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陸 紅葉の会・制裁

「一体何をするつもりです?」

 藤華は傍らに置いてある木刀を引き寄せ、抜刀の構えを取る。

「痛くはしませんわ。ご安心を」

 何処かで聞いたような台詞である。痛くはしなくても、制裁はいくらでもある。社会的な権限を全て奪ったり、嫌がらせをしたり。このままだと悪役令嬢コースである。

「貴女を焔様にふさわしい令嬢にしてして差し上げますわ」

「……は?」

 どんな恐ろしい制裁が来るかと構えていた藤華は、拍子抜けした。全く制裁になっていない。

「まぁ恐ろしい!」

「深雪様が直々に指導なさるってことは、ねぇ」

「そうですよ」

 聞く限りそんな恐ろしいものには感じられない。これは制裁とは言わないのではないかと藤華は思った。

「さあ、始めましょうか!」

 これから藤華をボコボコにするのではないかと思うほどの表情を浮かべ、深雪がジリジリと藤華に近づく。

「止めろ」

 いきなり藤華の部屋のドアが開き、焔と凛が入ってくる。二人は藤華と深雪の間に割り込むと、深雪に向き合った。

「焔様、邪魔しないで下さいませ」

「嫌だな。お前にとっちゃ憎き女でも、俺にとっては大事な部下だ。俺には藤華を守る義務がある」

 焔がそう言って決め顔をしている。藤華は焔の後ろで戸惑うばかりであった。

「こんな、こんなだらしの無い女が焔様のお側にいて良い訳ありません。私が性根を叩き直してやりますわ」

「……なんでそんなに私を憎むんです?焔は顔が良いだけの下っ端役人じゃないですか」

「その言い方は酷いぞ」

 さっきまでのシリアスな雰囲気は何処へやら。焔は心底呆れたような声を出す。

「貴女本当に何も知りませんのね。焔様は百年前の聖戦の英雄。茜様とたった二人で敵の本拠地を撃破した生ける伝説ですのよ!」

 知らなかった。しかも想像が出来ない。働きたくないとばかり言っている焔が英雄とは驚きだ。

「……肩書がなんだって言うんですか。私にとって焔はだたの上司。英雄という称号なんてどうでもいい」

「藤華」

 思わず藤華は自分の考えを溢す。英雄だなんだと称号で人を区別するのが嫌いなのだ。

「焔の過去がどんなものでも、私は秘書としての役目を全うします!」

 そう言い切ったところで深雪の肩がふるふると震える。目にはいっぱいの涙をたたえていた。

「……尊い」

「素晴らしいですわ!」

「これぞ本当の主従愛。こうなりたいものです」

 紅葉の会の三人が次々と堪えきれなかった涙を落とす。状況がよく解らない焔と藤華は狼狽えた。

「紅葉の会はお二人を応援致します。制裁は撤回ですわ!」

「今日は休みですもの、お二人で買い物でも行ってらっしゃいませ」

「車は用意してあります」

 あれよあれよという間に、二人は着替えさせられ、車に乗せられる。

「何なんだ、あいつは……」

「ま、せっかく車を用意してくれたんし、買い物を楽しもう!」

「そうだな」

 深雪の合図で運転手が車を出し、中心街へと向かった。


             *****


「わぁ、お店がいっぱい!」

「おいおい、迷子になるなよー」

 人混みの中を踊るように藤華は歩いていく。焔は慌てて後を追いながら、ほんの少しこの状況を楽しんでいた。

「ねぇ焔、これ可愛くない?」

 アクセサリーを売っている店の前で藤華は立ち止まる。一つ髪飾りを髪に当てて、焔に尋ねた。

「……まぁ、良いんじゃないか」

「まぁってなによ。似合うならそう言いなさい」

「……買うのか?」

 似合うとは決して言わず、焔は切り返す。茜が上司として入局祝いを贈ったのだ。自分が出してやっても良いだろうと思っていた。

「んー、買おっかな」

「じゃあ俺が出す。すみませーん、これください!」

 懐から財布を取り出し、焔が店主に声をかける。店主が袋に包もうとしたのを断って、焔は藤華に向き合った。

「付けるから動くなよ」

 不慣れな手付きで髪飾りをつけると、焔は満足して頷き一歩下がる。後ろに偶然少女が居て、軽くぶつかってしまった。

「あっ、悪い」

「いえ、大丈夫です」

 頭に薄く透ける布をかぶり、紫の品の良いワンピースを着ている。紅い口紅が布からちらりと覗き、二人はドキッとした。

「私は藤華、こっちは焔といいます。……あのー、御名前を聞いても?」

「シャルロットと申します。此処で会ったのもなにかの縁。少しお話しませんか?」

「はい、喜んで!」

 二つ返事で藤華は了承し、連れ立って歩き出す。向かった先は広場にあるベンチだった。年上の女性が二人、シャルロットを待っていた。

「シャルロット様!待ちくたびれましたよ」

「悪かったね」

「して、その方は?」

「お店で会った藤華さんと焔さん。少し此処でお話しようと思って」

 そこで二人は相好を崩した。同じ年頃の女子を連れてきたのが余程嬉しかったらしい。

「もしお二人が宜しければ、屋敷にお招きするのはいかがでしょう」

「二人はどうですか?」

「大丈夫だよね?」

「ああ。今日は休みだからな」

 二人の答えにシャルロットははにかむように笑った。すぐに馬車に乗せられ、『屋敷』に向かう。

「深雪様、どうしましょう?」

「追いかけるに決まってますわ。車を出して」

「かしこまりました」

 瑞花に六花、深雪を乗せた車は馬車を追いかける。運転手は気取られないように気を配りながら運転した。


             *****


「お帰りなさいませ、シャルロット様」

 立派なお屋敷にたくさんの使用人。シャルロットが中々の身分であることがよく分かった。

「お客様よ。後でお菓子とお茶を部屋に持ってきて」

「畏まりました」

 メイドが布をシャルロットから受け取り、抱えて消える。女性二人は一礼してメイドの後ろをついて行った。

「ねぇシャルロットさん。貴女って結構偉い人?」

「魔王の長女で王女。此処で二番目に偉いです」

 『魔王』という言葉に焔が固まる。百年前に悪魔の本拠地を壊滅させたのは他でもない焔であるからだ。

「何それ!めっちゃ良い……」

「どうかなさいました?」

「ううん、こっちの話」

 魔王の王女と聖騎士の禁断の恋。或いは身分違いの恋愛。想像の翼をめいっぱい働かせる藤華であった。

「さ、座ってください」

「はい」

 シャルロットの部屋は可愛らしい印象である。綺麗に整頓されていて、本の類はあまりなかった。

「ふふっ、可愛らしい部屋ですね」

「ありがとうございます!個人的にはこのクッションがこだわりでしてね、ふわふわ感が……」

 シャルロットがクッションについて語っているとき、クローゼットの扉が開き、物が床に落ちた。

「あっ!」

「手伝いますよ」

 シャルロットが席を立ったのを見て、藤華も立ち上がる。いそいそと二人は物を拾い始めた。

「……これって、同人誌」

 拾うのを手伝っていた藤華が見つけたのは、同人誌であった。それも藤華が生前から愛してやまない作品である。シャルロットは顔を真っ赤にして言った。

「私、好きなので。……ああ、恥ずかしい……」

「そんなことありません!私もですから。それに、好きなものを好きと言って恥ずかしいことなんて一つもありません」

「藤華さぁん……」

 シャルロットは堪え切れずに泣き出した。藤華の言葉が胸に刺さっのだとシャルロットは後で語る。

「落ち着きました?シャルロットさん」

「……シャル。シャルって呼んで」

「じゃあ藤華ね、シャル」

 そう呼ぶとシャルロットは嬉しそうな笑顔を見せた。何だかシャルロットとは親友になれる気がした藤華であった。

「姫様、お茶をお持ちしました」

「入りなさい」

 毅然とした声音でシャルロットは言う。メイドが入ってきたとき、二人は抱き合ったままだった。

「ご友人ができたようで何よりです、姫様。このエリザベス、姫様をご幼少のみぎりからお世話してきましたゆえ、感動もひとしおで……」

「もうっ、リズったら。早くおやつにしましょう!」

 気恥ずかしさを一生懸命隠してシャルロットは言う。空気と化していた焔は部屋の隅で丸まっていた。


             *****


「シャルよ。良き友人を得たな」

「ええお父様。藤華はとても気の合う人です」

 藤華たちが帰った後で、シャルロットは謁見の間にいた。レースがあしらわれた漆黒のドレスに黒のベールという装いである。

「ところで、我が軍を壊滅させた男もいたようだな」

「焔さんですね。良いお方です」

「まあ、百年前のことなんてどうでもいいが」

「そんなんだから謀反が起きるんですよ、父上」

 月明かりに照らされて青年の姿が浮かび上がる。シャルロットに似た顔立ちだ。

「お兄様!」

「やぁ愛しのシャル。今日も可愛いね」

 シャルロットの近くに寄ると、ベールの上から頭を撫でる。ベールがずれそうになり、シャルロットは慌てて押さえた。

「止めてください」

「反抗期かい?お兄ちゃん悲しいなぁ」

 シャルロットの頭を撫でたのを拒否され、渋々離れて魔王の前に跪く。

「父上、参上仕りました」

「うむ。よく来たなシエル」

「ご用件はなんでしょう。兄妹二人を集めるとはただならぬことです」

 シャルロットとシエルは魔王をキッと見上げた。

「うむ、それはな……」

 魔王が言った内容は思わぬ方向で二人を驚かせた。

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