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初クエスト

 

「うごおおおおっ!」


 驚いてしまった。ヨミがふらっと町を散歩して家に戻ってみると、ランドとハシルクが跪いて奇声を発しているのだ。床をバンバンと叩いたり、頭を打ちつけたりもしている。あまりに芝居がかっているので、何かのサプライズイベントでも始まったのかと思った。


 とにかくヨミは理由を聞いてみる。

 すると、二人はこう答えた。


「ダメだあっ! おしまいだあっ!」

「この世の終わりだっ! 終焉は近いっ!」


 この人たちは何を言っているんだ。二人とも気が動転しすぎだ。

 それから少し時間が経過。なんとか正気を取り戻した二人に事情を聞くと、問題はギルドについてのことのようだ。


「クエスト失敗?」

 聞いたことのない言葉に、ヨミは首を傾げる。

「ああ。俺たちはクエスト失敗しそうなんだよ」

 意外と簡単そうな上に報酬もよかったので、他のクエストとついでに受けてしまった。だが、それがなかなか上手く行かず、期限は明後日までに迫っているのだと。


「事情は理解できましたが、クエスト失敗するとどうなるんですか?」

「ランクが落ちるんだ」

 冒険者にはランクが設定されており、高くなるほど様々な特典を得られ、またより報酬の良いクエストを受けられるようになるそうだ。

 そのランクが落ちるとなれば、冒険者としてはショックだろう。


「地味なクエストを毎日コツコツとこなしていたのに、たった一度の失敗で振り出しに戻ってしまうとは。冒険者とはなんと理不尽なのか」

 ハシルクが嘆く。しかし、ギルド側の事情もわからなくはない。失敗してもペナルティがないのなら、冒険者の中には全てのクエストを受けるような人も出てくるはずだ。そうなれば無責任なクエスト失敗も増えて、ギルドの信用もガタ落ちする。

 許される失敗が一度のみというのは大きなペナルティだが、それも過去に前例があったため、規制が厳しくなったのかもしれない。


「どんなクエストなんですか?」

「猫を捕まえるんだ」

 ランドが情けなさそうに頭を抑えた。

「猫を捕まえるだけの簡単なクエストのはずだったのに。クソっ! こんなことなら受けるんじゃなかったぜっ!」

 腹立ち紛れに側の机を蹴り飛ばした。その机が倒れて大きな音が部屋の中に響く。三人の中で微妙に暗い空気が漂った。誰もが喋らなくなり、部屋にいるだけで息苦しくなった。


(本当に悩んでるんだな)

 ランド達だって悪ふざけで冒険者をやっているわけではないのだ。それは彼らが生きるため、生活していくためにやっているというのもある。だが、それ以上に彼らが有名になってチヤホヤされたいといった不純な動機で行動しているようには思えないのだ。もっと冒険者でいることそのものに意味を見出しているような、そういう印象を彼らから受けるのだ。


 ランドとハシルクは悩んでいる。それはとても悲しいことだ。しかし不覚にもヨミは少しだけ良い気分になってしまった。何故なら、これはチャンスだからだ。自分が彼らの役に立てる。大きな恩をほんの少しでも返すことができるまたとないチャンスだからだ。


「クエストは猫を捕まえることでいいんでしょうか?」

「そうだぜ。それであってる」

 ランドが答えてくれたので、これで確認は取れた。

「じゃあ、諦めるのはまだ早いですっ! ボクも手伝いますから、みんなで捕まえましょうよっ!」 

 二人を元気づけようと、できるだけ明るい声で話した。ランド達はそれを聞くと、喜ぶというより驚いていた。


「その申し出はありがたいが、猫は見かけ通り素早い。おまえに捕まえられるのか」

「その点は心配いりません」

 ヨミは胸を叩くと、部屋の中心に移動した。それから軽い準備運動すると、立ち上がって天井を仰いだ。

「見ていてくださいよ」

 そう言って、ヨミはジャンプした。天井すれすれまで跳び上がると、くるっと一回転。そして元の位置に着地した。

 二人を確認すると、彼らは口を大きく開けたまま固まっている。声も出さない。


(もう一つやってみよう)

 今度は物欲し竿を用意し、部屋の中間の高さにかけた。ヨミはひょいっと物干し竿に跳び乗ると、その上を歩いて移動した。更に竿の上で逆立ちにもなってみる。竿がギシギシと音を鳴らすが決して折れることはない。ヨミは重心に気を付けながら、端から端まで移動していく。

 逆立ちの状態で二人を見下ろすと、彼らは驚いている。


(やった……) 

 本を読んでいた甲斐もあり、人間たちの常識にもだいぶ馴染んできた。これは人間でもあまりできない。凄いことなのだ。この身軽さがあれば猫だって捕まえられる。そういうアピールはしっかりとできているようだ。

 彼らの様子を見て満足したので、二人のところまで降りた。


「お見事。まるで曲芸師のようだったぞ」

 ハシルク達が手を叩き、賞賛してくれた。

「えへへ。練習しました」


 人間の体でどこまでのことができるのか、試しておきたかったのだ。

 それにこれは前から得意分野でもある。ミミックの頃は宝箱の体で木に登り枝を渡っていた。しかも、あの体には多くのアイテムが詰まっていたから普通よりも重かったはずだ。その影響か人間になってから体が羽根のように軽い。もっと練習を積めば色々なことができるかもしれない。練習の成果をこんなところで披露し、二人の役に立てるのならこれほど嬉しいことはないだろう。


 この技を見せたことで、二人からも了承が得られた。


 次の日の朝から行動開始。まずはその猫をよく見かけるという通りの端で話し合う。猫は黒猫。普通の猫よりし少し体が大きいのが特徴なのだそうだ。まあ、この町にそれほど多くの猫がいると聞いたことはないので、すぐに見付かるだろう。


「それでどうやって誘き寄せてるんですか?」

 今まで二人は猫をアイテムにより引き付けて捕まえようとしていたというのだ。


「これだ。いつもこれを使っている」

 取り出したのは鼠の玩具であった。灰色で丸いフォルム。ボタンを押すと、目が光ってチューチューと鳴き声がする。動きはしない。温もりもない。柔らかさはある。あまり言いたくはないが、かなりチープ。本当にアイテムなのだろうか。


「ネコノームというアイテムで、猫が好むそうだ」

「効果はどのくらいあるんでしょうか」

「それがよ。最初の数日は効果があったんだが、それ以降はさっぱりなんだぜ」

 単純に考えれば、猫が偽物だと見抜いてしまったのだろう。そりゃあ数日も同じところに鼠が置いてあったら不自然だと思う。むしろこういうものは小動物の方が敏感なはずだ。


 三人は考えてみる。猫がこの町のどこにいるのかを探る能力は誰も持っていない。やはり方法としては、何かを使っておびき寄せた方が容易だし効率も良い。しかし、このアイテムは使えない。他に代わりになるものと言えば……。


「そうだ。魚なんて良いんじゃないでしょうか」

 ヨミは自信ありげに言ったが、二人の顔は訝しそうだ。聞けば、猫が魚を好むのは倭々国だけの話だそうだ。しかし、ここで会話していたところで事態が進展するわけではない。

 三人はとりあえず魚を調達するため、ある場所へ向かうことにした。

 そのある場所とは。


「あわあわ」

 あわあわ言ってる。慌てている店員だ。

 ここは先日、コウヨウが食事に利用していたところだ。前は漢字を読めなかったが、店の名は『道楽』という。


「コウヨウは今日はいませんよ」

 店員は勘違いしているが、今日の用事はコウヨウではなく店員の方だ。

「あの、折り入ってご相談があるのですが……」

 三人は横並びに立つと、店員を凝視した。店員はちょっと怖くなってお盆で顔を隠した。しかし、それに構わずヨミ達は膝を付き正座の姿勢になる。そして頭を地面に打ち付ける。これぞ倭々国の流儀『土下座』である。これをやるとどんな相手も頼み事を聞いてくれるのだ。本に書いてあった。


「あわあわ。何事でしょうか」

 その慌て方は正しい。店に入るなり客がいきなり土下座をしてきたら普通は焦る。

「どうか、ボクたちに魚を恵んではいただけないでしょうか」

「へ? 魚? 食べるんでしょうか」

 ヨミは心の中では食べたいと思っていた。魚など生まれてから一度も食べたことがないのだ。それにコウヨウが鮭を食べているときも芳しい香りが部屋の中に広がっていた。あれを思い出すだけで涎が垂れてくる。もしも恵んでもらえるなら自分にも恵んで欲しい。しかし、今はそれどころではない。遠慮する。


「はい。食べます。猫が」

 ようやく合点が行ったのか、店員が手を叩いた。


「猫さんですね。それなら、こちらを」

 渡されたのは褐色の棒切れだった。かなり堅くて触れてみるとざらざらしている。これはいったい何だろう。ひのきの棒の亜種だろうか。

 

「鰹節と言って、鰹を乾燥させたものです。猫さんの好物なんですよ」


 なんと何も言わずとも好物まで選んでくれたようだ。気が利く店員だ。いつか食べに来よう。みんなでお礼を言って頭を下げた。店員は慌てていたが、その慌てた様子すら愛らしく思えて来た。


 そして再び元の場所へ。鰹節を置いてみる。ヨミはそれを少しだけ齧ってみたかったが、二人に怒られたのでやめた。猫を待ってみる。けっこう待っていたと思う。この方法は割と非効率だと思い始めた頃、そいつは急にやってきた。


「にゃあ」

 鳴いている。捻りのないベタな鳴き方だ。普通より大柄な黒い猫。たぶん標的はこいつで間違いないだろう。わりと警戒心が強いのか慎重に近づいてくる。だが、ちょうど人気がないのが幸いしてか、逃げ出す様子はない。このまま行けば餌に食いつくのも時間の問題だ。


「来たぜ。どうする?」

「よーしっ! ヨミ。ランド。フォーメーションBだっ!」

「え? それなんですか?」

「……いや。言ってみただけだ」


 三人とも誘き寄せるところまでしか考えていなかった。この後はどうするか。それは今から考える。

「にゃあ」

 そうこうするうちに奴が鰹節を口に加えた。落ちてるものを拾って自分のものにするなんて悪い奴。その行為は完全にネコババだ。ヨミはまったくこの猫の悪口を言える立場にないが、これだけは言わせて欲しい。自分もあの鰹節を齧ってみたかった。要するに、ただのやっかみである。


 三人は奴が動き出す前に三方向から取り囲む。なんだ。猫など所詮はこの程度か。そう思っていた矢先、猫はランドの股を抜け、そのままダッシュ。ためらいのない華麗な股抜きであった。


「うおおおっ! やられたああっ!」

 ランドが悔しがる。だが、今はそんな場合じゃない。ここで奴を見逃せば作戦は失敗だ。美味しそうな鰹節も無駄になってしまうのだ。クエストも失敗し、二人のランクも落ちてしまう。


「絶対に逃がしませんっ!」

 やる気を出して猫を追う。それに付き従うランドとハシルク。奴の尻尾はまだ見えている。このまま行けば街の大通り。逃げ場などない。勝機はある。

 だがそれを見抜いたのか、猫は方向を変えて路地裏へと駆けた。向こうの道は入り組んでいる。見逃せば取り返しがつかない。


「俺は裏から周り込む。二人はそのまま奴を追うんだ」

 ハシルクが支持を出すと道を逸れて走り出す。二人は頷くと猫を再び追いかける。


(もう少し……)

 あと少し速ければ届くような気がするのだ。けれど届かない。距離は離されているわけではないし、体力にも余裕はある。このまま粘れば。頑張って走れば。

 そう思っていたとき、猫が立ち止まり後ろを振り向いた。こちらの姿を確認すると、横を向き方向転換。道を変更した。


「あっ、ちょっとまっ!」

 ヨミは慌てたが、時すでに遅し。立ち止まって道を見る。猫が入ったのは、人間にはとても道と呼べるものではなかった。建物と建物の間の隙間だ。ミミックだった頃でも、こんな道はなかったし、通ることもできなかっただろう。


「くっそー。もう少しだったのにっ!」

 ランドが壁を蹴りつける。その悔しそうな顔を見るだけで、ヨミは胸が痛くなった。ランドは泣いてなんかいないのに、自分だけ目が潤んで視界が歪んできた。


「ボクが行きます」

 ヨミが決意するように言った。


「いや、これはさすがに無理だろ」

「いえ、ボクの体なら行けるはずです」

 なんの根拠もなかった。それに自分も入ったらつっかえるように思っている。ランドもやめとけと言ってくる。しかし、ヨミは譲らなかった。


「お願いしますっ! 行かせてくださいっ!」

 そう言ってヨミはランドの制止を振り切り道に体を突っ込んだ。上体を逸らせながら、上手に隙間に入っていく。

 前には猫がいる。良かった。まだ逃げてはいない。誰も追いかけて来なくなったので油断していたのだろう。


 更に体を押し込める。肉が食い込むし、骨も堅いところに当たって痛い。壁にこすれて血が出てくる。

 蒸し暑い。頭から流れ出る汗が血と混ざり合った。体がざらついて気持ち悪い。遠くの方でランドの声が聞こえるが何を言ってる分からない。頭がぼんやりしてきた。


 先ほどからメキメキと音がしているのはなんだろう。これは自分の体から出ているのだろうか。だったら、ヤバそう。でも、気にしてはいられない。もうちょっとなのだ。あともうちょっと手を伸ばすだけで。

 しかし猫だって馬鹿ではなかった。ここまで近づかれたら気付いてしまう。動きも遅かったし、鈍い音もしていたし、揺れもあった。バレバレだ。


 逃げ出す準備を始める。


「ま、まって……」

 この猫が逃げ出してしまえばクエスト失敗してしまうのだ。そうなれば二人は悲しむ。そんな姿を見るのは自分には耐えられない。想像するだけで胸が痛んでいく。これがさらに膨らんでいったら自分はどうなってしまうんだろう。

 だが、言ったところで猫が待ってくれるわけはない。尻尾に一瞬だけ触れることはできたが、するりと躱され前に進んでいく。


 そのときだった。


「……え?」


 ヨミが伸ばす手の辺りに魔法陣が現れたのだ。掌ほどの大きさで黒い魔法陣。見ると、猫の体にも似た模様の魔法陣が現れている。

 猫が固まったまま動かない。いったいどうしたというのか。それに自分の体の様子もさっきからおかしいのだ。するすると壁が抜けられていく。体が柔らかくなっているのか。いや、そんなレベルでは到底説明はできない。


「やった……」

 猫をタッチする。離れないようにしっかりと抱きかかえる。猫は動かないが、ただの屍ではないようだ。ちゃんと生きている。そして、そのまま前に進んで隙間から出て来た。

 気が付けば魔法陣も消えている。先ほどは誰かが助けてくれたのだろうか。そんな知り合いに心当たりはないけど。


 遠くの方でハシルクが見える。こちらに気付くと、すぐに駆け付けて来た。

「見てください。猫ですよっ!」


 黒猫を両手で上げて見せた。喜んでくれると思ったが、ハシルクは猫のことを見ていない。ずっとヨミのことばかり見ているのだ。


「おまえ、体が酷いことになっているぞ」


 ヨミは自分の体を見てみる。体中が血でベトベトだ。布に滲んで黒い染みになっている。今も血が滴り、ポタポタと地面に落ちている。ちょうど白い服を着ていることもあり、かなり目立つ。


「うわああああっ!」

「やっと気づいたか」

「これセーラさんが仕立ててくれた服なのに、こんなに汚しちゃったっ!」

「いやいや、そこじゃないだろっ!」

 そんなことを言っていると、ランドも駆け付けて来た。こっちも猫のことを見ないで、ヨミばかり見ている。


「バカかっ! だから、無理だって言っただろっ!」

 ランドはあまりの惨状に目を覆ってしまう。


「こりゃ骨が折れてるな。早くギルドに戻ろう。魔法で治癒してもらうんだ」

 ハシルクが引っ張るが、ヨミは踏みとどまる。


「そんなことよりも、これを見てください。猫ですよっ! 猫っ! 猫っ! 猫っ!」

 必死になって猫を見せる。振り回された猫が「にゃあ」と鳴き出す。先ほどから猫を抱きかかえていたおかげで、その頭も血と汗で湿っている。


 二人は顔を見合わせると、ヨミの頭をポンポンと叩いた。


「ありがとな。俺たちのために」

「おまえのおかげだ。これでクエスト達成できる」


 ランドとハシルクが喜んでくれると、ヨミは胸の内が熱くなるのを感じた。これで良かったのだ。自分がやったことは間違いじゃなかった。そう思えた。


「……うぐ。良かったです。本当に良かった」

 ヨミの目からぼろぼろと涙が零れ落ちて来た。


「おい。大丈夫かよ」

「うわああああんっ! 体がいたいよおおおおぉっ!」

「やっぱり痛いんじゃねーか。おまえは限度ってもんを知らねーんだよ」

「……だって……だって……」

「こら。擦るなっ! 目に血が入るだろ。すぐにギルドまで行くぞ。歩けるか?」

「できます。歩けますよ」

 そう言いつつも、ヨミの両足はガタガタと揺れていた。


「俺が連れてくるよ」

 ランドがギルドまで走り、僧侶を呼びに行った。

 それから、ヨミはすぐに治療してもらい、クエストも無事に達成。事態は丸く収まった。

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