表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

肆 最近噂の私達

「焔ぁ、出て来なさーい!」

 いつものように部屋に引きこもった焔を、凛と藤華が引きずり出そうとする。最高神・玉兎への謁見からはや一ヶ月。藤華は秘書の仕事にも慣れ、茜の手伝いが無くともこなせるようになった。

「……」

「凛ちゃんがドア壊してもいいの!?」

 相変わらず返事がないので、藤華は強行手段に出ようとする。すると、流石に慌てた焔が折れた。

「わぁったよ。出るから待ってろ」

 焔は言葉通りに支度をして部屋を出てきた。最初から大人しく出てくればいいのにと言いたいのを堪え、藤華は予定を読み上げる。

「今日は転生が合わせて十五件。台本は昨日渡した通りね。お昼には広報の人が取材に来るからよろしく」

「なんでそんな多いんだ……!」 

「仕方ないじゃない、コンテストがあるんだから」

 以前に比べて案件が増えた理由。それは現世のネット上で異世界転生・転移をテーマにしたコンテストが行われているからだ。豪華賞品があるため、参加作品がとても多い。

「ほら、後が詰まってるんだから行くよ!」

「あきらめるのです、あるじさま」

 凛まで藤華の味方にまわってしまったため、焔は一つため息をついて外に出た。二人も後をついていく。

「最初は役者だったな」

「そ。頑張ってよ焔」

 本日最初の仕事は、舞台役者を作品の中へ転移させるというものだった。今回は焔が主導して行うことになっている。

「仕掛けは済んでるし、楽なもんだな」

「まーね」

 件数増加により、効率的に仕事をさばく必要があったため、一々神殿に術を施さなくても良いようになっているのだ。

 そうこうしているうちに、三人は神殿へと到着後した。

「しょうがない、始めるか!」

 焔は一つ気合を入れ、中央に進む。焔たちの忙しい一日が幕を上げた。


             *****


『ここは……神殿?』

 少女が魔法陣の中央に現れ、キョロキョロと辺りを見廻した。

『はじめまして、文島千代子さん』

『……!』

 千代子は茶色の瞳を大きく揺らし、不安げな表情を作る。藤華に警戒心むき出しといった様子だ。

『すまない、うちの部下が驚かせたな。俺たちは怪しい者ではないから、安心してくれ』

『じゃあ、貴方達は何者なんです?』

 千代子は焔と藤華を睨みつけ、激しく問い詰める。焔はゆったりと笑うと、答えた。

『異世界転生を司る神だ。お前、“銀河鉄道の夜”の世界に行きたくないか?』

 千代子は舞台役者。今稽古している舞台が銀河鉄道の夜である。なかなか役を掴めず、悩んでいた。

『お前の役はカムパネルラ。演出家から死者になりきれていないと言われている』

 焔は手帳をパラパラをめくりながら、読み上げた。言い当てられた千代子は焔たちが本当に神だと信用したらしく、警戒を解いた。

『ええそうです。だから近所の川に飛び込んだ。……私は死んだんですか?』

『お前次第だな』

『は?』

『異世界転生するというなら、後で生き返る。だが、そうではない道を選べばこのまま死ぬ』

 淡々と焔がそう述べる。千代子の瞳が爛々と輝き、迷いなく答えた。

『私を転生させてください。役のためなら、何色にも染まりましょう』

『分かった』

 焔は藤華に目配せをして、門を開かせる。千代子は門の正面に立つと、焔を振り返った。

『……なぜ、ここまでしてくれるんです?貴方になんの利益も無いのに』

『神の気まぐれだ』

 焔はにやりと笑って切り返す。千代子は意味深い笑みを浮かべ、門を通り抜けた。

「終わったぁ……」

「はいはい。次、すぐ来るよ」

 一気に気の抜けた焔の背を、藤華はパシンと小気味のいい音をさせて叩く。焔は少し痛かったのか顔をしかめつつ、次の仕事を尋ねる。

「次は?」

「OLが悪役令嬢に転生するのが続けて十件」

「昨日も二十件やっただろ!?飽きた」

「私だって飽きたよ!ったく、皆揃って乙女ゲー転生考えるんだから……」

 焔と藤華は心底嫌だという顔でため息をつく。すると、いつの間にか二人のそばに来た凛が正論を言う。

「あきてもやらなくちゃだめです。おしごとですから」

「「そうなんだけどねぇ〜/な〜」」

「かんばってください」

 口では文句を言いつつも、二人は次の転生者への準備をし始める。凛はそれを満足そうに眺めていた。


             *****


 午後、予定通り広報課二人がカメラを片手にやってきた。百年ぶりの新人秘書である藤華を取材するためだ。容姿端麗な藤華を次の求人ポスターに起用したいらしい。

「広報課の蒼穹です。こっちは同じく弟の天穹」

「「よろしくお願いします」」

「とりあえず此処に並んでもらって、皆さんで一枚良いですか?」

「はい」

 焔、凛、藤華の三人は神殿の入り口で仲良く並ぶ。藤華が柔らかく微笑んだところで、広報課のカメラマンである天穹がシャッターを切る。

「どう?兄さん」

「おお、良いじゃないか天」

 カメラの画面を覗きながら、兄弟は何かを言い合う。やがて満足したのか、本格的に取材が始まった。

「じゃあ、藤華さんに聞きます。今回ポスターに起用されて、どう思いましたか?」

「とても驚きました。まさか私がって感じで」

 次々と来る質問に淡々と藤華は答える。その様子を焔と凛は黙って見守っていた。

「……ふじかさま、だいにんきですね」

「そうだな。これも最高神様の失敗のおかげだ」

 顔はにこやかだが、目は笑っていない。橙色の瞳は何処か遠くを見つめていた。

「なにをかんがえてるんです?」

「いや、何も」

「うそつくのはだめですよ?」

 曇りのない目で見つめられると、焔はたまらなくなって本心を明かした。使い魔といえど、焔は凛に弱いのだ。

「……侍従課の連中が面倒くさそうだと思ってな。あいつ等勝手に俺のファンクラブ作ってただろ」

「ふじかさまに、てをださないといいですね」

「護身術でも教えるか……」

 焔の心配を藤華は知ることなく、蒼穹、天穹兄弟の取材及び写真撮影を受けていた。

「横向いてもらって良いですか?……あっ、オッケーです!行きますよー、はいチーズ!」

 先程広報誌用に撮った写真とは別に、求人ポスターを撮る。何パターンか撮影した後で、ようやく藤華は開放された。

「出来上がったら持ってきますので、よろしくお願いします」

「楽しみに待っててくれよな!」

 兄貴と呼びたくなる蒼穹と真面目で礼儀正しい天穹。正反対に思えるが仲の良い兄弟であった。

「お疲れ様でした〜」

 藤華は二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。景色に溶け込んで消えると、藤華は神殿の中に入る。

「さて、やるよ焔ぁ」

「まだあんのか……」

「ほら、後ちょっとだから頑張ろ!」

 藤華に背中を押され、焔は神殿の奥へと行かされる。凛が一足早く着いており、転生者の対応をしていた。

 ため息と共に焔は凛の隣に立ち、仕事用の凛々しい顔つきになる。

『私は焔という神だ。お前の願いはなんだ?』

 今日も異世界転生課は忙しい。


             *****


「なんですの、この女は!」

「きっと顔で焔様を誑かしたに決まってますわ」

「……様、制裁を加えてやりましょう!」

 揃いの衣装を身に着けた女性たちが次々と罵る。一段高いところに座している女性がパンパンと手を叩いた。

「静まりなさい」

 心に染み渡るような声音で言うと、騒がしい罵り声が止み、沈黙が流れる。

「この女には然るべき処置をしますわ。それまで皆さんは手を出さないこと。良いですね?」

「しかし!」

 近くにいた一人が反対の声を上げる。他の何人かも不服そうな表情を浮かべていた。

「私たちのルールを忘れましたの?下手に手を出せば焔様に迷惑がかかりますわ。仮にも焔様の秘書なのですから」

「はい……」

 反対した女性はうなだれる。一応は納得したようだ。

「では、今日はお開きに致しましょう」 

 流れるような所作でワンピースの裾をさばき、女性たちはその場から立ち去っていった。後には塵一つなく、人が存在していたのかと思うほどであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ