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死体蹴り①


「うわあああっ!」


 ヨミは慌てて、ランドの腰にしがみついた。腕をしっかり固定して、振り解けないようにする。


「こらこら。腰にしがみつくな。動けねーだろうが」

 ランドは肩をすくめる。やれやれといった様子だ。余裕そうである。ヨミが男と分かってからは、触ってもいつもこんな態度なのだ。


「だって、だって、冒険者があっ! いるんですよおっ!」

「冒険者がいるな。だから?」

「冒険者があっ! たくさんっ! たくさんっ! いるんですよっ!」

「そうだな。たくさんいるな。だから?」


 ランドが再び肩をすくめる。ハシルクに至っては眠そうにあくびをしている。彼らの余裕な態度を見ていると苛立ちを感じる。しかし、しがみつく腕に力を入れたところで、ランドは痛くも痒くもないだろう。


 冒険者。普通の人にとっては何でもないだろうが、モンスターから見れば話は別だ。彼らからしてみれば、冒険者とは殺しのプロ。呼吸するようにモンスターを殺し続ける異常者だ。

 奴らに今まで殺したモンスターの数を聞いたところで、まともな答えは返ってこない。


『おまえは今までに食べたパンの耳の数を覚えているのか?』

 頭を捻ってもこんな返しだろう。ヨミには答えられない。膨大な数だ。

 今ヨミがそいつらに触れようものなら、残念ながら三秒でミンチだろう。


(冒険者っ! 恐ろしい人っ!)


 ヨミは人間の姿だから大丈夫じゃないの?


 本当にそうだろうか。もしも奴らがメーラのようにレーダーやセンサーを所持していたら。人間とモンスターを見分ける特殊な眼があったら。鼻がよくて匂いで嗅ぎ分けできたら。とりあえず殺してから考える人だったら。

 そんな殺戮者たちが、この狭い建物の中に大勢いるのだ。ざっと数えても三十人もいるのだ。


「はわわ。ここは伏魔殿なのか」

「伏魔殿とは失礼な言い草だな。ここは冒険者ギルドだぞ」

「はっ。そういえば、聞いたことがあります。人間の町には、殺しのプロを育成する養成機関があると」

「……ダメだ。ハシルク任せた。ヨミがおかしい」

 ランドがヨミを引き剥がしたので、代わりにハシルクにしがみついた。


「ヨミ。俺たちも冒険者だが、それはいいのか?」

「ハシルクさんとランドさんは優しくて良い人だから」

「優しくて、良い人。そうか。ふふふっ」

「おい、ハシルク。顔がにやけてるぞ」

 ハシルクが両手で叩いて顔を元に戻す。

「ヨミ。誤解があるようだな。みんな優しくて良い人だぞ」


「嘘ですよ。ほら、あれを見てください」


 細身で軽装。狐のように目つきの悪い男だ。端の席に座っており、先ほど腰からナイフを抜いた。テーブルの上には小さな四角い石。そこに刃を当て、滑らすように往復させている。そしてナイフの刃を見ると、うっすらと笑みを浮かべた。


「殺戮の前の儀式ですよ」

「武器の手入れをしているんだな。熱心なことだ」

「でも、さっきからボクのことをチラチラ見てます」

「ギルドに美少女が入って来たら気になるだろう。男ならな」

 ヨミはギルドの入口を見るが、そこには誰も立っていない。

「美少女なんてどこにいるんですか?」

「おまえのことだ。自覚しろ」

 どうやらナイフを研いでいただけのようだ。


「そ、それなら、あの女の人はどうなんですか?」


 紫色で前髪の長い女性だ。屋内にも関わらずた頭からローブを被っている。先ほどから慣れた手つきで何かを作っている。テーブルの上には三脚で固定された金属の網。携帯用のランプ。そして、網の上にはビーカーが置いてある。中の液体が火で加熱され茹っている。


「毒薬を生成しています。上空から散布するつもりですよ」

「あれはポーションだな。古風な作り方だが」


 そんな会話をしている内に、冒険者の一人がヨミ達に近づいてきた。金髪で青い目をした男。ランド達とあまり歳が変わらないように見える。青銅の鎧で分かりにくいが、身長のわりには筋肉質ではない。印象としては軟弱そうな優男。


 だが、油断はできない。こういう相手に限って裏では何をしているか分からないものだ。

 気を引き締めて観察してみると、腰には短剣が。読めた。これはメーラと同じパターン。油断しているところを背中からザクザクしてくるタイプだ。


 慌ててハシルクの背中に隠れる。

 男はハシルクの前で立ち止まると、不思議そうに話しかける。


「この娘。どうしたの?」

「すみません。色々とありまして。こいつギルドに来るの初めてなんですよ」

 ランドがこんな話し方をするのは新鮮な気がする。きっと先輩冒険者なのだろう。

 男は背を屈めて、ヨミと同じ視線になった。


「怖くないよ」

 腰の短剣と隠し持っていたナイフを床に置くと、両手を広げて見せた。

「ほらね。怖くない」

 そう言って微笑みかける。

「おいで」

 手招きされたので、おそるおそる近寄ってみる。

「よしよし」

 撫でられてしまった。不覚を取った。しかも撫で方が上手いのか、わりと気持ちいい。

 だがここで騙されてはならない。奴らの常套手段なのだ。油断を誘って後ろを狙う気だ。


「お菓子をあげるよ」

 クッキーをもらってしまった。せっかくなので食べてみる。やんわりとした甘味が口の中で広がる。とてもおいしい。あまりのおいしさについもう一枚もらってしまった。二枚目を頬張る。やっぱりおいしい。あともう一枚ぐらいならもらっても……。


 男は満足したのか立ち上がって武器を装備した。

「ありがとうございます」

 ランドとハシルクがお礼を言う。

「いいよ。気にしないで」

 軽く挨拶を交わすと、そのままギルドから出て行った。


「ぱくぱく。優しい人でした。冒険者って本当は良い人なのかも」

 ちょうど五枚目のクッキーを口に入れ、飲み込むところだった。

「おまえ。ちょろいんだな」

「こいつの将来が心配だ」

 二人が呆れたように頭を抱えた。


 こんな出来事もあってか、ヨミの冒険者への恐怖もだいぶ薄れてきた。

 というわけで、今日の本題。三人は右側の受付窓口へ向かった。

 そこではギルドの職員が座っており、ヨミに気付くと手前の椅子を指した。ランド達に促されたので黙って座ることにする。


「あなたがヨミちゃんね。話は聞いているわ」

 そう言ってヨミを見ると、目の色を変えた。

 そして肩の部分に触れてぎゅっと引っ張った。


「なんて服を着ているのっ!」

 この服はランドやハシルクが着古した服を適当に縫い合わせて使っている。

 わりと薄い生地だが、この辺りの昼間は暑いぐらいなので着心地はけっこう良い。

 しかし彼女が言いたいのは、そういうことではないらしい。


「女の子なのに。ダメじゃないっ!」

 また女性だと勘違いされているのか。それほど女性のような顔なのだろうか。


「ボク、男です」

「そう。男の子なのね。でも、これはダメよ」

 ヨミの後ろで立っている二人を睨むと、再び視線を戻す。


「あのね。嫌なことや不満なことがあったら、ちゃんと言うの。こいつら鈍いんだから」

 別に自分には嫌なことも不満なこともない。ランドもハシルクも充分過ぎるほどよくしてくれているというのに。

 ちょっと苦手なタイプかもしれない。

 名前はセーラと言って、ランド達とは古い付き合いだそうだ。だったら、ランド達と話せばいいのにと思うが、ヨミに用があるらしい。


「ヨミくん。マシロの森に行ってみない?」

 セーラはヨミの記憶に障害があることを憂いている様子だ。実際には記憶を喪失してはいない。きっちりと覚えているのだが『ボク、モンスターだったんです』とはさすがに言えない。ここはモンスター狩りのプロが集う冒険者ギルドなのだ。言った瞬間に、串刺しの刑は確実だ。

 

 そんなわけで記憶喪失の体で話を進めている。彼女が言うにはマシロの森に行けば記憶が戻るんじゃないかということだが、どうするべきか。彼女を納得させたいなら行くべきだろうが。


「ボク、行きたくありません」

 行ったところで、冒険者がモンスターを殺すところを指を加えて見ているだけになるだろう。

 まあ、それもあるが結局のところは怖いからだ。入ってしまえば戻れなくなってしまいそうな気がするからだ。それは精神的な意味でもあり、また物理的な意味でもある。正直なところ自分がモンスターなのか人間なのかよく分かっていないのだ。入った瞬間にモンスターの姿に戻ってしまうなんてこともあり得るのだ。


「わかったわ。行きたくなったら私のところに来てね」


 そういうわけで、この日はこれで帰ることにした。



 * * *



「やあっ! とおっ! やあっ!」

 両手に桶を持ち、くるくるくると三回転。桶は板を金具で留めた簡素なもの。中に水は入っていない。したがって軽々と持てる。

 ちなみこの行動に特に意味はない。なんだか回転したい気分なのだ。


「やあっ! とおっ! やあっ!」

 何度か回転を繰り返した先に着いたのは井戸であった。町の外れにあり、住人はここから生活に必要な水を調達している。以前はランド達が行っていたが、ヨミが志願してその役割を引き受けることにした。

 さすがに食って寝てるばかりの毎日ではいけない。ヨミも少しは働かなければいけないし、申し訳ない気持ちもある。


 井戸にはちょうど誰もいないようだ。もう陽も高いというのに閑散としている。町では多くの店が建ち並んでいるが、ここは裏手なので人の声などは届いてこない。

 

 まるでマシロの森のようだと思ってしまう。集団で大騒ぎしていることもたまにはあるが、基本的にあの場所は静かだった。ゆったりとした空気で、時の流れも緩やかだった。

 懐かしさを覚えて目が潤んでしまう。人間の町の中でこの有様なのだ。マシロの森に行ば、泣きすぎて干からびそうだ。セーラの提案を受けなくて正解だったかもしれない。

 

 ふと上を見れば、そこには樹木があった。井戸の隣に寄り添うように生えるこの樹木は町の中でも有数の大きさを誇る。


 自分が獣にでもなったかのような気持ちで、ヨミはその木に登る。人間の体でこんなことをしたのは初めてだが、思いのほか楽に登れた。


 木の上は太陽が近く感じて暖かい。そよ風も心地いい。


 周りを見渡すと、表側で商人や冒険者の姿が確認できる。やっぱりこの視線の高さが良いなと改めて思う。いつもと違う世界にいるような気分になれるのだ。


「ん? あれはなんだろう」


 冒険者が集まって何かを話し合っている。彼らはみな一様に武器を持っている。槍や斧、弓やハンマーまである。後ろの方には魔導士もおり、皆が杖を持っている。その後ろには荷車があり、そこにも武器や防具が積まれている。


 どこかに遠征でも行くのだろうか。だが装備のわりに他の荷物は軽そうだ。近場のドラゴンを退治するにしてもあんな人数で挑むものなのだろうか。


 町の人たちの様子もおかしい。外で遊んでいた子供は家に入り、老人は椅子から立ち上がる。犬や猫などは建物の隅に移動。ついには露店をしまう者まで現れ出す始末。


 何かが町に迫って来ている? しかし、この町は冒険者の数が他と比べても多いと聞く。そんな脅威があるなら、すぐに対処されるのではないだろうか。


 不審に思ったヨミは木から降りて、急ぎ足で家まで戻ることにする。


 近づくにつれて、喧騒が大きくなっていく。冒険者たちの掛け声のようなものも聞こえる。靴を踏み鳴らす足音や、金属の擦れ合う嫌な音もする。その雰囲気にあてられて心臓の鼓動が速くなってくる。急いで帰らないと。


 家の前にはランドとハシルクが立っていた。良かった。二人には何事も起こっていないようだ。息を整えて彼らに質問する。


「ダンジョンはどうしたんですか?」

「早めに切り上げてきた」

 ランドは普段の態度で答える。取り乱すこともなく、至って冷静だ。遠くの方ではガチャガチャと金属音が鳴り響いているが、二人とも素知らぬ振りで家に入ろうとする。


「あの。何か町で起こっていますよね」

 それを聞くと二人は顔を見合わせた。自分は何かおかしなことを言っただろうか。

「おまえは、まだ見たことなかったのか」

「何の話ですか?」


「死体蹴りが町に来るんだ」

 そんなもの初めて聞いた。どうやら自分が家に引きこもっている間にも何度も来たことがあるらしい。知らなかった。


「危ないものなんですか?」

 ハシルクが答えてくれるようだ。彼は頭を捻って答えを考える。


「死体を蹴る熊だな」

 熊が死体を蹴る。食べるのではなく蹴るのか。だが、死んだ振りをした人間を蹴りまくって来たら、それは確かに危ないだろう。


「熊のモンスターということですね」

 恐ろしい奴なのだろう。今まで何度も町を襲いながらも、誰も倒せていないのだから。


「見てみれば分かる。行ってみよう」

 ハシルクが提案する。ランドが眉をしかめた。熊が苦手なんだろうか。でも文句を言いつつ、しっかりとついてきてくれる。

 だが、どうしたものか。ランドもハシルクも何の装備も付けていないのだ。ふらっと買い物にでも行くときのような服装である。


「大丈夫なんですか?」

「乱暴者だが、飛び道具はねーからな」

 そう言っているうちに目的地まで着いた。そこは町の入口であり、装備で固めた冒険者たちが道を塞ぐように立っている。

 戦場で敵兵を前にしたかのような妙な緊張感がある。誰しもが黙り込み、同じ方向に目を光らせている。


「あの、まだ来ていないんでしょうか?」

 ヨミがこそこそと話しかける。


「まあ、待ってな。すぐに始まるからよ」


 少しすると、男の一人が声を張り上げた。


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