早朝訪問でも気にしない
王宮にきて3日。
初日の朝には、目が覚めたら元のボッチ生活だぜーと逆サイドにテンションを振り切って寝たはずなのに未だきらびやかな部屋にいた。
「夢だけど夢じゃなかったー」
すでにどうしようとかも考えない。もとの孤独OLに戻るよりも、今の方が楽しいし、もし戻ったとしても前の生活に戻るだけ。
一番の問題の幽閉コースに片足突っ込んでいる気もしなくはないが、考えるも無駄無駄無駄ぁ!と誰かに言わるようだったのでとりあえずこの世を堪能しよう。
さて、ギルについて言えば、彼は毎朝私の部屋へやってくる。
初日の朝なんて私が朝の支度を終えるよりも早くやってきており、パジャマのままドアの前で座って待っていた。人の気配がするといって見に行ったメアリが青い顔で「王子様を床に座らせてしまいました」と嘆いていたが、ギルもそのマシューさんもそんな事は気にしていなかった。むしろマシューさんは「目を離した隙に来てしまって...ご迷惑も考えずに申し訳ございません」と恐縮していた。(3日間過ごす中で、マシューさんがとても腰が低い人とわかった)
マシューさんの困り果てた顔を見てもギルはどこ吹く風であるし、私も支度なんてどうでも良い。子どもだから化粧も不要。
しかし、メアリはそうもいかない。
「侯爵令嬢が寝巻きで人と会うなんてありえません!!」
と鬼の形相で大急ぎで準備に取りかかった。
「ギルフォード王子、次からは私も早起きしますが用意ができてから遊びましょう。そうですね、王子のご予定もありますが…」
「王子は朝の準備などもありますが、8時半くらいであれば」
マシューさんがそう言って爽やかに笑う。おおぅ、こんなキャラいなかったけど眩しい。
「では9時にお庭で」
そう約束した。
しかし、王子は8時半にはこの部屋にきている。
今日も小さくノックする音がしてからメアリが扉を開けると同時に、私の元へ駆け寄ってくる。メアリの言う通りに早めに準備をしていて本当に良かった。
そしてこの3日間でわかったのが、私と接点をもった人に対しては会話を始めることだ。いや、違うな。
私が『紹介したり、紹介をお願いした』人とは話しを始めるのだ。
「ギル、今日はなにを致しましょう?」
ギルフォードではなくそう呼んで欲しいと言われて恐れ多くもあだ名で呼ぶ。
「たんけん」
初めこそたどたどしかったギルの口調はたった3日で驚くほど上達した。
頭は良いと聞いていたけど本当なのね。
「たんけん?」
「おかあさまの、お部屋に綺麗なのいっぱい…あるから」
「お母様ってことは王妃様でしょうか」
メアリが聞くと「うん」と小さく返す。こうやって小声ながらも返事をするようになったのもマシューさんからすると有り得ない光景らしい。
確かに初日に部屋に突撃された時、ギルは完全にメアリを無視していた。いや、見えていなかったのかもしれない。しかし私がメアリを紹介すると、次からはしっかりとメアリの姿や声を聞き反応するようになっていった。
「そうなの?なら行ってみましょう!」
王妃様のお部屋、資料集にもなかったし是非見てみたい。
「え、お嬢様?!」
「いこ」
メアリが止めるのを無視し、私はギルに手を引かれるまま王妃様の部屋に向かっていった。
「おかあさま」
ギルは王妃様付きの侍女を素通りしその扉を開ける。
「まぁぁぁ」
呼びかけられた王妃様は失礼な状況にも関わらず、我が子の訪問に手を伸ばして喜んだ。
「ギル、おはよう。どうかしたの?」
「ロスと、たんけん」
「そうなのね、いらっしゃい」
いいんすか!?と驚くのは過去のこと。初日の朝に部屋に呼び出されて入った時だ。夜は忙しくて子ども達に会えないから、午前中は好きに来させるようにしているそうだ。
良いおかあさんだ。
我が子が話している姿を見て、王妃様は嬉しそうに手招いた。お茶会のときとは違い、まだ髪の毛を下ろしているラフな格好であったが、背景に満開の花が咲くような笑顔だ。朗らかな美人というやつ。
嬉しそうに笑う王妃様に後ろから付いて来ていたメアリとマシューさんが丁重に礼をしていた。
「王妃様、申し訳ございません」
「いいのよいいの!ギルが、私を『おかあさま』って!ねぇマシュー聞いたでしょう。可愛いわぁ」
「ええ。ロザムンド嬢に『王妃様のお部屋をお見せしたい』とご自分から提案されていたんですよ」
マシューさんもにっこにこである。黙っているときは冷たそうな美形なのに、口を開くと途端に柔らかくなるこの従者のギャップにはまだ慣れない。
「ロザムンド、貴方は凄いわ、ギルがこんなになるなんて」
「いえ、私は特に何も」
王妃様にお礼を言われてしまい、首を振る。
本当になんにもしていない。そもそもなんでこんなに懐かれているのかこっちが教えて欲しいくらいだ。
こんな設定あったっけ?
ロザムンドは無口キャラとのバロメーターが上がり易いとか??思い出せないけどそんな設定はなかったはずだ。
そんな私をよそに、ギルは部屋のあちこちへと私の手を引いて行った。
白磁のような花瓶、豪華なチェストに良いにおいのする花束。時期的に火はついていないけど大きな暖炉もある。そう言えばゲームだと入った部屋で物を入手することがあったっけ・・・いやいや今やっちゃうと泥棒だ。
そして部屋の奥には分厚いカーテンがかかった一角があり、覗いてみると王族の肖像画が飾られていた。
そう言えば、ギルの家族って王妃様以外にもいたっけ・・・あ、ヤバい忘れてた。攻略対象が二人もいるんだ。
誤字のご指摘ありがとうございました。