いつか美しきしらべの中で-安珍清姫伝説-
あぁ、どうかお許しください。
お許しください。お許しください。
あの夜は、私には何よりも輝かしい思い出なのです。
どうか、どうかそれだけは分かってほしかったのです。ただそれだけなのです。それだけだったのです。
たくさんの人を見てきました。
たくさん、たくさん、見てきました。
それでも、貴方ほどに輝かしい方はいなかったのです。
そう、貴方は輝いていたのです。
後光が差して見えるほどに。手を合わせて拝んでしまうほどに。
貴方ほど尊い御方はいませんでした。
私をここから連れ出して、遥か彼方の極楽へ導いてくれると。
本気で、本気で、夢を見てしまったのです。
どうか、どうかその脚を止めてください。
もう止まらないのです。
お許しください。お許しください。
踏み出してしまった私が悪いのです。もう止められないのです。
貴方を追って、どこまでも走り続けてしまうのです。
どうか、どうかお救いください。
ただ一言で良いのです。
一言、たった一言、言ってくだされば良いのです。
あぁ、なんて悍ましいのでしょう。なんて烏滸がましいのでしょう。
貴方の口から、貴方様の口から、そんな事を言わせようだなんて。
けれど止まらないのです。止められないのです。
草履が擦り減って、足袋が破れて、この足が擦り千切れても。
腕で這って、腕も千切れて、最後は胴だけに成り果てて。
それでも名前を呼びながら、前へ前へと進むのです。
あぁどうか、どうか一言、私が私であるうちに。
化生と成り果てる前に。
御免なさいとだけ、言ってほしいだけなのです。
この口から流れ出たものは。
血でした。はじめは、血でした。
叫び続けて、裂けた喉から流れる血でした。
あぁ、この鱗だらけの躰は。
人でした。はじめは、人でした。
擦り切れて、ひび割れた人の躰でした。
私が貴方に向けたものは。
恋でした。はじめは、確かに恋でした。
擦り切れて、流れ落ちてしまった恋でした。
お許しください。お許しください。
どうしてこうなってしまったのか、私にも分からないのです。
這いずる姿は蛇のようで。
口から溢れるのは炎ばかりで。
私を恐れた貴方は、重く冷たい鐘の中。
出てきてください。どうか私に向き合ってください。
そうすればきっと、私は止まることができますので。
お願いします。お願いします。
どうか助けてください。
あぁ、何故。
何故、私の言葉は。
こんなにも熱いのでしょう。
あの場所に、鐘を作るようなのです。
あの場所に、鐘が作られるそうなのです。
貴方はそこにいるのでしょうか。いるのでしょうね。
貴方は鐘の中にいるのでしょう。そうなのでしょう。
何故なら貴方は鐘の中にいるのだから。そうなのです。
貴方は鐘の中にいるのです。いるのでしょう。
そこに隠れているんでしょう。知っています。そこにいるのですね。
よかった。そこにいるのですね。安心しました。あなたはかねのなかにいるのです。
でてきてください。
でてきてください。
でてきてください。
でてきてください。
はやくはやくでてきてください。
はやくはやく。
はやくはやく。
はやく。
だいじょうぶですこわくありませんわたくしはあなたをあいしているのですからいつまでもあいしていますほんとうですうそじゃありませんだいすきだいすきだいすきだいすきだいすきだいすきだいすきだいすきだいすきだいすきだいすき。
いいえ私は
いつまでもいっしょいつまでもいっしょわたくしたちはいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも
安珍の死後四百年、寺に鐘が再興される。
けれどもこの鐘は音が悪く、付近に災害や疫病を招いたため、山へ捨てられたという。