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死体蹴り③

 二人の同意は得られたので、ヨミ達はコウヨウの後を追いかける。


 大通りを走って抜けていくと、コウヨウの姿が確認できた。先ほどのようにゆっくり移動している。悪党らしいが悪びれる様子も周りを警戒する様子もない。しかし、万が一のことを考えて、ヨミ達はこそこそしながら後ろをつける。


「今なら後ろから石をぶつけられるんじゃねーか」


 ランドが悪ガキっぽい笑みを浮かべる。本当にそう思えるぐらいコウヨウは隙だらけということだ。けれど、石程度で倒せるとはとても思えない。もしもぶつけて倒せるなら上級魔法ぐらいの威力はいるだろう。

 角を右に曲がったので、こちらもさっと角まで移動して右を覗く。


 コウヨウはちょうど建物に入るところのようだ。

 三人は駆け寄って建物の前に立つ。建物はお店のようで、そばには看板が立っている。


「これなんですか? お皿にナイフとフォークが……」

「レストランだな。飯を食うところだ」

 他の店にも同様の看板が立っており、それぞれ絵柄が違う。こうやって店の種類を判別しているということだろう。


「それなら、あの上に書いてある文字は?」

「あれは漢字だな。倭々国で使われている文字だ」

 本で読んだことがある。遠い東には倭々国と呼ばれる島国があり、そこでは世界中でも類を見ない独自の文化が築かれていると。

 言われてみると、この建物だけ他のものとは造りからして違う。これが俗にいう倭々風という様式なのか。よく知らないけど。


 とにかく三人は店に足を踏み入れてみる。中は薄暗い感じで、提灯のおかげでぼんやりと明るい。

 入口は狭く、ここからでは奥を覗くことができない。というか、コウヨウはあの巨体で、この入口を通れたのだろうか。

 奥から店員がやってきた。赤い着物姿の女性だ。袖が捲くられており、手には丸いお盆が握られている。


「あわあわ」

 あわあわ言ってる。何をそんなに慌てているのだろうか。

「三名様でよろしいでしょうか?」

 微妙にイントネーションが違う。訛りがあるようだ。

「あの、コウヨウはこの店に来てますか?」

 言ってから気付いたが、コウヨウはお尋ね者であった。店員が客の居所についてベラベラと話すわけはない。


「あなた、お名前は?」

「ボクですか? ヨミです」

「ヨミ……」

 そこで店員はクスっと笑った。ちょっと不愉快である。

 頬を膨らませていると、店員が慌てながら説明した。


「あわあわ。誤解させたようですみません。ヨミは倭々国で死者の世界を意味する言葉なんです。だから、面白いなあって」

 よく分からないが、店員はヨミのことを気に入ってくれたようだ。

「お隣の席にお通ししますね」


 靴を脱いでから畳の上に腰掛けるのは何とも落ち着かない。仕切りを挟んだ隣の席ではコウヨウが胡坐を掻いて座っている。

 机には山盛りのご飯。汁物。漬物。それから焼き魚。あれは身の色からしてきっと鮭だろう。


「いただきます」

 コウヨウが手を合わせる。倭々国の流儀のようだ。

 そして箸を手に取り、ご飯を食べ始めた。


「おいおい。コウヨウの奴が飯を食ってるぜ」

「意味が分からん。奴は何がしたいんだ」

「いえ。意味は分かりますよ。飯を食べに来たと言ってましたよ」

 聞き間違いではない。はっきりと宣言していたはずだ。それでもこんな店で食べるとは思っていなかったが。


 その食べ方は普通だった。そう、普通なのだ。いきなり机を食べ出すとか、手持ちの肉を食べるとか、店員さんを食べるとか、そんなオチもない。右手に箸を持ち、左手で汁を飲み、漬物を摘み、魚を食べて、ご飯を食べる。そういう誰もがやりそうな普通のことを普通にやっているだけだ。

 そのためヨミ達は観察していても特にコメントが浮かばなかった。


「鮭が好きなのか。やはり熊の血か」

 頑張って考えたものでもこの程度。たまたま魚の種類が鮭だっただけだろう。

 

 その鮭にコウヨウが手を付けた。身をほぐして口まで運ぶ。落ち着いた食べ方だ。咀嚼回数も多いし、一つの動作までの間隔が長い。

 箸使いも丁寧だし、何より姿勢が綺麗なので様になっている。

 少なくともヨミ達にこんな食べ方は逆立ちしてもできないだろう。


 ヨミなんか昼夜問わずパンの耳を齧っているような偏食家だ。食べ方にこだわるほどのレベルには達していない。

 大声を出したらバレそうなのもあるが、冗談を言い合う隙すら与えてもらえない。さっき誰かが隙だらけと言ってたが、隙などどこにあるというのか。

 三人が黙り込んでいると、店員が注文を聞きにきた。


「ご注文は決まりましたか?」

 店に入ったのだから、そりゃあ注文しないといけないだろう。ただの冷やかしになってしまう。

 ランドが机の上のメニュー表を手に取ると、目を細めた。


「よ、読めねぇ」

 呟いたが、別に読めないことはない。横にはこの国の言葉、つまりロム王国の言語で翻訳されている。

 端の方に書いてあるのは、『おしながき』。メニューと言う意味だ。きっちり読める。

 だが読めると言っても、○○御膳と書かれていたところで、ヨミ達にはさっぱりだ。食べたこともないし、ちょっと言葉が抽象的になるだけで解読不能になる。


 というか、その前にこの値段は。

「桁が一つ多い」

 ハシルクが顔を青くする。普段の一食分の食費の数十倍の値段。ちょっと無理。いや、かなり無理だ。コウヨウが食べている量もそれほど多くは見えないし、あんなものでは冒険者の腹は膨れない。毎日の食事の量を数十倍にした方が確実にお得だ。


「水をください」

 ハシルクが視線を逸らして申し訳なさそうに言う。これは三人の総意なので、ヨミもランドも文句を言うつもりはない。ヨミは量を食べるわけではないし、日々の食事に満足もしている。


「はい?」

 店員の笑顔が一瞬だけ強張った。手にも力が入ったのかお盆が軋む。

 この人怒ってるな、とヨミは思った。


「……水をください」

 ハシルクが負けじと頑張るが、店員の顔がさらに強張る。これは厳しそうだ。これからの食事の心配より、これまでの日常に戻れるかを心配すべきだ。

 そのときハシルク達の前に助け船が現れた。その相手はなんとコウヨウ。彼は手を上げて、店員を呼びつけた。


「あわあわ」

 店員が慌てながらコウヨウの元へ向かう。一先ず安心とハシルク達は息を吐いた。

 だが、本当の恐怖はこれからだった。


「そこの三人をオレの席に移してくれ」

 今なんと言ったのだろうか。そこの三人? どこの三人のことだろうか。

 見るとランドとハシルクが体を縮めている。その態度を見て、ヨミも怖くなり体を丸めて畳に伏せる。隠れられてはいないが、気休めにはなる。


「かしこまりました」

 こっちまで来た。張り付いた笑顔。軋むお盆。当然だが、さっきのやり取りは忘れられていない。

 ここから逃げ出すのはさすがに不可能。三人は無抵抗で連行される。


「よかったですね」

 店員が耳打ちしてくるが、これでよかったのだろうか。

 ヨミは席に着いた。両脇にはランドとハシルクが座った。まっすぐ前を見ると、そこにはコウヨウ。改めて思うがでかい。自分と比べればヨミの周りには大きな人ばかりだが、このコウヨウは規模が違う。人間なのかも疑わしい。いったい何を食べればこれほど巨大になるのだろう。まさか倭々食か。倭々食に秘訣があるとでもいうのか。


 ランドとハシルクを見ると、二人は縮こまったまま押し黙っている。目の前にギルドのお尋ね者がいるのだから当然の反応だ。

 ヨミも覚悟はしている。殺されないにしても気絶はさせられるかもしれない。投げ飛ばされた人々はけっこう痛そうだったし、自分もああなるのだろうか。


 しばらく沈黙が続いたが、コウヨウがそれを破った。

 店員に注文を取る。店員はこちらに笑顔を向けると、さっと店の奥に入っていく。

 料理はあまり待たされることなく、すぐに運ばれてきた。ヨミ達の前にそれぞれ一つずつどんぶりが置かれた。


 芳ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。口からは涎が垂れてきた。コウヨウは何も言わない。だが、これは彼がごちそうしてくれるということだろう。

 そう解釈し蓋を開ける。何やら黄色くてプルプルとしたものが上に乗っている。これはきっと卵だろう。卵に火を通し、出汁と一緒に煮詰めたのだろう。


 なんだ卵か、とヨミは思う。卵スープなんて三日に一回は食べている。こんな程度では自分は驚かない。ありがちな料理だよね、と決めてかかる。

 手元にスプーンがあるので、それを使って食べてみる。


「ぱくぱく。ぱくぱく」

 え? 何これ? これおいしいの? 自分が想像してたの違うけど。手が止まらない。どんどん食べてしまう。こんな。こんなことって。卵なのに。卵なのに……。


「ヨミの奴、無我夢中で食ってるな」

「こんな高い物を食わしたことがないからな。見ていてかわいそうになってきた」


 二人がヨミに同情の目を向ける。

 ちなみに中には肉が入っている。しかしヨミは生まれてから一度も食べたことがないので、入っていることにすら気付いていない。


「……はっ。どうしてボクは空のどんぶりを持っているんだ。ボクの食べ物はどこへ」

「おまえが食ったんだよ」

 ランドとハシルクもヨミに倣って手前のどんぶりを頂いた。


「うめぇ」

 二人もヨミに負けず劣らすの食べっぷり。どんぶりを傾け、口の中へ掻きこんでいく。普段は外食など滅多にしない。ごくたまに先輩冒険者に連れて行って貰う程度。しかも、これは倭々食。生まれて初めて堪能する味なのだ。


「ごちそうさまでした」

 食べ終わると、三人とも頭を下げた。素直に感謝している。こんな美味しいものを恵んでくれたこの人には頭が上がらない。


 だが、異変が起きた。コウヨウの様子がおかしいのだ。


「何っ! ごちそうだとっ!」

 おかしなものでも見るように眼を細めた。今のどんぶりはごちそうしてくれたわけではなかった。この男はそう言いたいのだろうか。


 ヨミ達の顔から血の気が引いた。

 まさか。そんなまさか。急に席を移しておいて、このタイミングでどんぶりを頼んでおいて、金のない自分たちに金を払えというのか。こいつは誠実さの欠片もない真の外道。本物の悪党だとでも言うのか。


「だははははははっ! 冗談だっ!」

 どうやら冗談のようだ。あんまり笑えない。

「近頃は暇でな。ちょうど退屈しておったのだっ!」

 だから、ふらふらしていると言いたいのだろうか。しかし、ここは行きつけの店で飯を食いたかったのは本当のようだ。


「貴様らも、オレの首が目当てなのだろうっ!」

 コウヨウは立ち上がり、構えを取った。


「さあ、かかってこいっ!」

 勘違いされているようなので、ハシルクが説明する。とりあえず自分たちが雑魚なことと、自分たちには争う気などまるでないことをコウヨウに理解してもらった。


「それなら、このオレに何の用だっ!」

「実は用があるのはこいつでして……」

 ランドに背中を押されて、ヨミが前に出る。


「誰だおまえはっ!」

 この人はいつも声を荒げているような気がする。それはともかくヨミが自己紹介をする。


「ボクはヨミと言います。先ほど町の入口であなたと冒険者たちの争いを見ていました。それであなたの戦い方に興味を持ってここまで来ました」

 コウヨウはヨミのことを凝視している。真剣な眼差しだ。


「オレの戦い方のどこに興味を持ったっ!」

「どこに? 力強いけど、繊細というか優しさがあるというか……」

 コウヨウは考え込んでいる。それほど真摯になってくれているのか。自分は思いついたことをそのまま言っているだけなのだが。


「おまえはオレのように戦いたいのかっ!」

 この問いかけで、コウヨウが先ほどから何を考えているのかが分かった。

 もしも若者が『あなたの戦い方に興味がある』と言って来たら。

 それは何を意味するか。

 憧れ。あなたのようになりたいと言ってることと同義だろう。

 つまり、これは……。


「待ってください。違います。あなたの戦い方には感動しましたけど、そういうことじゃなくて」

 ヨミは両手を振り、誤解を解こうとする。

 コウヨウはその姿を見ても、意に介する様子はない。


「ヨミと言ったな。そこに立てっ!」

 唐突に命令してくる。言われたところに立ってみる。

「あの。いったい何を」

「動くなっ!」

 ヨミは焦った。何故ならコウヨウがこちらに向かって蹴りを入れて来たからだ。咄嗟に避けようとしたが、動けばそれ以上に怖いことが待っていそうで動けなかった。


「うわああああっ!」

 思わず目を閉じる。しかし痛みはない。確実に胸の辺りに蹴りが入ったはずなのに、何の感触もなかったのだ。この人はいったい何をしたんだ。

「よしっ! いいだろうっ!」

 コウヨウは手を叩き、ヨミを指した。


「オレはパラズの町にいるっ! もしもおまえにその気があるなら、そこでおまえを弟子にしてやるっ!」

 畳から降りて、地面を歩き出した。

「だはははははっ! 楽しみにしているぞっ! だはははははっ!」

 大笑いしながら勘定を済ませると、店から出て行った。

「あの人、どこに行くつもりなんだ。あっちは町の出口とは反対方向だぜ」

「さあな。だが、これ以上はついて行かない方がいい。面倒そうな人だしな」


 問題はコウヨウではなく、ヨミだった。先ほどからじっと頭を抱えて蹲っている。


 弟子か。考えようによってはチャンスかもしれないが、ヨミには荷が重すぎた。まずは師弟というものをもっと勉強しなけばならない。本でも読むことにしよう。

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