうして君が謝るの?」

 座り込んで息がかかりそうなほど顔を近づけてきて。第一声がこれだった。


「君は何か悪いことした? してないよね。悪いことしてたのあいつらだよね」

「だって……」

「だって何? 理由あるの? ないよね。君はバカだよ。大バカだよ」 

「……ごめんなさい」

「謝るなっ!」


 おでこに強烈なデコピンを打ち込まれた。しかしヨミだって色々と頑張ったつもりなのだ。頑張ったうえであの結果なのだ。けど、それを説明したところで彼女は怒るだけだろう。何を言っても説き伏せられそうな謎の迫力が彼女にはある。


「あの、あなたは」

「アオリね。 すぐに終わらせるから。そこで大人しくしててね」

 そう言って立ち上がると、ドゲルに向き直った。


「なんだこいつはっ! いきなりしゃしゃり出てきやがってっ!」

 モランがムスムスしながら前に出て来た。地団太を踏み鳴らし、かなり頭に来ている。これはグランも同様だろう。と思ったがグランの姿が見当たらない。先ほどまでモランと一緒に立っていたはずなのに。彼はいったいどこに行ったのだろう。


「なにそれ? モグラのコスプレ? だっさ」

 アオリが吐き捨てるように言う。まあ、ヨミも少しは思っていた。仮面のデザインはモグラのようだし、被っている外套も茶色で毛が付いたものなのだ。加えてあの大きな鉤爪。彼らがモグラをイメージしているのは明らかだろう。


 ヨミも別に格好いいとは思わない。しかし、それを口に出して言うのはよくない。

 案の定、それはモランにとっては失言だったようで、体をプルプルと震わせた。


「ムムムーっ! 許さんっ!」

 分かりやすくキレ出すと、アオリに襲い掛かった。鉤爪をブンブンと振り回しながら、突っ込んでいく。


 アオリはそれをひょいっと躱すと、モランはバランスを崩した。最後の一押しとばかりに、その背中が片手で押されると顔から地面に転んでしまう。本当に軽い一押しに見えたが、痛々しい鈍い音がした。


「あがが……」

 打ちどころが悪かったのか、顔を抑えてのたうち回っている。なんだか見ているだけでも哀れに思えてくる。アオリは相手の気遣いも特になく、無視して前を向く。


「お仲間が痛がってるよ。助けなくていいの?」

 挑発するように質問するが、ドゲルは意に介す様子はない。あまり最初から仲間思いという感じでもなかったので、ヨミも特に不思議には思わない。


「随分と調子に乗っているようだけど」

 そう言ってアオリの体を嘗め回すように見る。そして、ニヤリと顔を歪めると、ヨミに見せていた余裕な態度で応じる。


「君は私よりレベルが低い。そのレベルじゃ私にダメージすら入れられないよ」

 それを聞いてヨミは先ほどのことを思い出した。ヨミがどんなに必死に殴ろうと、ドゲルは顔色ひとつ変えることはなく、全て受け止めていた。


 どう考えても、あれはノーダメージだった。もしもあの戦いがそのまま通じるのだとしたら、アオリには勝ち目がない。ステータスの絶対的な差は覆しようがないのだ。ヨミにはそれが身に染みて分かってしまった。このまま続ければ彼女も危険に陥ってしまう。


 それを伝えるため動こうとしたら、アオリに目で制止された。大人しくしていろと言われたことを思い出してその場に押しとどまる。

 彼女はドゲルに輪をかけて余裕綽々な態度を取ると、小馬鹿にするように鼻で笑った。


「私って大らかな人柄だから、女々しい作業は性に合わないんだよね。レベルがどうとか、ステータスがどうとか。もう訳わかんない」

 その一言がドゲルの逆鱗に触れたらしい。


「……女々しいだとっ! よりにもよって、この私に向かって女々しいと。この女はそうほざいたのかっ!」

 いきり立っていた。ポイントがズレているような気がしなくもないが、とにかく彼はいきり立っていた。こんなにも感情を揺さぶられたドゲルを見たことは今のところない。


「あっ。怒っちゃった? 女々しい人って、こんなことでもすぐ怒っちゃうんだね。気を付けよう」

 この人はたぶん相手を煽るのが好きなのだろう。生き生きとしている。

 対してドゲルはフーフーと言っている。今にも掴みかからんと言う状況だが、なんとか耐えている。


「ふん。君は私が最も嫌いな種類の女だよ。口だけは達者。身のほどを弁えない」

「あなたは自分の言うことを何でも聞いてくれる自分に都合の良い女が好きなだけでしょ。性癖歪んでるだけじゃん。そういうのを周りに押し付けないで欲しいな。気持ち悪いから」


「ムムムーっ! うるさい女めっ!」

 耐えるのは無理だったようだ。ドゲルが襲い掛かる。


 モランみたいなキレ方だが、彼よりは冷静なようだ。その証拠に鉤爪の動きは大振りではなく、相手の胸元を的確に狙っている。防御にも気を配っている。半身で構えて何か反撃をされた場合にも、右手をすぐに引いて受けられるようにしてある。


 口調とは裏腹にお互いに相手を嘗めているわけではないのだろう。二人の間に流れている空気はけっこう真剣なのだ。


「このっ! このっ! このっ!」

 息継ぐ暇のない攻撃の嵐。アオリはそれを全て躱していた。別に遅くはない。ドゲルの攻撃も無駄のない的確な攻撃だと思うのに、まったく当たらない。彼女のスピードもそれほど速いようには見えないのに。紙一重と形容すべき最小限の動き。まさか動きを読んでいるのだろうか。


 何度も何度も攻撃するが、アオリは巧みに避けていく。


それは僅かな時間ではあったが、終わりを迎えようとしていた。

アオリの後退は樹木により塞がれた。

背中がぶつかったせいか、彼女の細い体が揺らぎ、足を取られる。

それを好機とばかりに鉤爪が彼女に迫る。躊躇の一切ない顔面への攻撃。


 ヨミは思わず目を閉じてしまった。刃物が肉を貫くときの嫌な音。聞きくたくない。しかし、予想に反してその音はしなかった。


 おそるおそる目を開いて見ると、彼女は無事だ。寸前で躱したのだろう。鉤爪は彼女の頬を掠めて、奥の幹を抉っている。


 だが、見ていると震えてきた。この辺りではわりと太い幹であったが、そこにぽっかりと穴が開いているのだ。押してしまえばそこから突き崩れるんじゃないかと思えるほど、でかくて深い穴。自分は手で叩かれただけだが、爪を使われていたらああなっていたのだろうか。レベルが低いらしいから彼女でも直撃すれば無事では済まないはず。


「これで君も終わりだね」

 ドゲルの声には以前の余裕が戻りつつある。追い詰めたと思っているのだろう。今まで彼女は右と左と後ろの三方向を巧みに使い分け、攻撃を回避していた。それが木により後ろの選択肢がなくなった。さらに幹に密着しているから、あの状態では身動きが取りにくい。位置も近いから、左右どちらに動こうが対処は可能。ドゲルの考えはこんなところのはずだ。


 ヨミもだいたい同じ考えだ。あの人やばい。どうするのと思っている。


 だが、どうやらアオリだけは違うようだ。彼女は頬から流れた血をペロリと舐めている。たぶん鉤爪で切ったのだろうと思われるが獣染みている。危ない人のようにも見える。


 さらに、彼女といったらここでなんと笑みを浮かべるのだ。しかも、満面の笑み。難しいクイズを何日もかけて解き終えたようなすがすがしい顔をしているのだ。まだ何も終わってないし、このままでは永遠にクイズも解けなくなるのに。


「頑張ったじゃん。褒めてあげるよ」

「まだそんな減らず口を」


 ドゲルが舌打ちする。彼女の言葉に怒っているというより、彼女が余裕なのが気に食わないのだろう。ヨミに対する扱いや会話から察するにドゲルは女性をいたぶることで興奮する趣味でもあるのだろう。アオリも目鼻立ちの整った美人には分類されると思う。それにスタイルもいい。口ではあんなことを言いながらも、彼女をこれからどう料理してやろうかと考えているに違いない。


「ヨミくん。よーく見ててね」

 ドゲルと対峙したまま、こちらに話しかけてくる。


「あれ? どうしてボクの名前を?」

「細かいことはいいの。とにかく見てて。これから覚えていくことなんだから」


 何を言っているかさっぱりだったが、ヨミは見逃さないよう彼女を見ておく。やたらと自信があるようだし、きっと何とかするのだろう。


「そうだね。君もよく見ておくといい。この女が酷い目に遭うところをね」

 なんかドゲルの方まで、こちらに話しかけてきた。


「はいはい。もういいから。さっさとかかってきて」

 そう言って、ほいほいと手招きする。


「調子に乗るなああああぁっ!」

 叫びながら鉤爪を突き込む。素早い。そして無駄がない。一直線に喉元へ向かっていく。それを彼女はどう対処するのか。注目の瞬間だった。


「…………は?」

 ヨミは目を見開いた。彼女が宙に浮いているのだ。その選択肢は右でも左でも後ろでもなく上だった。ドゲルの頭上を取ったのだ。


 別に驚くことではないかもしれない。ヨミもかつては冒険者の虚を付き、樹上まで昇っていた。しかし、それはヨミがミミックで長くて千切れない舌を持っていたからだ。


 アオリはそれを脚で再現して見せた。瞬時に膝を折り曲げ、下半身に力を込めて一気に跳び上がった。助走など付けていない。その場で垂直にジャンプし、ドゲルの身の丈を軽々と跳び越えて見せた。


 もちろんヨミは今までこんなことができる人間だと見たことはなかった。もしも冒険者の中にいたなら、マシロの森にいたときにすでにミンチにされていたことだろう。いったいどんな強靭な足腰をしてれば、あんなことが可能なのだ。


 ドゲルも一瞬だけ呆けたが、すぐに天を仰いだ。仮面で判別はできないが、たぶん酷い顔をしているだろう。予想などできなかったはずだ。できていたなら、もっとやりようがあったに違いない。


 それに加えて更に驚くべきことが起こる。彼女は宙に浮いたまま、幹を蹴り上げ、他の樹木へ移動したのだ。もう訳がわからない。なんなんだあの人は。


 そして、更にその樹木も空中で蹴り上げ、移動を開始する。向かうは馬鹿みたいに天を仰ぐドゲルの元へ。 

 その背中は完全にがら空きであった。スピードもかなり乗っている。地面に下降気味なので体重まで乗っている。彼女は体を反転させながら、脚を突き出した。いわゆる跳び蹴りを放とうとしていた。


 ドゲルは反応などできようはずもない。彼には何も見えていない。完全に死角だ。長く引き締まった二本の脚は、研ぎ澄まされた槍のように背骨の辺りを突き刺した。


「……あ……が……」

 息が止まるほどの衝撃だったのだろう。その背中は湾曲し、その胸は膨らむように反り上がった。骨が軋む音が聞こえそうなほど、ダメージを受けているのが分かる。そのまま体を支え切れずに目の前の樹木にぶつかる。おそらく先ほどのドゲルの攻撃のせいだろう。樹木までも衝撃に耐えきれずに穴の部分から崩れて倒れていく。


 見計らったように、彼女がドゲルの背中を蹴り上げて空中で反転しながら、地面に着地する。というか、彼女は滞空時間が長すぎないだろうか。


 ドゲルは見るも無残な姿だった。折れた樹木を抱くように横になっている。生きているのかすら不安になったが、胸部が上下している。どうやら息はあるようだ。


「卯月っ!」

 なんか今さらになって、アオリは技名を叫んだ。もちろん、聞いているのはヨミだけだろう。何故なら、立っているのは自分だけなのだから。


 そう思っていたのだが、その判断は間違っていた。ヨミの後ろから何者かの声がしたからだ。

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