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ミミック人間


 目が覚めると、ヨミは人間になっていた。


 何を言っているか分からないだろう。ヨミ本人にもよく分かっていない。

 モンスターからすれば人間なんて敵である。『ニンゲン。ワルイヤツ。コロス』というレベルである。もちろんヨミも人間にそこまでの好感情を持っていたわけではない。まして人間になりたいなどと思ったことは一度もない。


 しかし、これは紛れもない事実。あのミミックが人間に。宝箱から目を覗かせていたあの不気味な奴が、今なんて二本の足で歩いているのだ。


(うおおおおおおっ! 今、ボク歩いちゃってるよ! 足を使って歩いちゃってるよ!)


 心の声は叫びっぱなしだった。かつては跳ねるだけで宝箱の体がミシミシと音を鳴らし、蓋が揺れ動いていたものだ。いや、あれはあれでなかなか赴きあるし撥水性あるし、耐久力にも優れていたけど。


 何より目を見張るのはこの視線の高さだ。ベッドの上に座ってるだけでも床が隅々まで見渡せるというのに、立ち上がってしまえば天井まで届きそうになる。

 跳び上がれば。もう少しで届きそう。何度も跳び上がれば、そのうち指ぐらいなら届くかもしれない。

 

 ヨミは性格的にこういう場面で捻くれた態度は取らない。だって、普通はできなかったことができるようになれば嬉しいものだ。それがどんなことでもつい舞い上がってはしゃいじゃうこともあるのだ。

 

 試しに腰を捻ってみる。

(うおおおおおおっ! 立ったまま後ろが見られるっ! びっくりっ!)

 腕を横に伸ばし、掌を返してみる。

(うおおおおおおっ! 腕があああああっ! 掌があああああっ!)

 両手の指を動かしてみる。

「うおおおおおおっ! 五本の指がバラバラにいいいいっ!」

「……どうした……ヨミ…」

「はぐっ!」


 心の声のはずなのに、大声を出してしまった。すぐに口を抑えて縮こまる。

 調子に乗りすぎてしまった。今は早朝も早朝。まだニワトリも鳴き始めないような時間帯なのだ。当然、ランドもハシルクも眠っている。


 先ほどの声はランドのもの。彼は二段ベッドの上にいるので、そっちに目を向ける。

 ランドは寝ぼけ眼でこちらを覗いている。彼の特徴である赤毛のツンツン頭は崩れており、着ているシャツも首のところが伸びて弛み切っている。さすが冒険者をしているだけあって、けっこうな筋肉質。目をこする度に肩の筋肉に血管が浮き出ている。


「すみません」

 謝ると、ランドがその姿を見て頷いた。

「あんまり騒ぐんじゃねーぞ。近所迷惑になるからな」

「はい。心得てます」

 満足したように、ランドがベッドに戻っていく。


(やってしまった)

 もうこの家に来て数ヶ月も経とうというのに、こんなことで舞い上がっていてはダメだ。

 ランドやハシルクが今は好意で住まわせてくれているが、それがいつまで続くかは分からない。明日には出ていけというかもしれない。もしかしたら今日かもしれない。

 そうなれば自分に拒否する権利はない。もしこの家を追い出されたら、自分は一人で生きていけるんだろうか。


(いけないっ! 弱気になってるっ!)

 大丈夫。今度からは本を読む予定なのだ。本を読んで人間のことをしっかりと勉強すれば余裕なのだ。


 ハシルクが言うにはスベリの町には図書館というものがあり、そこに行けばお金を払わずに本が読み放題なんだそうだ。更に貸し出しにより、外に持ち出して読むことも可能なのだそうだ。

 ランドは明日には用意すると言ってたけど、もうそこから数日経過している。まあ、それだけ真面目に選んでくれているのだろうけど、自分としては熱が冷めないうちに本を読んで知識を付けておきたい。

 

 その気持ちがランドにも届いたのか、この日の夕方にランドが本を抱えて帰ってきた。 

 見たところ本は数冊。専門家が読むような古書はなく、一般の冒険者でも読めそうな本ばかりである。

 ランドが自分用に借りてきたと言っても不自然ではない。


「悪いな。遅くなっちまった。でも、これには訳があってだな」

 この町の図書館にいる司書はかなりの変わり者で、相手を見るだけでその人が知りたいことが分かるらしい。それで、そういう人のために本を選んでくれるサービスを提供しているそうだ。もちろん無料なのでランドはその司書にヨミの本を選んでもらうことにした。隠す理由はないので、ヨミについてランドが知ってることは一通り話した。ちょうど『ニガオエール』で描いた似顔絵があったので、それも司書に見せた。


「あんまり時間はかからないって言ったのによ」

 本を選ぶのに苦戦したようだ。まあ、どんな方法か分からないが、モンスターが読む本を選んだことは今までなかっただろうし。むしろ妥協せずに選んでくれたのだから大したものだ。


 今日はもう陽が暮れそうだ。夜中に明かりを点けると二人に悪いので、次の日から読書を始めることにした。

 机に座って並べられた本を見てみると、厚さも大きさもわりとバラバラだ。

 内容は読んでからのお楽しみということで、まずは上にある一冊目を手に取ってみる。

 

 タイトルは『ロム王国を知ろう』。

 早速読んでみると、文字が大きくて読みやすい。正直なところ人間の文字は読めるが、得意なわけではないので、非常に有難い。

 タイトルからも分かるが、自分の住んでいるところは王国だったようだ。つまり王様がいる。簡単な法律があり、宗教もある。

 

 常備兵として騎士団があるが数はあまりいない。といっても、数百年前にあった戦争の頃と比べた場合で、今でも必要十分の数はいる。

 あと紙を作る技術、つまり製紙業が盛んで、大きな製紙工場があるとか。

 それと記録を重視する文化性で、言語がバラバラだった呪文を一つの言語にまとめあげたのも、呪文を短縮する技法を作ったのも、ロム王国の功績らしい。


「へえー。すごいなー。ぱくぱく」

 読書しながら食べているのはパンの耳だ。片手だと食べやすいし美味しいし、良いこと尽くしな食べ物だ。


「ヨミ。行儀が悪いぞ」

「はぐっ!」

 パンの耳が喉の変なところに入って、思わずむせ返してしまった。

 声をかけてきたのはハシルクだ。今日は難しいクエストばかりなので、切り上げて早めに帰って来たらしい。わりとよくあることである。


「なんでいつもパンの耳ばかり齧っているんだ」

 どうやら行儀の悪さよりも、こっちが言いたかったらしい。

「それはパンの耳がおいしいからです」

「パンならこっちの方がうまいぞ。遠慮することはないんだ」

 ハシルクが丸くて大きなパンを差し出してきた。


 たしかに遠慮する気持ちも少しはあるが、正直なところ固くて苦手なのだ。たぶん日持ちを重視して選んでるからだろうけど、とても固い。

 ミミックの頃は歯がなかったら噛む動作にも違和感がある。

 やっぱりヨミはパンの耳が好き。でも断るのも悪いので結局は食べる。


「はふはふ。ふぉいふぃいです」

「そうか。それはよかった」

 ハシルクもランドも質より量。腹に溜まればなんでもいいと考えているタイプ。

 それはよく知っている。ヨミもここで食べ物を貰っているわけだから、郷に入っては郷にしたがうべきなのだ。

 お腹もいっぱいになったし、次の本を読んでみる。


 タイトルは『身体のなぞ』。

 人間の全身には骨があり、それで体がぐにゃぐにゃにならないようにしているそうだ。骨の周りには筋肉が付いており、これが収縮することで力が出て、歩いたり腕を振ったりできるそうだ。

 身体には精神の力が存在しており、これを中に留めたものが『気』と呼ばれ、外側に出し魔法として使えば、『魔力』となるそうだ。


「ふーん。その精神の力って、ボクにもあるのかな」

 読み進めるとモンスターにもあると書かれている。彼らの中に魔法を得意とする者が多くおり、例えばゴブリンやオークにも『ウィザードゴブリン』、『ウィザードオーク』と呼ばれる魔法を専門とする種も存在する。


「なるほど、勉強になるな。よし。次に行ってみよう」

 タイトルは『はじめての魔法』。

 魔法の理論というより、実際に魔法を始めるにはどうすればいいのか。その方法について書かれている。

 興味深いのは最初のページに書かれている『魔導士テスト』という項目である。

 このテストを受けると、魔導士の適正が分かるらしい。


「えっと、テストを行うには、アイテム『バーローソク』が必要になります……」

「何? バーローソクだと」

 ハシルクが食いついてきた。


「ランド。聞いたか?」

「おう。ちょっと待ってろ。ギルドで借りてくる」

 帰ってきたランドが持っていたのは燭台であった。ごてごてしたデザインで銀色であり、中心には白い蝋燭が立てられている。特に仕掛けのようなものは見られないが、これはアイテムなのだろうか。


「魔導士の適正がある者は、この蝋燭に手を近づけるだけで火が点くんだ」

 魔法とは体から溶け出る魔力と空気中のマナが混ざり会うことで発生する一種の現象である。

 人間は生きているだけで体から微量な魔力が溶け出ている。この『バーローソク』は魔法の反応を受けやすい特殊な素材で出来ており、微量でも簡単に火が点く。


「と、本には書いてありますけど。燃えたら危なくないですか?」

「そんな大爆発は起きねーよ。どこの天才魔導士だ。まあ、不安ならまずは俺からやって見せる」


 とりあえずみんなで机を部屋の中心まで移動し、その上に燭台を設置する。

 それを三人で取り囲み、じっと見つめる。

 今は昼間だが、暗いところでやっていたら怪しい儀式をしているようにも見える。

 その原因はこの燭台だろう。なんというか貴族の屋敷にあるような形でこの家には不似合いなのだ。


「よく見てろよ」

 ランドが構え、その様子をヨミが固唾を飲んで見守る。

「むむむっ!」

 唸っている。

「だりゃあああああっ!」

 そして、家中に響くほど叫んだ。


 ヨミもハシルクも耳を塞ぐ。位置が近いのでけっこううるさい。

「おおっ! 凄い。うっすらと火が……見えない」

 何も起こらない。ランドは気合入りまくり。額から青筋が浮き出るほど、全身で力を込めているというのに。

 しばらくやっていたが、やがて諦めて手を下ろす。


「これは悪い例だ。力づくで魔法は使えないからな」

 ハシルクが悪い例を指し示す。

 ランドは否定しようとするが、息を切らしており、なかなかできない。


「……はあ……はあ……こんにゃろっ!」

 苦し紛れに机を蹴り上げた。机は揺れるが、燭台は無事。

 ランドはこういう乱暴なところがある人なのだ。


「やめろ。物に当たるな」

「ハシルク。なら、おまえがやってみろよ」

「やらん。どうせ俺たちがやっても火は点かんからな」


 ハシルク達はギルドで登録するとき初めにやっており、火を点けることができなかったと言う。そのため二人は魔法を覚えることをせず剣士と重戦士の道を歩み出したと。

 今でも単純な魔法を使うことすらできないとか。けど、こういう人たちは別にハシルク達以外にもいっぱいいるので、二人は特に気にしていない。

 つまり、魔法は素質がない人にはまるで縁のない話ということだが、はたして自分はどうなのだろうか。


「ボク、やってみます」

 二人が見守る中、ヨミも両手を蝋燭にかざす。

「むむむっ!」

 唸ってみる。

「ヨミ。力んでも意味はないぞ」

「はわっ! すみません」

 手を止めて深呼吸。気分を落ち着かせる。

 手元の本によれば、リラックスし、精神を集中すれば、成功する確率が上がるらしい。


 集中力を上げる方法は、先ほど読んだ『身体のなぞ』にも書かれていた。

 自分が落ち着ける場所を頭に思い浮かべると良い。

 自分が落ち着ける場所。それはマシロの森。

 照り渡る太陽。澄み渡る青空。心地よいそよ風。ひんやりと気持ちいい湖。土の匂い。揺れる草むら。鬱蒼と生い茂る木々。

 一つずつイメージしていく。


「ミミッ! ミミッ! ミミッ!」


「なんだ。どうしたいきなり」

「いえ。頑張って落ち着こうとすると、これが出て……」

 でも、効果はあるような気がする。さっきまでのように心臓の音が聞こえて来ない。


「おまえパンの耳の食いすぎなんだよ。パンの耳依存症だな」

「そうだな。今後はパン屋から貰ってくるのをやめよう。パンの耳を断ってやらねば」

 正直それは困るからやめて欲しい。というか、そんなに食べてるだろうか。自分はただ暇なときに余った奴に齧りついてるだけで。いや、そう言われれば、最近は毎日のように食べてる気がする。


「ミミッ! ミミッ! ミミッ!」

 集中。集中だ。気を落ち着かせて。マシロの森をイメージする。

 人間になってから過去に例のないぐらい良好な精神状態。これはいけそうだ。

 蝋燭の先を見る。あそこへ向かって念を送るように。

 やれる。火よ点け。火よ点け。


「……やったかっ!」

「いや、やれてねーぞ」

 火は点いていない。うっすらと見えることもない。


「ええええっ! なんでっ!」

「ヨミにも魔法の素質はなかったようだな」

 やれやれ、とハシルクが肩をすくめる。


「ヨミが物語の主人公なら、ここで魔法が使えるはずなんだが」

「ああ。それで魔力の数値が一億越えとかするんだよな」

 二人が芝居ががった落胆を見せる。


「大丈夫だぞ、ヨミ。これは物語じゃない。現実だから」

「俺たち魔法使えない同士の仲間だからな。軽いシンパシーを覚えるぜ」

「うわああ。全然なぐさめになってないですよ」

 変に暗い雰囲気にならないように二人が気を遣ってくれていることは分かっている。

 それは分かっていても、けっこうショックだった。


 もしも魔法を使えたらランドとハシルクの役に立てるかもと考えていたからだ。二人は魔導士がいれば、もっと冒険が楽になるのにと愚痴を零していたことがあるのだ。もしかしたら自分が魔導士になれればと淡い期待を抱いてはいたのだ。

 でも、魔法の素質がないのであればどうしようもない。


 本によれば魔力にはマナを引き寄せやすく、混ざりやすい質というものがあるらしい。ヨミの魔力はマナとは混ざらない質だった。ただそれだけのことが、今のテストで分かったことだ。

 

 結論。ヨミは魔法を使えない。


 何年もかけて訓練を積めば使えないこともないらしいが、そこまでの思い入れはない。更にそれを極めるようと思えば必ずどこかで行き詰ってしまうだろう。

 中途半端に始めるぐらいなら、最初から覚えない。

 素直に諦めて、別の道を探すことにする。


「悔しいから、このアイテムぶっ壊そうぜ」

「やめろ。ちゃんとギルドに返せ。弁償する金はないぞ」

 世の中には、体から溶け出る魔力の量を変えたり、魔力の質を自在に操作できる魔導士もいるようだ。なんだが、びっくり。世界はやはり広いようだ。

 今日は疲れたし、読書はこれでおしまいにしておこう。

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