番外編:藍色のお姫様
僕はギルフォードというそうです。この国の三人目の『おうじさま』でもあるそうです。
ただ、僕は『おはなし』ができないから、少し変なんだと言われています。文字を綴ったり、本を読んだりは問題ありませんし、数字を足したり引いたり掛けたりするのも楽器を弾くことも出来ます。何かをする部屋に連れて行かれれば、それを言われた通りにできますし、言われた以上にもできます。
『あに』と呼ばれる二人と同じ問題も解けました。
『あに』達は僕がおかしいと言って話しかけてきたりしません。ですが気楽に好きなことを出来るこの環境は悪くありません。
僕の生まれたときから周りには物がたくさんあって、それを見るのが好きです。一番好きなのは、夜の空が描かれている絵、藍色の空です。
大広間に行くことはなかなか許されていないけれど、今日は『おちゃかい』と言う物があるので久しぶりにゆっくり見られるでしょう。
それに『おちゃかい』には甘いお菓子もたくさんでるので、周りはうるさいけれど、出席するのは嫌いではありません。
その日、いつものようにふらふらと部屋を回っていると、綺麗な藍色の丸い物が目につき、じっと見ていると、マシューが「気に入りましたか?」と言って2、3粒僕にくれました。
マシューは僕が生まれたときからそばに居ます。何も言わなくても怒らないし、僕のしたいことを察してくれる。たまに注意されますが、それを守っていれば僕は変な奴らに会わないで済むというのが最近わかって来ました。
さっき貰った丸い物をお気に入りの壷にいれてみましょう。
僕がそっちにむかうと話し声が聞こえてきました。
『「ああ、それとも気後れしてらっしゃる?あ、お帽子がないようだから不安なのかしら。残念ね、お庭であれば良かったのに」』
『「帽子?」』
というと首を傾げている・・・これはこの間習った物語に出て来たお姫様、つまり『おんなのこ』っていうものでしょうか。
黒い髪の毛が水面のように光っていて、目を見れば貰った丸い物と同じような色をしています。
物語の騎士が心を奪われるのも納得出来ます。綺麗な生き物です。
その髪の毛に触ろうとそばに近寄ると、騒ぎ声の方の人がこちらを見た気がして丸い物を一つ落としてしまった。拾おうとしゃがみ込むとドンっとぶつかりました。結構痛いです。
「ぎゃっ」
なんと『おんなのこ』が倒れ込んでいます。
光の輪っかが広がって、つやつやしています。
触ろうと手を伸ばすと『おんなのこ』が勢い良く立ち上がると僕に気がつきました。
「ごめんなさい。痛くなかった?」
痛いは痛いけど、僕につまずいたんだから怒っても良いのに、と思っているとにっこり笑って手を差し伸べて来てぼんやりとしてしまいます。
その笑った顔が凄く可愛い。深い藍色が細まって、より濃い色になっていた。
差し出された手の意味が分からずじっとみつめると、その手はあまりにも白い、壷よりも白い。
掴むと、『おんなのこ』は驚いたように目を見開いています。
「よろしければこちらで手を拭きますわ」
一瞬開かれた目は、そう言うと元通りとなり、持っていた布で僕の手を拭き出しました。
ふと見ると先ほどまで騒いでいた子はいなくなっていました。僕を見るとみんないなくなります。
この子もきっといなくなるのでしょう。
「飴は握ると溶けてしまいます。お口に入れないと」
そう言って持っていた藍色の玉と自分の口元を指差しました。
なるほど、これは食べ物なんですね。ーー欲しいんでしょうか?ええっと、『あに』達はこう言う時何と言っていましたっけ。
「・・・食べ?」
自分の声を生まれて初めて聞いたけど、かすれていて小さいです。そして喉が変な感じです。
「ありがとうございます」
『おんなのこ』はそう言って受け取ってくれました。
僕を見てもいなくならないどころか、微笑んでくれました。
ですが、受け取ってくれたけど口にはもっていかないのはなんででしょうか。
「後ほど頂きますね!」
今は食べないんですか・・・嫌いなんでしょうか。
「好き、ない?」
これは『おんなのこ』の食べ物ではないようです。あとでマシューに聞かないと・・・
「ギルフォード様!」
ああ、マシュー。君はやっぱり素晴らしいですね。
ちょっとききたいですけど、『おんなのこ』は何を食べるんですか?宝石でしょうか??
じっとマシューを見上げると、マシューは珍しく驚いたような顔を見せている。それは当然かもしれませんね。だって彼女はお姫様で、しかも僕を見てもいなくならないんですからね。驚きです。
「ギルフォード様?」
なんと!『おんなのこ』が僕の名前を呼んでくれました。
これはちゃんと名乗らないといけません。
「ギル、ぎるふぉーど」
お辞儀をしてしっかりと自己紹介をすれば
「わ、私はロザムンドと申します」
ロザムンド。綺麗な名前ですね。
「な、なんと!ギルフォード様がお話に!」
「ど、どういう」
「ロザムンド様!ありがとうございます!」
マシュー、うるさいです。そんなことよりもロザムンドの好きな物をききなさい。
そんなことを思っていると、マシューは足早に奥の方へ行ってしまった。ええ、ちょっと待ちなさい僕の質問を聞いて下さい。
マシューがいなくなってしまいました。
仕方がない向こうで僕の好きなお菓子を片っ端からあげてみましょう。さあ行きましょうロザムンド。
「ろず、ど?」
巧く舌が回らない。長年放置していた付けが回って来たのか。
「ロザムンド」
ロザムンドはゆっくりと微笑んで繰り返した。
「オーム」
「ギルフォード様、ロズで結構です」
言えないのが恥ずかしいと俯き始めてしまうと、ロザムンドはそう言ってくれました。
お姫様ではない、天使なんですね、貴方は。
「ロス、お菓子」
そう言って彼女の手を引いて、お菓子の乗っているテーブルの方へと連れて行きました。
もう僕のものです。