高飛車ガールもかわいいもんだ
「おかしな事をきくわねぇ。王宮に行くんでしょう、もう」
伯母さまの言葉を口切りに、やいやい準備をさせられて、拒否する暇もなく乗せられた馬車の中でおそるおそる尋ねた。
「王宮に行くってことは......もうお妃候補になるんですか!?」
はええ!幽閉コース待ったなし!
「『お妃候補』!?いやぁねぇ、ロザムンド。もう、気が早すぎるわよ!!でも夢は大きく持たなきゃね!」
コロコロと可笑しそうに笑う彼女は、見るからに陽気そうだった。こんな人がそばに居たのにロザムンドがどうして暗くなったのか不思議。ある種天性の才能かな・・・いらないな。
「いえ、夢ではないですけど......」
むしろ王宮に行かない人生を所望する。
「そうね、今日は国内の王族や貴族の子供達が簡単なお茶会をするのよ」
「おちゃかい」
「貴方は同年代のお友達もいないし、もうそろそろ社交の練習をしても良いと思って。お家で本を読んだりするのも良いですけどやっぱり女性は人との交流が巧くなくちゃね」
伯母が茶目っ気のあるウインクをしたのを見て思う。
自慢ではございませんが、人との交流は大の苦手です。得意なことは偶数の中でボッチになることです。ガタゴトと揺られる馬車の中、遠い目になった。ああ、人生初の馬車移動なのにそれを喜ぶ余裕もない。
”社交”なんて想像しただけで憂鬱な気持ちになる。
第一、今の私はロザムンドの姿をしているけども、中身は完全に別物なわけで、当然貴族のお子様らしいマナーも常識も持っていない。恐縮ですがロザムンドとして知っているだろう事だって、ゲーム以外の事は何も知らないわけでして、グーピュル夫人に恥じない振る舞いが出来る自信は全くない。いや一介の庶民が社交界の処世術を持っている方がある意味問題だな・・・いやいや、そんなこと考えている場合じゃない。
うなれ、私の脳みそ。義務教育から10年以上十分休んだでしょう。とぽくぽく考える。
そうだ!あるとすれば社会人経験。
出来損ないだろうが会社員をやっていたので、社会人的なマナーならなんとかわかる。社交界に社会人マナーを応用出来るもんだろうか?会社とお貴族様的な会話に共通点があるのかはしらないけど。
きっと伯母様にきいても『会社員ってなぁに?』と言われるのがオチだ。
まあいいや、会社でも『教えてもらえることばかりと思うな!むしろやってから知ることしかないぞ』って言われて来たんだもの。
しかし、やった事もないおハイソな世界にぶち込まれるコミュ障。心配するのも無意味な程、完敗するイメージしか湧かない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「シャポー侯爵令嬢とグーピュル様」
高らかにそう読み上げられると、重苦しい扉が開かれる。
ああ、緊張する。
伯母様は中に入るとすぐに「今日はロザムンド達が主役ですからね」と言って、別室で開かれる保護者達用の茶会に行ってしまった。唯一の頼るべき味方がいなくなり、あるのは不安だけ。とりあえず、目立たないようにひっそりとしているいためそっと隅っこに向かう。
誰とも目が合わないように下を向けばきっとやり過ごせる。高校時代の昼休みボッチの攻略法がこんな所で役に立つとは。ボッチ経験もしてみるもんだね。
視線を床に向けると、その床は磨き上げられ鏡のようだった。ピカピカになった表面には、何かキラキラした光が反射している。
「ーー上?」
と顔を上げれば、見た事もない大きさの電飾が高い天井から吊り下がっていた。いや電気ではなく、たくさんの蝋燭とクリスタルが組み合わせられた明かりである。
「これは『シャンデリア』というやつ!豪華な空間にあるという噂のあれっすか!!」
昼間の日の光が差し込み、ガラスが光を弾いている光景をみて、たった今あった不安を一瞬にして忘れて声をだしていた。
そうよ、一度で良いからヨーロッパ旅行に行って、実際のお城を見てみたかったんだ!考えれてみれば、これって生のお城(ゲーム内)を見学出来るってことじゃない!子供の頃からの夢を思い出したわ。そうだ、今日は探検しましょ。子供だもの、少しくらいウロウロしても許されるでしょ。それに、そうすれば誰とも交流しないですむじゃん!私、今日は天才でしかない!!!
これまでの人生長らく休ませていたかいがあったと、脳みそを賞賛をして、意気揚々と天井から壁にかけられている絵画、調度品を見て回る事にした。
「ふむふむ、レンブラントね」
「こっちはフーシェ...上にはミケランジェロ。さすがゲーム。有名どころを抑えている感じ」
本物ではないだろうが、真贋がわかる程目は肥えていないので十分だ。それに殺風景な美術館と違い、王宮の中で暖炉やビロードのカーテンなどがある中に置かれている美術品には雰囲気がある。現実世界では旅行で現地に足を伸ばさなければ体験出来ない空間だ。
「あ、あっちにある壷はなにかしら」
目に留まった大きな壷の方へ行こうとすると、後ろから声をかけられた。
「あら、シャポー家の」
呼び止められて振り返れば、金髪に黄色の目の派手な美少女を真ん中に少女が三人立っていた。私と同じ招待客かな?......にしても金髪だとこんな真っ赤なドレスも様になるのね、お人形さんのようだなー、っと目の前のフランス人形ガールを見つめた。おおっと、いけないとりあえず挨拶か。
「はい、ロザムンド・シャポーと申します」
会社の新人研修で習った45°のお辞儀をする。
「キャサリンよ。こちらは友人のアンナとグレイ」
フランス人形ガールことキャサリンはドレスの左右を軽く掴み、小さくしゃがんだ。自己紹介をされたという事は、初対面なのだろう。知り合いじゃないようなので辻褄合わせも不要だろう。
「貴方、こう言った場所にいらっしゃるのは初めてではなくて?皆さんとお話はなさいませんの?」
「はぁ...」
「ああ、それとも気後れしてらっしゃる?あ、お帽子がないようだから不安なのかしら。残念ね、お庭でのお茶会であれば良かったのに」
「帽子?」
意味が分からない単語に聞き返すと、キャサリンは人形のように整っていた顔を少し嫌味っぽく歪め、手の甲を顎のしたに添えてほほほ、といかにもなお嬢様ポーズで高笑いを始めた。
おお、このポーズを目の当たりにするのは生まれて初めてです......。手の甲になんか意味があんのか。
子供らしい声とは裏腹に妙に気取った口調が少々に鼻につくが、あっちは子供こちらは(中身)アラサー。子供の言う事に意味を求めるのは無駄だ。よし終わりにしとこう。
「お話が終わりなようでしたら、私、そちらに行きたいので」
ぼろが出る前に逃げる為、『そちら』と目的だった壷を指差すと、キャサリンは高笑いを止めた。
「そちら?そちらに何が」
「あちらの壷を見に行きたいのです」
「ツボ...?」
そう言って振り返り、部屋の隅に置かれた大きな壷を見るなり彼女は険しい顔を浮かべた。
「この私と話をするより、あんな壷を見る方が大事だとおっしゃるの?!キャサリン・クレシーがせっかく声をかけてやったというのに、帽子屋風情が生意気よ!」
「うちは帽子屋なんですか!?」
そんな設定は知らなかった。初めて知る設定に驚き鸚鵡返しになった。それはそうと最後の言い方はなんだ。国民的青いロボットのガキ大将かい。しかも帽子屋風情とは失礼な、帽子屋さんに謝れ。
「先ほどから馬鹿にしてらっしゃるの?」
驚いている私に対して、キャサリンはこめかみに青筋を立て笑みを引きつらせている。
まずい、なんか怒らせたっぽい。私も今は一応貴族らしいけど、喧嘩なんかしたらお貴族様同士結構面倒なんじゃないか。波風起てない平和主義な日本人、ここは穏便に済ませたいーーけど子どもの宥め方なんてわからん!私は一人っ子なのよ。
誤字のご指摘ありがとうございます!
修正致しました。