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モグラ


「ごめんなさい」


 ヨミが頭を深く下げる。それを見てランドとハシルクは頭を掻く。やりにくい。こんな態度に出られると、二人はどう答えるべきか分からない。


「まったく。なんで謝るんだよ」

「そうだ。俺たちは赤の他人なんだ」

 その通りだ。彼らにとっては自分など赤の他人でしかない。


 だが、命の恩人なのだ。彼らがいなければ自分は生きていなかった。今の自分はここにはいなかった。本当に感謝してもしきれない。

 それなのに。彼らにはまだ何も返せてはいないのに。自分の勝手な都合で町から出て行こうとしているのだ。それはあまりに不義理で最低な行為だろう。


「ボクはクズ野郎です。生まれてきてごめんなさい。家に住んでごめんなさい。ベッドを使ってごめんなさい。服を着てごめんなさい。ご飯を食べてごめんなさい」

「まあ、落ち着けって。ほら、パンの耳だぞ」

「こんなんじゃ騙されません……食べますけど。ぱくぱく」

「ほら、もう一つどうだ」

「ぱくぱく。ぱくぱく」


 一本ずつ着実に減らしていき、最後には袋の中身が空になっていた。しかも、いつの間にかギルドの中にいる。どうやらパンの耳を餌に誘導されていたらしい。二人ともヨミの扱いに慣れてきている。


「おまえはどうして町を出るんだ。言ってみろよ」

「……コウヨウの弟子になるためです」

「良かったな。きっと強くなれるぞ」


 魔法やスキルを身に着けたい場合は名のある者に師事をする。これがもっとも効率よく能力を上げる方法だからだ。戦闘に限らず他の職業でも全て同様である。ランドとハシルクもかなり小さい頃に師がおり、戦闘の手ほどきを受けたとか。

 要するにヨミがやろうとしていることは誰も通る正当な道筋なのだ。ただしその師匠が悪名とどろく『死体蹴りのコウヨウ』だから邪道になる。それだけの話だ。


「こんな知識を得られたのも全てランドさんが図書館で本を借りてくれたおかげです」

「身元を証明できなきゃ本を借りられないからな。仕方ないだろ」

「ボクはランドさんがいなければバカでした。無知で愚かなクソ野郎でした」

「ダメだな。二袋目に突入しよう」

「そう何度も同じ手には……食べますけど。ぱくぱく」

 受付のところまで行くと、そこではセーラが待っていた。


「大丈夫? ちゃんと寝れた? 忘れ物はない?」

「ボクのことは気にしないでください」


 この町から出ていくことは決まっている。ランドとハシルクにはきちんと話した。あとはヨミの心持ち次第だ。


 セーラが話があるというから、ヨミはわざわざギルドに来ている。


「ランド達のことを気にしてるのよね。でも、あの二人ってあなたが来る前から貧乏なのよ。たぶん冒険者に向いてないんだと思う。だからね……」

「いいから話を進めてくださいっ!」

 それを聞くと、セーラが苦笑いする。


「ヨミくん。私のこと嫌い?」

 ヨミは頬を膨らませる。


「ランドさんとハシルクさんを悪く言わないでください。イヤですっ!」

 そう言って、ぷいっと横を向いた。

「うーん。悪口のつもりはないんだけど……わかったわ。気を付ける。だから、話を聞いてね」


 ギルドには初心者クエストというものがある。いわゆるチュートリアルでこれから冒険していくうえでの心構えなどを同時に学ぶ。セーラはそれをヨミに受けさせようと考えていた。    

 そのクエストとは荷物運び。あるアイテムを特定の町のギルドまで届ければクエスト完了。とても簡単である。


「こういうクエストは複数を一気に引き受けるのが基本なんだぜ」

 ランドが横から口を出す。クエスト報酬は普通のものより劣るので複数を受けないとやってられないのだろう。


 このクエストを受ければ、少ないが旅費の足しにはなる。ヨミは冒険者ではないが、名前はランドのものを使うので問題はない。


 ヨミは引き受けることにした。腰のところに道具袋を括り付けられる。中を確認してみると、鉱石みたいなものが詰まっている。あんまり重くはないので歩くときも邪魔にはならない。


「それともう一つ」

 セーラはランドとハシルクに席を外して貰った。

「ヨミくんはステータスのことは知ってる?」

 なんとなく話には聞いたことはある。セーラの言いたいことにもおよその察しは付く。


「ボクが雑魚ってことですよね」

「雑魚なんて。自分のことを卑下するものじゃないわ」

「でも、そうなんですよね」

 さんざん言われたからよく理解してる。人間になってもそれは変わらなかったのだろう。


「ごめんね。確認のために、こっそり見ちゃったの」

 セーラはヨミにもステータスを見せた。


 名前:ヨミ

 レベル1

 攻撃力:2 防御力:5 素早さ:4 魔力:2 精神:2


 低いというのは分かる。セーラの表情からもそれは読み取れる。

 セーラが言うにはレベルを上げる方法は、モンスターを殺して経験値を得るしかないそうだ。

 まあ、冒険者たちが無意味にモンスターを狩ってはいないことは知っていた。


 モンスターを殺さなけば強くなれない。その事実を改めて自分に突きつけられると、悲しい気持ちになる。自分もこれから強くなるにはモンスターをたくさん殺していかなければならないのだろうか。正直なところ、気はすすまない。


「コウヨウがなんとかしてくれると思うから、これからのことは心配してないの。でも、問題はそこに行くまで。パラズの町に着くまでが心配なのよ」


 当然だが、昔からレベルの低い者は賊に狙われやすい。とはいっても、ヨミは子供の姿だ。金目のものを持っているようには見えない。他に金持ちでいかにも油断してそうな人は探せばいくらでもいるんじゃないだろうか。

 しかしセーラの顔は深刻そうだ。向こうの方で座っているランドとハシルクを見ると目を細める。そして今度はヨミの体中をじろじろと見ると、はあと溜息を吐いた。


「やっぱり護衛を付けましょうか。せめてパラズの町に着いて、コウヨウに会うまで」

「必要ないですよ。一人で行けます」

 これ以上迷惑はかけたくはない。セーラは優秀な冒険者を付けるというが、ランド達以外の人間と歩きたいとも思わない。


「これを渡しておくわね」

 代わりに差し出してきたのは小型の爆弾だった。ギルドで貸し出しているが、本来は錬金術師が使っているもの。相手の魔力に反応して爆発するそうだ。威力にはムラがあるが、目くらまし程度にはなる。これだけは持っていてくれとセーラに念を押された。

 ヨミは持っておくことにする。


「気を付けるのよ。危なくなったら、大きな声で助けを呼ぶの」

 セーラは思いのほか心配症な人なのかもしれない。


 パラズの町は近場だ。歩いても日が暮れる前には到着できるだろう。それにコウヨウはこの町によく訪れるし、ランド達と永遠にお別れというわけでもない。だからランド達も戻ってきたときのお土産の話などをしてくる。気楽なものなのだ。


 ヨミも少しだけ気分が楽になってきている。ランドとハシルクの前では随分と取り乱してしまったし、恥ずかしいところも見せてしまった。両手に有り余るほどのたくさんの迷惑もかけてきた。でも、そうした迷惑もこれからはかけなくて済むようになるのだ。


 コウヨウは自分のことを大きく変えてくれる。そんな大きな期待感をあの男は抱かせるのだ。

 それにどこかで働く機会もあるだろう。そのとき金を貯めて、二人に返そう。そんなことも考え始めている。


「あなたが無事なことを祈っているわ」

 セーラは神にお祈りまでしている。両手を組み目を閉じて難しい言葉を紡いている。

 さすがにそこまでしなくても。それほど不安か。子供が一人で町に出るだけで、神の力が必要になるというのか。


 まあ、何事もない。すぐそこだし。

 少しだけ不安になってきたけど。



 * * * 



(……ウソ……でしょ)

 残念ながら嘘ではなかった。

 ここは森の中。目の前には怖い男の人。どう考えても無事ではない。危ない状況である。

 

(おかしいな。早すぎる)

 まだ一時間も歩いていないのだ。スベリの町は勇者の生まれた町と聞いていたのに。町を少し離れただけでこの有様。もしやこの世界は魑魅魍魎の跋扈する無法地帯なのか。嫌すぎる。帰りたい。家に帰ってベッドで寝たい。


「どうした? 怖気づいて声も出ないか」

 何か喋っているので、前を向いてみる。

 目の前には怪しい男が三人。どう怪しいかと言えば、彼らは皆一様に仮面を被っている。右手には三本の鉤爪。地面に届きそうなほど長く、一本ずつがかなり太い。それから頭巾を上から被っている。


 先ほど喋ったのは右側の男。背が低くて丸い体形をしている。左側も似たような体形。中央に立つ男は細身で背が高い。あと髪が長いのか横の方から見えている。この男がきっとリーダーなのだろう。仮面を被ってはいるが、余裕綽々の笑みが透けて見える。

いかにも悪者というオーラが出ているのも特徴だ。道で見かけたら確実に避けて通るだろう。


 ヨミはとにかく話をすることにした。ただ襲いたいだけなら、とっくに襲われている。相手はモンスターではなく人間なので話し合えばお互いの妥協案ぐらい見つかるかもしれない。


「聞いてもいいでしょうか? 何故ボクは襲われているのでしょう?」

 自分を襲うことで向こうに何のメリットがあるのか。そこが知りたい。


「こいつ自分の立ち場を分かってんのかっ! そんなの教えるわけないだろうがっ! バーカっ! バーカっ!」

 これは左側の男だ。声も高いし、動きも大袈裟で子供っぽく見える。


「まあまあ落ち着くんだ。モラン。それとグランもね」

 中央の男は横の二人を宥める。初めて喋ったけど、この人もわりと声が高い。

 それからヨミのことを見て、ウンウンと頷く。


「なるほど。ヨミくんって言うんだね」

「……なっ! どうしてボクの名前を」

「ふむふむ。レベル1。ステータスは全て一桁」

 エネミースコープか。ランドとハシルクも使っていたものだ。たぶん仮面の中にそのアイテムを仕込んでいるのだ。


「君はあれかな。モンスターを殺すのが怖いのかな。そういうタイプの人?」

 質問をしてきた。しかし話し合いを始めたのはこちらなので仕方なく応じる。


「怖いって意味がわかりません。ただモンスターを殺したくはありません」

 そこで男が仮面越しに二ヤっと笑うのが分かった。


「いいね。まるで純潔を守り抜く乙女のようだ。その無垢な瞳。たまらないよ」

 ヨミは身震いした。気持ち悪い。初めてだ。こんな悪寒を感じるのは。

 この人はヤバい。なんか自分のセンサーがビリビリくる。そもそも乙女とはどういうことだ。自分は乙女どころか女ですらないのに。


「ボク、男ですよ」

 誤解を生まないようにはっきりと言ったつもりだ。それなのに、男の気持ち悪さは収まるどころかますますヒートアップしている。


「ふふふ。ごめんごめん。君は男の子だったね。私が悪かったよ。許してね」

 何がおかしいのか。こちらは真面目に話しているのだが。

 そう思っていると、グランがヨミの疑問に答えてくれた。


「そんな男物の服を着て。それで対策できたつもりか」

 つまり少女が襲われないように男性のふりをしている。彼らはそう考えているということか。ややこしい。もう少しストレートにものを考えられないものか。


 セーラの心配もこれだったのだろう。

しかし、こんなあからさまな輩が出てくるとは思いもよらなかった。

 とりあえず逃げた方がいい。明らかに話が通じそうにはない。

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