シャポー家のことについて
王妃様の提案に頷いた私はそのまま王宮に滞在することが決まった。
伯母さまは突然の成り行きに驚きつつも、「お姉様の忘れ形見が暗い館に独りで居るよりずっと良いわね!」と言って王妃に私を何卒頼むとかなんとか言って帰って行った。
その際に「私は今は身分がないから正規ルートでは自由に訪問することは難しいけれど、何かあったら必ず連絡するのよ。その時は手を尽くして連れて帰ることだってやぶさかではないわ。必要な物があればこちらで用意しますからね」と言い残し、最後にギュッと抱きしめられた。
『正規ルートでは』と言っていたのが若干怖いです、伯母さま。
取り残された私に、王妃様は心配ないと言って部屋を与え、シャポーの家にはすでに使いを送ったと教えてくれた。そして、何と王妃様自らで先ほどの会話を改めて、子どもでもわかるように教えてくれた。こんな子どもにも王妃は非常に丁寧で、それが余計に息子状況を案じている母の焦りが感じられた。
王妃様が言うには、ギルフォードことギル王子は生まれてからずっと誰とも話をしたことがなく、誰かに話しかけようともしなかったのだと。別に知能には問題はなく、文字は読めるし書ける、算数も音楽も教師陣からは太鼓判を押されているのに、声を発したりすることがなかったそうだ。
盛大なコミュ障なのか?
それを聞くと、お茶会で話しかけられた際に言葉がたどたどしかったのも納得だ。口を動かすのが慣れていないのだ。
それなのに私には自分から話しかけたり、自分のお気に入りの料理人が作ったお菓子を上げたりとなけなしの社交性を発揮している姿を見て、王妃様は少しでも人との接し方を覚えてくれればと今回の申し出をしたらしい。
突然決まったホームステイin王宮だったけど、焦っているのは私だけで、全ては滞りなく進められていた。もし両親が居れば、もう少し障害はあっただろう。
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しかしそうは言っても、「早すぎるでしょう!!!」と準備の早さに叫んだ。
「なにがです?」
王宮に来ると決まり呼び寄せられた、シャポーの家で私付きになっているメイドのメアリが聞き返す。
「いえ、なんでもないのよ」
「それにしても急なことでしたねぇ。昼間に王宮に来るようにと言われたと思ったら夕方には部屋が用意されているなんて」
「本当よ。驚いている暇もなかった」
疲れたように零すと、メアリが開けっぴろげに笑う。
「グーピュル夫人達は喜んでおりましたよ。それにこのお部屋を見れば、更に喜ばれそうです」
メアリがそう指摘する部屋の中を見れば、天蓋付きのお姫様ベット、繻子のカーテンに金細工が付いた調度品。寝室から続く居間があり、ホテルのスイートルームばりの豪華さである。最初に目覚めたシャポーの家も立派ではあったが、ここに比べてしまうと、陰鬱さと手入れの行き届かなさがあった。
「にしても、どのようにギルフォード王子と仲良くなったんですか?」
蹴りました・・・とは言えない。しかしそれ以外に何もしてない記憶がある。
「・・・何も?強いて言えば飴でベタベタしていた手を拭いて差し上げたわ」
「それが良かったんですかねぇ?まぁ、私としたらシャポーの家にいたときよりもずっと待遇が良くなりそうなんで嬉しい限りです」
そうなのだ。
ゲームでの情報とメアリの話をまとめると、シャポー家は侯爵という上位貴族であったが、名ばかりの没落貴族であり、長いこと体裁を維持するだけで一杯一杯であった。結果、娘二人はお金のある商家と婚姻を結んだ。
母であるルイーズは父となる豪商と結婚したが、父は貴族社会に馴染めず、周囲から成金と揶揄されることとなった。おまけに、そんな婚姻を続けていたことで周囲からはシャポーという名前から『帽子屋』と陰口を叩かれるようになり、父は自身の領地、母はあの家に閉じこもった。そして、ある日珍しく夫婦で出かけた帰り道で馬車の事故で夫婦そろって亡くなったそうだ。
父と母が亡くなってからは後見人となってくれた伯母さまがいたが、平民となってしまった自身がくっ付いていることで私が自分たちと同じ道を歩んでしまうのではないか?と危惧して距離感を持っていた。
お金よりも爵位、家柄が重要だと言うこの世界で、伯母夫婦はロザムンドをかわいがりつつも、シャポーの家に介入しないようにしているのだという。
こんな状況の私が王子様に気に入られ、王宮で過ごすことで、伯母さまは最高の教育と周囲からの揶揄が薄れることを期待しているのかもしれない。
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「・・・ロザムンドはいじめられはしなかったけど、環境がその暗さの理由かもしれない」
私は慣れない部屋の中で椅子に座ってぼそっとこぼす。
「お嬢様、やっぱり何かおっしゃいましたか?」
再び聞き返されて、慌てて取り繕った。
「いいえ、何も。これから、どうしたら良いのかしら」
「今日みたいにされていれば良いんですよ」
簡単に言うなぁ。まぐれかもしれないのに。
すると、ドアを小さく叩く音が聞こえた。メアリが扉を開けると、ちょこんとギルとそしてお付きの男の人ーー彼はマシューさんと言うそうだーーが立っていた。
「まぁ、ギルフォード王子、ロザムンド様に会いに来て下さったんですか」
「ええお忙しいとは申し上げたのですが確かめたいと思っているのでしょう」
メアリの驚きに、マシューさんも困った様子である。
そんな大人を無視してギルは中へ入って来た。
「ギルフォード様、本日はありがとうございました」
「ロス、ここ・・・お家?」
確認するようにそう言われた。ここに住むのかと聞いているのだろう。
ちらっと大人側を見れば、やはり信じられないというように目を見開いていた。
「ええ、王子様。当分ここで過ごすようにと言われております」
「そう」
ホッとするようにギルが笑うのをみて、胸がきゅうぅと締め付けられる。This is moe、そうこれは萌えよ。散々10年以上も私を萌えさせたギル王子は幼少期でも同じである。
加えてなにやら胸の内にわき上がってくるこれは噂に聞く・・・
「庇護欲・・・?」
「ひご?」
聞き返されハッとする。
「な、なんでもありませんよ!ギルフォード様どうしましたか」
あぶない。ヤバい子どもになるとこだ。
「ギルフォード様は王妃様にレディ・ロザムンドがこちらに滞在すると聞き、一目散でここに向かってしまわれて・・・」
マシューさんが若干申し訳なさそうに説明した。困ったようではあるが、その表情はどことなく嬉しそうである。
「そうでしたか。ご挨拶がおくれてしまい申し訳ございません。ロザムンド・シャポーです。しばらくお世話になります」
改めて挨拶をしてみると、ギルにぎゅうっと抱きつかれた。
うおおお!だっ抱きつかれてる!?私今、生涯推しにギュッてされちゃってる!!
上がるテンションを理性総動員して押しとどめ、ギルフォードの頭を見下ろす。
だめだ理性をかなぐり捨てて可愛い!!と叫びたくなってしまう。
ああー、もう!なんとかしてあげなきゃ!!
その日私は人生で初めて母性本能を感じた。