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参 おちゃめな最高神様

 ピンポーン。

 焔の自宅兼事務所の呼び鈴が鳴らされた。日も昇ったばかりの早朝のことである。眠い目をこすりながら藤華が出ると、青年が封筒を携えて立っていた。

「おはようございまーす。焔サンの家で間違いないッスね?」

「……どなたですか?」

「天界魂管理局 人事課の早瀬っス。加藤綾華サンの件で来ました」

 茜が以前言っていた、『上からの正式な通達』ということだろう。それにしても早瀬という青年、口調がとても軽い。入れていいものか悩んでいると、茜が通りかかった。

「藤華、入れてやんな」

「はい」

 こくんと頷くと、藤華はドアを大きく開けて早瀬を招き入れる。

「どうぞ入ってください」

「あざーす」

 応接室にもなっているリビングへ案内し、ソファに座らせた。

「焔を呼んできます。しばらく待っててください」

「よろしく〜」

 ひらひらと手を振り、藤華を早瀬が見送る。藤華は一階の端にある、焔の部屋に向かった。

「……あの子、『ふじか』って名乗ってんスか」

「ああ。……名前は変えるんだ、早い方が良いだろう?」

「それもそっすね」

 頬杖をついて早瀬は切り返す。そんなやり取りをしている間に、藤華は焔と凛と連れて戻ってきた。

「お待たせしました」

 焔が早瀬の正面に腰を下ろし、早速本題に入ろうとする。藤華は茶を淹れるために台所に行こうとするが、

「あなたも同席してくださいネ、加藤綾華サン」

と早瀬が引き止める。代わりに茜が台所に向かったため、藤華は焔の傍らに立った。

「俺が来たのは、最高神様への謁見が決まったからっス」

 早瀬はそう言って抱えていた封筒を焔に差し出す。その瞬間、一気にその場の緊張感が増した。


             ***** 


「分かりました。明日までに支度を整えましょう」

「よろしくっス。今日と同じ時間に迎えに来るんで」

 「朝早くに失礼しました」と言い残し、早瀬は玄関から出ていった。お盆に湯呑を三つ乗せ、茜が戻ってくる。

「もう帰ったのかい。せっかく淹れたのにねぇ」

「朝食のときに飲んじゃいましょう」

 藤華は茜にそう提案する。茜も賛同し、リビングに湯呑を置いて、もう一度台所に行った。藤華も小走りで後を追う。

「茜姐さん、待ってくださいよぉ」

「はいはい」

 律儀に茜は足を止め、藤華が追いつくのを待つ。藤華が追いつくと、二人は共に歩き出した。

「最高神様への謁見はいつなんだい?」

「それが明日なんですよ」

「じゃあ、急いで服を用意しないとねぇ」

 なぜか楽しそうな笑みを浮かべて、茜は言う。その表情に、藤華はとてつもなく嫌な予感がした。

「私、そんないい服持ってないんですよ。最高神様の失礼になりませんかね?」

「あたしが着物を貸すよ。あんたに似合いそうなのがあるんだ」

 茜はにこにこと笑う。以前から着物を着てみたかった藤華は、ありがたく借りることにした。二人は台所で、朝食の用意を始める。

「最高神様ってどんな人なんですか?」

「黙ってれば仙人。中身はちょっと残念な人」

「焔みたいな感じですか」

「働くは働くんだけど、仕事が適当なんだよねぇ」

 茜は様々な感情が入り混じった表情を浮かべながら、味噌汁を作る。藤華は料理器具を洗い、拭いて棚に戻し、使う食器を並べる。

「あと、おっちょこちょいな所がある」

「なんか、あんまり怖い人ではないんですね」

「あたしも初めて会った時は驚いたよ」

 藤華が初め想像していた最高神は、しかめっ面で神経質な人だと思っていたのだ。

「最高神様に会うの、楽しみになってきました!」

「幸い今日は休みだ。朝飯食べたら衣装合わせをしようじゃないか」

「やった!」

 丁度ご飯が炊けたので藤華は茶碗によそい、お盆に乗せてリビングに 持っていく。茜も味噌汁を用意して藤華の後を追った。


             *****


「お入り」

 食後、茜に案内され藤華が向かったのは、空き部屋になっている場所だった。中には桐箪笥が置かれ、たくさんの着物が収納されている。

「わぁ、綺麗……!」

「これなんかどうだい?あんたの髪によく映える」

 茜が勧めたのは肩から腰にかけて白から紫のグラデーションの上に、蝶や薔薇が描かれた一枚。茜が言ったとおり、藤華の黒髪によく合いそうだ。

「どれ、着てみな」

 そう言って茜は藤華に手早く着せる。帯、帯揚げ、帯締めも着物に合わせた色だ。藤華は鏡の前の自分をじっくりと眺めた。

「ふふっ、私じゃ無いみたい」

「よく似合ってるじゃないか。それに、何着てもあんたはあんただよ」

「そうですね」

 藤華はその後も複数枚試したが、結局一番最初の着物を着ていくことにした。

「じゃ、次は髪飾りだねぇ」

 そう言って茜は鏡台の引き出しをごそごそと漁る。やがて、薄紅色の小ぶりの花が数輪集まった飾りを取り出した。

「此処にお座り」

「……はい」

 藤華は半ば無理矢理に鏡台の前へ座らされる。茜は優しく藤華の髪を梳かし、サイドポニーテールにする。櫛で程よく崩したあと、結び目に飾りを挿す。

「どうだい?」

「……凄く、気に入りました」

 藤華の好きなキャラクターと同じ髪型である。バレないように隠しているものの、思わず笑みが溢れる。

「あんたの好きな子も、この髪型だったろ?」

「!なんで知ってるんですか」

 心の内を読まれ、藤華は驚きを隠せない。茜は柔らかく微笑んで切り返した。

「部屋にポスター貼ってただろう?だからだよ」

 確かに部屋にポスターを貼っていた。そこまで見ていたとは、茜の観察眼は中々のものである。

「さすがですね!」

「姐さんを舐めんじゃないよ」

 茜は胸を張り、藤華に言う。その様子に藤華はクスクスと笑ってしまった。

「そういや茜姐さん、今の容姿って最高神様が決めたんですか?」

 ふと、藤華は気になった事を茜に尋ねた。茜は名前と同じ色の眼につややかな黒髪、透き通るような白い肌で鼻筋の通った美人である。

「ああ。これは当時の最高神様の趣味」

「美人好きなんですか……そりゃそうですよね」

 自分の容姿は最高神にかかっている。藤華は少し心配していたのだが、最高神に任せると結構な美人になりそうだ。

「明日は早く起きて化粧しないとね」

「えっ!」

「すっぴんでは行かせやしないよ」

 またも茜はにこっと笑う。頼もしいといえば頼もしい。しかし、藤華はその笑みに若干の恐怖を感じた。

「ほら、返事は?」

「よろしく、お願いします」

 どうやら明日は朝から波瀾の気配がする。


             *****


 翌朝決めたとおりに身支度を整え、茜、藤華、焔の三人は玄関にいた。今回凛は留守番である。

「お待たせっス。正面に車用意したんで、乗ってください」

「はいよ」

 茜が薔薇色の着物の裾を捌き、馬車に乗る。藤華と焔はその後に続いた。最後に早瀬が席に座り、御者に合図して発進させた。

「わぁ!」

 馬はまっすぐ地面を走るのではなく、なんと空を飛んだ。お伽噺のような状況である。

「藤華は初めてだものね。……ほら、下を見てごらん?」

「綺麗な街ですね!」

 三人が下を見ると、道が碁盤の目に交わり、中世を感じさせる住宅が並んでいる。中心部に近づけば近づくほど街を歩く人が増え、賑やかになっていく。

「此処っス」

 馬車が柔らかく地面に着地し早瀬がドアを開け、降りる。早瀬の手を借りて藤華と茜が降り、焔がドアを閉める。

「付いてきてください」

 早瀬がスタスタと神殿の中に入り、衛兵に会釈をして奥に進む。奥には荘厳なドアがあり、脇に控えていた侍女が押し開ける。

「最高神様、異世界転生課の茜、焔、藤華が参りました」

 早瀬が壁際に寄り、茜が挨拶をする。焔と藤華は茜の一歩後ろで礼をした。

「……ご苦労さま。顔を上げなさい」

 嗄れた老人の声が神殿内に響き渡る。三人が声に従い顔を上げると、以前茜が言っていたとおりの仙人がいた。

「儂は玉兎というものじゃ。……さて加藤綾華くん、今は藤華くんか。こっちに来なさい」

 藤華が茜に目で問うと、こくりと頷く。藤華はすり足で玉兎に寄り、跪く。結い上げた髪が顔にかかり、藤華の表情を覆い隠した。

「手を出して」

「はい」

 藤華の手にグツグツと煮えたぎるモノが入ったグラスが渡される。色はとても飲めるものとは思えない。少し悩んでいると、早瀬が走り寄って来て、玉兎に耳打ちをする。

「……ちょっと最高神様、それ失敗作でしょ!?」

「あの後直したから大丈夫じゃ。……多分」

 そのコソコソとしたやり取りを、藤華は聞き逃さなかった。

「何が失敗作です?」

 にこりと微笑みながら二人に凄むと、二人はギクリと固まる。やがて早瀬が観念して口を開いた。

「実はっスね……」


             *****


 昨日のことである。藤華の転生薬を作るため、二人はこの神殿にいた。

「まずは肌の白さを……」

 そう言って玉兎は真っ白な液体をボウルに入れる。

「次は藤色の瞳っスね」

 早瀬は薄紫の液体を玉兎に手渡す。玉兎は慎重にボウルに入れ、かき混ぜた。

「不老不死の秘薬も入れなくては」

 古びた瓶から粉薬を大さじ一杯足し、完全に溶けるまでよくかき混ぜた。

「最後につややかな黒髪を……ってぁああああああああああ!」

「あああああああああ!」

 そこで事件は発生した。玉兎が盛大に液体を溢したのである。その場には薬を調合した二人のみ。隠蔽は可能だ。

「……どうしましょう?」

「掃除、しようかの」

 玉兎の言葉に、早瀬が詠唱を開始した。

「水よ、我が意に従い汚れを払い給え」

 すると水の珠が無数に出現し、床に溢れた液体を吸い取る。水球は宙に浮き、汚れごと爆ぜて消えた。

「これは……作り直したほうがいいっスよ」

「そうじゃな」

 ふと二人が時計を見ると、五時であった。終業時間である。

「あっ、俺カノジョと約束があるんですよ。帰っていいっスか」

「よいぞ。ご苦労さま」

「お疲れ様でーす」

 重厚な扉を開け、早瀬が外に出る。一人残った玉兎は作り直そうと黒髪の秘薬を探したが、無い。どうやら全て溢してしまったようだ。

「んー、これで良いかの。寝るか」

 そうして玉兎も自室に戻り、就寝した。


             *****


「という訳なんじゃ」

 玉兎の衝撃的な告白に、藤華は呆れて物が言えない。しばらく沈黙が流れた後、ようよう藤華は口を開いた。

「……いや何なの!その神様が〇〇を作るときみたいな適当加減はァァア!」

「すまんのぉ。ちゃんと転生にはなるから許してくれ」

「じゃあ、黒髪じゃなかったら何色になるんです!?」

 若干ふてくされた様子で藤華が玉兎に聞く。

「色素抜けるから銀髪じゃな」

「えっマジ?やった!」

 憧れの銀髪。藤華はそれに惹かれて、あっさり転生の秘薬を呑んだ。見た目はかなり悪いが、味は意外に美味しい。 

 秘薬を呑み切ると藤華の髪が風になびき、根元から銀色に変わっていく。肌は透き通るように白くなり、目は藤色になった。少し背が高くなり、大人びた様子だ。

「ほぉ、なかなか良いではないか」

「綺麗なもんだねぇ」

「可愛いっス」

 玉兎たちが口々に藤華を褒める。焔は何も言わないが、ほんのり頬に赤みが射している。

「これで藤華くんは正式に局員になる。おめでとう」

「ありがとうございます!」

 玉兎と藤華はしっかりと握手を交わす。焔の秘書であることを認められ、藤華は嬉しくなった。

「謁見の儀は終わりっス。送りますね」

 早瀬が外に三人を案内し馬車に乗せようとするが、茜は乗らなかった。

「あたしは此処で。本部での書類溜まってるから」

「頑張ってください」

「はいよ」

 茜は車の中の焔と藤華にひらひらと手を振る。藤華も負けじと手を振り返し、姿が見えなくなるまで続けた。

「……はぁ……」

 藤華が手を下ろしたところで、焔がため息をついた。疲れ切った様子で椅子にもたれ、うなだれている。

「焔、どうしたの?」

「緊張しすぎて疲れた。思い出すだけで胃が痛い」

 だからさっきまであまり口を聞かなかったのかと思った。相手が最高神ともなれば、胃も痛くなるだろう。

 藤華は半笑いで焔に寄った。すると焔の顔が赤くなり、熱を帯びる。

「ちょっと大丈夫?熱でもあるんじゃない?」

「大丈夫だから離れろ」

 やんわりと、しかし力強く藤華は押された。その様子を見て、早瀬がニヤニヤと笑っている。

「着きましたから、後はごゆっくり」

 その顔でドアを開けて二人を馬車下ろし、早瀬は自宅へと帰っていく。残された二人は中へ入った。

「おかえりなさい」

「ただいま凛ちゃん」

 凛はソファに座ったまま二人を出迎えた。クッションを抱えてちょこんと座っているのが可愛い。

「藤華、先部屋戻ってろ」

 焔に強く勧められたため、藤華は大人しく二階へ上がる。焔はふらふらソファに座り、頭を抱えた。

「あるじさま、どうしたんです?」

「疲れただけだ。……ったく、自覚がないと手に負えないな」

「ふじかさま、てんかいいちきれいになりました」

「あの美貌で見られたらドキドキするに決まってんだろ」

 焔は綺麗にまとめていた長い黒髪を手で握ってくしゃくしゃにする。

「ふじゅんです、あるじさま」

 幼い風貌の使い魔にそう切り返され、焔は少なくないダメージを受けた。

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