我が推しは・・・
ああどうしよう、と焦っていると彼女の取り巻きと目が合った。
隣にいたグレイは困ったように苦笑いを見せると、キャサリンへ小さく何か耳打ちをした。するとキャサリンはぴたっと止まり、周囲を見回してから登場したときのような澄ました顔を作った。子供ながら、この切り替えの早さは素晴らしい。
「ロザムンド様と言ったわね、失礼な方ですわ」
「はぁ...なんかすいません」
キャサリンはそう言うと、くるっと回って人の輪の方へと戻っていった。
何がどうして怒ったのかわかりかねるが、なんとか乗り切ったようでほっとした。後で伯母さまに伝えておこう。
さて、壷を見に行こう、と体を向き直すと、なにかに足を取られた。
「ぎゃっ」
見事に転んでしまい、急いで立ち上がる。
恥ずかしい、って何につまずいたの。
足下を見れば、毛玉のようなーーいや違う。銀色の毛が鳥の巣よろしく、ぼさぼさ頭の子どもが不思議そうにこちらをじっと見ている。
「ごめんなさい。痛くなかった?」
思いっきりけり飛ばしたーーとは言えず、取り繕うように手を差し伸べる。
少年はその手を、緑色の目玉でじっとこちらを見つめている。ーーえ、これってなんか失礼?それとも蹴られて痛いとか?泣く?泣いちゃう?ユー泣いちゃう感じ??
相手の次の行動が読めずに、そして少年も無言のまま御見合い状態となっていると、おもむろに差し出した手をグワシッと握られた。
・・・なんかめっちゃベタベタしてるぞ、おい君、手を拭きたまえ
そう言いたいのをこらえ、引き攣った笑顔を向けたまま私はその手をはなしーー、いや離れなかった。
子どもなのになんて力!っく、恐ろしい子、と思わず白目を向きそうになる。いやいや、私大人ですし?子ども愛らしいですし?大丈夫。
「よろしければこちらで手を拭きますわ」
持っていたハンカチを取り出し、子どものベタベタした手を、お子様の手をなんとか引き離して拭いてあげる。そして握りしめていた掌の中に藍色の飴玉が入っているのに気がついた。
ベタベタの理由はその左手に持っている飴玉か!
「飴は握ると溶けてしまいます。お口に入れないと」
「・・・食べ?」
開いた掌をこちらに差し出してそう言われたので、いらん!と叫びそうになる。
「ありがとうございます」
本心をぐっとこらえてとりあえず受け取ってみると、少年は私がその飴玉を口に入れるのを見届けようとしている。・・・人が握りしめていた溶けかけの飴玉って勇気レベル60くらいいる気がする。
「後ほど頂きますね!」
「好き、ない?」
スマンな。さすがに食えんわ。そして君なんか片言だなーーー
「ギルフォード様!」
「ギ、ギルフォード!?様」
そう呼びかけられる名は知っている。
ーーギルフォード・ロードバーグ。この国の第三王子だ。属性的には無口で気怠げ。ゲームでは登場するも攻略キャラではない......。けれども私の一番の推しだった。アンニュイ系で何考えているか読めない表情は、完全に沼であった。続編や外伝で攻略キャラクターになるかと期待していたものの、結局その他キャラクターで終わった悲しい記憶。
ちなみに彼の兄であるアルバート王子とロバート王子は攻略対象だった。キラキラしたいかにもな王子様キャラクターのアルバート王子に対して神経質クール系のロバート王子の兄弟は人気があった。
でも、君は私の一番お気に入りキャラクターだったよ。へこたれたときとか、御局様に怒られたときに何回君に癒されたか!僅かに出ていたグッズは軒並み買いあさったし、少しでも登場するのならと円盤もドラマCDも買ったもん。アイラブギル。ギルフォーエバー。
会社を辞めないでいられていたのは君のお陰だよ、とお礼を言いたいくらいだ。
でも目の前のこの子はスチルで見ていた感じとは随分違う。無口って言うか、たどたどしい姿は放っておけない弟キャラ?って感じだ。
「ギルフォード様?」
疑問を確認するために目の前で繰り返すと少年はこくんと頷いた。
「ギル、ぎるふぉーど」
少年、もといギルはそう言って自分を指差してお辞儀をした。
「わ、私はロザムンドと申します」
王子に名乗らせちゃったよ、しかもなんか急に大人が隣に居るし・・・ってこの人なんか震えてる。おこなの?私の不敬に激おこなの?
「な、なんと!ギルフォード様がお話に!」
「!?」
そっち?
「ど、どういう」
「ロザムンド様!ありがとうございます!」
大人はそう言って私の手を取り、大仰に礼を言うと即座に奥に走っていってしまった。取り残された私は若干気まずい。
しかしそんな側近の様子もギルには関係ない様で、ギルは口をモゴモゴと動かし「ろず、ど?」と繰り返す。どうやら私の名前を呼ぼうとしているみたいだ。
「ロ・ザ・ム・ン・ド、です。ギルフォード様」
ゆっくりともう一度、今度ははっきりと口を動かして名前を伝えた。
「オーム」
虫かい。その間違いの方が言いにくそうだけど、発音しにくいのかなぁー。そうだ。
「ギルフォード様、ロズで結構です」
精一杯の笑顔をそう言うと、少しだけ笑ったような顔を見せられる。よくみれば鳥の巣の下に整った顔がある。そりゃそうだ、あのイケメンの幼少期だもんな。
「ロス、お菓子」
そう言うと私の手を引いて、お菓子の乗っているテーブルの方へと連れて行かれた。
......まだ間違っていることはめんどくさいからほっておく。